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ラプラスの魔女

作者:葛城 炯
 1/2の選択
 1/2の確率

「くそっ! なんて事だっ!」
 オレは粗末の宇宙船のコクピットで喚いた。

 何故、喚いたか?
 喚くしかなかったからだ。

「ラグランジェ2ステーションの整備屋めがっ!」

 睡そうな目をした痩せた男のコトを思いだし、八つ当たりする。

「アイツが手を抜いたに違いないんだっ!」

 それは違うだろう。
 だがそう思って喚くしかオレに残されたことはない。


 何故かって?
 話は数ヶ月前に遡る。

 外惑星領域に地球のアマチュア天文家がある「影」を見つけた。
 最初はレンズのゴミかと思ったらしいのだが、ソレはレンズのゴミじゃなく、そしてそのアマチュア天文家が捜していた新しい彗星でもなかった。
 ソレが何かは……世間の有名天文学者様達が挙って論議する状況になっても変わらなかった。
 ある学者は「ガスの塊」だと言い、別の学者は「高分子の氷」と言い、巷の怪しい宗教じみた著名人は「宇宙の霊魂だ」とか言い始める。
 とある有名人が「UFOだ。やっと宇宙人が地球に来訪しに来たのだ」とかいうのは……「アレは反物質の塊だ」とか言い始める狂信科学者よりは、ある意味、「常識的」な反応だったろう。 

 兎に角、誰もソレの正体は判らなかった。
 外惑星領域でも軽元素は太陽の光で蒸発し剥がれていく。ところが水素ガス(つまりは陽子)反応を示しソレを繋ぎ止める重力もない大きさの塊が太陽系内惑星領域に突入してくるのだから。
 途中の外惑星の重力影響とそれに伴う軌道変化で、ソレの質量は判った。
 大体、直径10kmの岩と同じ。

 彗星?
 違うと最初に言ったはずだ。

 ソイツは尾を引かずに塊のままで突入してくる。そして太陽の反射以上に輝いている。
 軌道? ソイツが判ってからは一部の天文学者しか興味を示さなくなった。

 誰か……煽ることしか知らないどっかの新聞記者が「地球に衝突?」とか煽った時は騒ぎは物凄かった。
 さっきの「UFO?」とかもその時の騒ぎの記憶だ。

 ところが精緻なる地球の電子頭脳と電子頭脳を駆使する学者様の手により、その地球への衝突は有り得ないと結論されて、世間の興味は雲散霧消した。
 ソイツのコースは太陽直撃。何の物質であろうと直径140万kmの核融合反応炉に放り込まれたら一瞬で消えて無くなるだろう。

 ところがだ。
 やっぱり知りたいという知識の欲望は1つのセンサーというか観測機器となってオレの元に届けられた。という訳さ。
 地球〜月〜各種宇宙ステーションを気ままに往復する個人営業の運送屋にだ。

「コイツをこの地点、大気圏突入近くで離して欲しい。その後はこの観測機器が自律航行し、あの天体を目指して飛んでいく。極単純に言えばだ。つまりは爆発ボルトでアナタの船に接合させてくれないか? 後は地球と金星でスイングバイしてあの謎な天体に接近し、観測データを我々の元に届けてくれるはずだ」

 ああ。
 確かにオレは何年ぶりかで地球に帰ってバカンスを楽しむ予定だった。
 積み荷なんて何でも良かった。つまらん月の鉱石でボロ船の図体の割にはヤケに小さい荷室は一杯だったから外に繋げたのはヤツらの希望でもあったし、小遣い稼ぎにも丁度いいと思ったさ。

 ところがだ。
 爆発ボルトの1つが予定より早く爆発しやがった。

 観測機器?
 ソイツはブラブラしながら残りの爆発ボルトで辛うじて繋がっている。

 設計ミス?
 違うな。
 ただの不良品だ。
 爆発ボルトの不良品がロシアンルーレットのようにオレの所に廻ってきた。
 しかも火薬の量が多めに詰めこまれた不良品が。

