第八十一章 賭け
どこからともなく飛んできた矢。それが大樹に刺さった瞬間、なにやらシュウゥゥという変な音と一緒に木の表面が溶けはじめた。
……これは、まさか。
毒矢とかいうものだろうか。クロードがそういった結論に至る前に、また数発の矢が雨のようにビュンビュン飛んできては、巻き添えをくった木やらボートやらにザクザク突き刺さっていく。
そしてまた、矢が刺さったそのどれもが不吉な音と共に溶けだす。
クロードとゼルは互いに顔を見合わせ、このとても危険な状況にごくりと息をのんだ。
「……なあクロード、オレらってやばくね?」
「……かもな」
タラリ。嫌なほどに冷たい汗が、ひとつの筋を描きながらこめかみを流れた。
ここは、両手をあげて被害を加えられる前に降伏したほうがいいのだろうか? それともすばやく身を隠して反撃の隙をうかがうか。相手の武器はどうやら弓だけだ。だとしたら、近距離戦に持ち込めばなんとか……
とかいう思考を巡らせていたクロードだったが、いや待てよ、とわずかな希望をみいだしその顔に笑みを浮かばせる。
ここは聖なる森、エルフの領域。
「リリア、もしこの矢を射ってきてる奴がエルフなら……お前なんとかできないか?」
さすがにエルフといえども、むやみやたらに仲間を手に掛けたりはするまい。
もしも今リリアのことを仲間だと認識できずに攻撃をしかけてきているのなら、リリアはエルフであり、そしてその仲間である自分達は全くもって無害なんだと証明すればいい。
「毒矢はエルフの所持する物よ。だからたぶん、今どこからか私達を狙ってるのはエルフだと思う。私がいって様子を見てくるから、クロードとゼルはとりあえずあの穴の中に隠れてて」
そう言ってリリアが視線を向けたのは、折り重なるようにして成長した大樹の根元にできた小さな空洞だった。人二人がやっと入れそうなその場所は、ゆらゆら波打つ水面からほんの少しだけ上にあり内部はぬれてはいないようだ。
「危なくなったら助けに飛び出すからな」
「その心配はいらないと思うけど……もしもの時はよろしくね」
「お、おうよ! リリアはこのゼル様が命に代えても――」
「はいはい、ありがとうねゼル」
「あ、今あてになんねーって思っただろ!」
「そんなことないよ。ゼルはやるときはやるもんね。でも、ちょっと不安」
「いや、こいつの場合かなり不安だろ」
「言わせておけばおいコラお前ら、二人揃いも揃ってひどいじゃんか! オレだって、オレだってやるったらやるんだかんなッ!」
「「期待してます」」
そんなひと時の会話のすぐ後に、三人は互いにアイコンタクトで頷き合い、そしていちにのさんでクロードとゼルは大樹の根元の穴に駆け込み、リリアは矢が飛んできた方に向けて警戒しつつ走りだした。
ふたたび多量の雨矢が飛んでくる前に根元の空洞に飛び込んだクロードは、たったひとり見えない相手に向かっていくリリアを心配そうに振り返る。
自然界の中に溶け込む、グリーンの髪がゆれる。
どくん、どくん…………
心音がやけに体の内部で大きく響き、嫌な胸騒ぎが不安をつのらせていく。
もし相手が聞く耳を持たずに矢を射れば最後、精霊も召喚せずに武器も持たない無防備なリリアは、きっとその矢に倒れてしまうだろう。
「……リリア」
クロードとゼルの心配の眼差しを背に受けながら、リリアは勇気をだして一歩一歩足を進める。そして。
「私だよ、リリアだよ!」
――お願い、気付いて!
そう願って想いを言葉に乗せ叫んだその瞬間――――キラリと少し離れた場所にある枝の先が、一瞬だけ鋭く光ったかと思った次の瞬間には……
「きゃッ」
音速のごとしスピードで飛んできた矢がリリアの乳白色の頬をかすめていき、一筋の深紅を滲ませた。
どうして、そんな……やっぱり私に気が付いてないんだ!
急に心臓の鼓動が早くなる。怖い、怖い怖い!
身体が無意識のうちに震えだし、枝の茂った葉の中に身を潜めている見えない眼が、この心臓を狙っている、新鮮な血を求めて、こっちを、自分が、狙われているかのような感覚に、足も、指先も、動かない。全てが、見ることの出来ない恐怖にじわじわと支配されだす。
「待ってよ……お願いだから、私、リリア……なのに!」
また、キラリと枝の葉が光る。
風が、震える。
森が、木々がざわめく。
背筋が、呼吸が凍りつく。
シュッと短い、それでいて空気を引き裂く鋭い音が耳に届く。風が鳴く。悲鳴をあげる。
覚悟した。リリアは、その身が毒矢に貫かれるのを覚悟した。
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