第七十九章 告白
古の大森林――ミジェロ・アジェラの森はとても威厳に満ちていて雄大である。
遥か昔、国が誕生するよりも太古の昔から存在し続けてきたこの森は、そのあまりの壮大さに全貌を明らかにするには数百年の歳月が必要だとされている。
森には数多くの生き物が命を芽吹かせ、美しい湖がいたるところに見られるという。悠然と群れを成す鹿。生き生きと大空を飛翔する鳥の姿。色彩豊かな草花が咲き乱れ、樹齢数千年の大樹が堂々と、そして凛然と大地に根を張る。
この森には、数々の言い伝えや神話がまことしやかに語られている。
森の奥深く、けして人間の踏み入ることの出来ない聖なる場所。そこにはエルフ達の楽園があるだとか、神が住まう社があるだとか。また、この森には神の使いである気高き守護獣がいるとされ、悪の心を持った者が近づけば、一瞬で噛み殺されるのだとか。
――まあ、あながち嘘ではないけれど。
歩くたびに、ふわりとした癒やしの風の匂いが心をくすぐる。懐かしさに自然に微笑みが浮かび、そっと耳を澄ませば小鳥たちの小さな会話や草花の談笑が風に乗ってメロディーとなり、とても穏やかに懐かしい音色を紡ぎだす。
木の枝をぴょんぴょん走りまわる可愛らしい子リスの姿や、太陽の愛をもらおうと一心に空高く花びらを伸ばす赤いアリスの花。その花から蜜をわけてもらおうと寄ってくる、小さな小さな昆虫。整列していたりバラバラだったりと地面の土中に根を張る大きな木たちは「お帰り」と喜びや歓迎の声のかわりに爽やかな葉のざわめきをくれるものもいれば、何をしにきたのだと冷たい態度のものもいる。
(ついに、帰ってきちゃったのね……)
今、リリアは森の入り口から少し奥にいった所、ちょうどこじんまりとした様子の開けた空間に立っていた。
この先に続くユグドラシルの樹海を抜ければ、そこには仲間達が暮らす故郷の里がある。
里は春になればそこらかしこが桜色に染まり、新しい命が誕生し、そして動植物の宴が始まる。夏には深い癒しの緑が気持ちを爽やかにかき立ててくれて、秋には落ち葉がひらひら舞い落ちる。やがて寒く厳しい冬になれば、積もった雪の中で春の訪れを待ちわびる動物たちと共に雪の季節が過ぎ去るのを心待ちにする。そして春がやってきて、また新たな生活が繰り返される。
そこにはそこに暮らす者をまとめる女王がいて、家族がいて、友達がいて。
少し前までは、自分がまさかこの安全な楽園から外の世界へ足を向けるだなんて考えもしなかった。ある出来事がきっかけで森を飛び出し、そして今、秘めたひとつの決意を胸にようやく帰ってきた。
「こんな森によ、なんの用があんだ?」
人の住む気配なんてまるで感じられないこの森。当然、ゼルがおかしそうに首をかしげるのも頷けた。
リリアは不思議そうにしているゼルに向けて微笑みかけると、言った。
「今まで隠してて、ごめんね。ゼルも、そしてクロードも」
いっぱい巻き込んで、いっぱい傷つけた。いっぱいいっぱい、苦しめた。
でも二人と出逢えたことはきっと必然であって、生まれた瞬間からこれは決まっていた運命なのかもしれない。
家族でもなければ恋人でもない――彼らは、守り合うべき大切な仲間。
「……リリア?」
だから、もう隠すのはやめにする。二人はここまで共に歩んできた大切な仲間だから、いいかげんもう本当の自分を見せてもいいんじゃないかって、今は素直にそう思えたから。
「――私、人間じゃないの」
そう、人間なんかじゃないの。
ざわわ、ざわわ、風が吹き抜ける。
かきあげたグリーンの髪から故意にのぞかせた、この尖った長い耳がその証拠。
「…………え」
そう告げた瞬間、ゼルが鉄砲豆をくらった鳩みたいに目を丸くして固まるのが見えた。本当に、ゼルはこの告白に驚いたみたい。
でもクロードは顔色ひとつ変えずに、じっと黙ったままこちらを見つめていた。
「……驚かないの?」
私、人間じゃないんだよ?と問えば、クロードはがしがしと短い黒髪をかき乱しながら言葉を選ぶようにして口をひらいた。
「知ってたさ。……というよりはなんとなく感づいてたんだ」
「私が、エルフだってことに?……いつから」
「最初からなんとなく、そうかもしれないとは思ってた。だって考えたら解るだろうが、ふつう。あのな……精霊術なんか扱える人間がどこにいる? だいたいあのイリスが兄だって時点でリリアが人間だとおかしいだろ」
確かに、黒エルフであるイリスが兄だという時点で、リリアが人間じゃないことはバレバレだったのか。
それに気が付かなかった自分はきっととてつもない馬鹿で、さらに今も事態が飲み込めないゼルは救いようのないアホかもしれない。
「う、え、はッ? リリアが人間じゃないってことは……――じゃあリリアは何なんだよ?! あれ、そしたらもしかしてオレも人間じゃない? え、じゃあクロードも人間じゃなくて……てか、もうわけわかんねー!」
ゼルはお手上げだ、とばかりにわめき散らす。さすがに今回ばかりはそのくらいもわからないのとは怒る気になれず、リリアは小さくごめんねとつぶやいた。
その時、風が大きく変わった気がした。ゼルやクロードは気づいてないようだけれど、自然に囲まれ愛されて育ってきたリリアには、確かにそれまで穏やかだった風の表情が変化したのがわかった。
何かが、近づいてきている。
やがてどこからともなく風を裂きながら羽ばたくような音が耳に届き、一陣の強風が吹き荒れ、見上げれば頭上の空から太陽の光を浴びた巨大で勇ましい一羽の鷹が舞い降りてきた。 |