 オレにとって運の悪いことに接合箇所付近にあったのは通信機器で、爆発と共に通信不能になったことだ。
 おまけに通信機器の破壊に伴う電気ショックか何かで燃料がノズル近くで漏れ出している。
 とてもじゃないが大気圏突入に必要な逆噴射と、宇宙空港までの滑空には足りなくなった。
 いや? それ以前にこのボロ船が乗っかっているのは地球への垂直落下コースだ。

 なんてこった。
 太陽への垂直落下コースの天体への観測機器を抱えたオレが地球に垂直落下だ。

 救いの手?
 ある訳がない。
 お偉方は経済とかいう数字の睨めっこに日夜明け暮れている。御高名な天文学者様達は外惑星開発宇宙船の設計で大わらわだ。毎晩、天体望遠鏡を覗いている方々も些末な個人営業宇宙運送船は邪魔だと思う程度で軌道計算なんぞしてもいないだろう。

 もっとも……
 判ったところで、どうなるモノでもない。
 通信機器は壊れてる。
 軌道計算プログラムも動作が怪しい。
 それ以前に、エンジンに火を入れたら漏れ出した燃料が気化して軌道がどうなるもんだか判りゃしない。
 オレにできるのは……コクピットの安全設計とやらが大気圏垂直落下にも耐えられる代物であることを祈るのみだ。
 ……そんなコトは皆無だが。
 中古で買ったこのボロ船にそんな装備があるはずもない。そんな装備があるクラスの船ならもっと楽に仕事ができているはずだからな。

「くそっ!」
 コクピットでできることは喚いて何かを叩くことだけ。
 それでも何とか生き残りたい思いで、重要部品は叩かずに済ませたいた。
「……誰か、オレを助けろよっ!」
 何度目かの当たり障りのない殴打で……不意に通信モニターに何かが映し出された。
 さっきまで砂嵐だったモニターに……

 いや?
 今でも背景は砂嵐だ。
 砂嵐を背景に映っていたのは……人形のような少女。
 目をパチクリするオレにその少女は話しかけてきた。
『……助かりたい?』
 なんだ? いざという時のメンタル・ヘルス・プログラムか? それとも整備屋か前の持ち主がセーブしていた暇つぶし用のなんかのゲームかビデオか?
『アナタには2つの選択肢があるわ。どちらを選ぶ?』
 2つ? さっき計算したポロ船の軌道計算プログラムは地球垂直落下コースと断言していたが?
「2つって何だ?」
 画面に向かって問い掛けてしまった。
 反応する訳がない。ビデオか何か……メンタル・ヘルス・プログラムだとしてもこんな状況は想定していないだろう。
『単純に言って……後世に名を残すか、後世に名を残さずに生き延びるか、……の2つ』
 反応したのだから、これはビデオの類ではない。ならば、プログラムか? だが、人間が作ったプログラムがこんな反応を……いや、待て。助かる?
「助かる方法があるのか?」
『あるわ。……でも、どの方法を選んでも確率は1/2だけど?』
 2つに1つならば1/2だろう。
『違うわ。どっちを選んだとしても確率は1/2。運が良ければ名を残して生き残れる。運が悪ければ名も残らずに生き残れない。だから1/2』
 つまり?
「どっちを選んでも生き残れるのは1/2……ということか?」
『……そう。生き残れる確率は……もつれてハッキリと計算できない。どんな時でも。だけど両方に生き残れる道はある。最大と最小の道を選んだとしても、その両方の確率を足せば1/2。もちろん……』
「名を残さない方が生き残れる確率は高い……ということか?」
 モニターの中の少女は頷く。無表情に。
「だったら決まっている。生き残れる確率の高い方だっ!」
 オレは叫んだ。
 誰だってこんな状況ではソッチを選ぶ。
『そう? その前にもう一つ言っておくことがある』
「なんだ? さっさと言ってくれっ!」
『あの天体は……虚数空間物質でできている』
 あの天体? このボロ船にくっつけた観測機器が向かう予定だったあの謎な天体のことか?
『そう。アナタが助かる最大限の確率を求めて行動した場合、あの天体は……地球に落下する』

 なんだ?
 どういうコトだ?

『虚数空間物質がこの星系の星間ガスと反応した結果として水素ガスと同じ輝線で輝いている。だが地球に落下した場合……虚数空間物質は反物質へと変わる』

 つまり……反物質爆弾というワケか?
 直径10kmの岩と同じ質量の反物質が地球に落下する?

「……地球の何処にだ?」
 大都市ならば……万人どころじゃない単位で人が死んでしまう。
『何処でも同じコト。衝撃波は地球を数周する。陸地に落ちても衝撃波は海上に達した段階で津波となる。その前に大気の衝撃波自体であの惑星上の半数の生命体は生存できないだろうけど』
 大都市は……大抵海岸縁にある。生き残れた人々がいたとしても……地球の文明は壊滅する。

 いや。
 地球だけじゃない。
 月基地や宇宙ステーションだって壊滅する。
 地球からの物資輸送で生きながらえているのだから、地球が壊滅すれば……

「つまり……全人類が死滅するのか?」
『そういうコト。アナタが自身の生存確率を最大に求めるならば、あの天体が地球に落下する確率が最大となる。それだけ』

 沈黙した。
 沈黙するしかなかった。
 自分の呼吸が嵐のように感じられた。
 心臓の鼓動が大地震のように感じられた。

「……どうしてそうなる? そういうコトになるんだ?」
『アナタが助かりたいのであれば……エンジンに点火し、あるタイミングで観測機器を放り投げる。それでアナタは大気圏に緩傾斜突入し、しかも宇宙港近くの砂漠に着陸できる。だけどその時に放った観測機器があの天体に突入し向きを変える。太陽スイングバイの地球衝突コースにね。それがアナタが最大の確率を選択した時に確定する未来』

 そういうことか。
 数十kgの観測機器でも反物質との反応だと……天体の軌道を変えるには充分だ。

「オレがこのまま何もしなかったら?」
『アナタの生き残れる確率は最小となる。そしてアナタの名前があの天体に付けられる。アナタにこの仕事を頼んだ人達の呼びかけでね。そして……あの天体はあるアテン族の小惑星と衝突し分裂する。大体、金星軌道上で。そして分裂した破片の一部は……月とアポロ族の小惑星に衝突する。それがアナタが生き残れる可能性が最小となるときに確定する未来』
「大した被害にならないのか?」
『いいえ。月の基地は壊滅するし、小惑星も破壊されて……破片が数百年間にわたって地球に降り注ぐコースを辿るわ』

 つまり?

「俺が助かる選択をすれば地球に死刑が即時執行されて、生き残らない選択をしても……」
『「宇宙からの鞭打ち」というダメージを受けることになるわ。キチンとした対応をすれば……地球は壊滅しないと思うけど?』

 どっちも駄目だ……な。今この時、オレが生き残れたとしても、その後の「鞭打ち」でオレが救われる保証はなさそうだ。

 ……ん?
 まてよ。
「どの方法を選んでも……確定はしないと言ったな? オレが生き残れる確率は……総ては1/2だ。と」
 オレは……やっと少女が最初に言った言葉の意味を理解した。
 モニターの中の少女はクスッと笑ったように見えた。
『ええ。言ったわ。表現は違うけど……』
「表現はどうでもいいっ! その方法を教えろっ! オレはその方法を選ぶっ!」
 叫んだ。
 もうソレしか選ぶ道はない。

 方法は……単純だった。
 観測機器を切り離すか、エンジンを点火させる。
 そのどっちかだけを実行するだけだった。

「つまり、2つのうち1つだけすればいいんだな?」
『そう。両方実行すればアナタが助かる確率が最大となる。両方実行しなければアナタが助かる確率は最小となる。片方だけの実行でアナタと地球の両方、もしくは片方が助かる確率は……』
「確率は?」
 判りきったことを聞いた。
『それぞれが1/2。最初に言ったでしょ?』
 そうか。そうだな。
「そのどちらかで……両方が助かる確率が1/4、オレか地球かが助かる確率が1/2、両方とも助からない確率が1/4。……そういうコトか」
『そう。方法は2つ。1/2の方法が2つ。最大と最小の確率の狭間に……最悪と最善の狭間に現実リアルがある。どんな時でも……』

 そうだな。どんなときでも……2つの選択肢があるのか。

『じゃ。ワタシにできるのはこれだけ……後は確率を祈ってて』
「最後に1つ教えろ」
 オレは画面に向かって言った。
「アンタの名前は?」
 少女はクスッと笑った。今度はハッキリと。
『ワタシの名はラプラス。ラプラスの……魔女。アナタの星ではそう呼ばれる存在』
 なるほどね。オレは未来と確率の魔女と話していたのか。


 直後にアラームが鳴った。
『逆噴射シテクダサイ。逆噴射シテクダサイ。接近速度ガ超過シテイマス。大気圏デ燃エ尽キル可能性ガアリマス。逆噴射……』

 べきっ!
 アラームのスピーカーを叩き壊す。

 そんなコトは判っている。
 疾うの昔に御存知だ。
 画面はと見れば……既にラプラスはいなくなっていた。

 いや?
 元からいない?
 幻影か?

 そんなコトはどうでも良い。
 オレが為すべきコト……出来うる選択肢は2つ。

 右手を逆噴射エンジンの起動ボタンに手を置き、左手を……急ごしらえで整備士が取り付けた観測機器切り離しボタンに手を置く。

「どっちだ?」

 どっちでも1/2。そんなコトは判っている。
 それでもどっちかを選ばなければならない。

「どっちなんだ?」

 それぞれのボタンを押した直後の結果は……わかっている。
 ならば?
 最善と最悪の未来の狭間の現実で……
 オレは……

 片腕に力を入れた。
 結果は……すぐに現れた。
 不規則な振動とボロ船の回転となって。

「ぅわぁあぁぁぁっ!」
 直後に……オレのボロ船は大気圏に突入し……地獄の業火のような炎に包まれた。










「ニュースをお伝えします。半年前に墜落した宇宙船から墜落寸前に放たれた観測機器が謎の天体の正体を明らかにしました。天体は金星軌道上で小惑星と衝突、分裂し、2つの破片は近接しながら太陽系内を周回する軌道に乗っていたようですが、片方の破片に突入した観測機器による衝撃で両方とも太陽系を離れる予定です。そして観測機器が突入する寸前の観測と突入した時の反応から科学者達は天体が反物質でできていた可能性が示唆されています。なお、今回、これらの天体には観測機器を放った宇宙船のパイロットにちなみ……」



 オレは病室の横のTVを消した。
「へえ。随分と有名なパイロットも居たもんだね」
「さあ? 何処にいたとしても宇宙船パイロットじゃねぇだろ?」
「なんだそれ?」
「墜落したんだろ? その船? だったらもうパイロットじゃねぇさ。ソイツは……」
 確かに。違いない。と隣のベッドのヤツらは笑った。

 隣のヤツらの笑い声の中で……オレはボロ船が上級クラスの垂直突入にも耐えられる装置のプロトタイプを仕込まれた船だったという幸運に感謝した。
 ま、プロトタイプだったが故に随分と長く入院することになっているのだし、荷室が随分と小さく稼げなかったのだが……

 感謝すべきだろう。
 そんな最高級のボロ船を手に入れていたという幸運に。

 そして……
 あの少女にも。

「すべては1/2。そして現実は最善と最悪の狭間にある……か」

 空は碧い。
 オレは病室のベッドから……そんな常識的な現実リアルに感謝した。
 読んで頂いてありがとうございます。
 キャラは「101人の瑠璃」の中から1人使ってます。
 宇宙船内のコンピューターでも良かったのですが、そんな活躍をするコンピューターはないのでラプラスに出演して貰いました。
 では、また次作で……


空想科学祭参加作品



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