第六章 湖の再会
黒騎士の集団を撃退した後、クロード達は結局、少し離れた場所にあった巨木の根元で野営をすることにした。
巨木の根元には、人三人が余裕で入れるほどの大きな空洞が出来ており、今夜はここで休息である。
辺りはシン…と静寂が包んでいる。そんな時、ふいにリリアがきりだした。
「ねぇ……さっきの黒い騎士が何者か、知ってる?」
「……いや、知らない。そもそも、俺達がいきなり襲われる理由もわからない。リリアはなにか知っているのか?」
薄い毛布に包まったままのリリアに、剣を抱えて幹に背を預けた姿勢のクロードが聞き返す。
「うん…。さっきの黒い集団はね“不死騎士”っていうの」
「不死騎士?」
リリアの口から出てきた聞き慣れない名称に、ゼルが小首をかしげた。
「そう。彼らは、元は王国の騎士や兵士だった存在なの。それが魔王が現れて、あんな姿になり、今じゃ自分が何者かさえわからない、魔王の命令にだけ忠実な僕なのよ」
「惨い話だな」
クロードは肩を竦めると、やれやれと毒づいた。騎士や兵士達にしてみれば、魔王は王国を奪った憎き仇のはずである。それが今となっては忠誠を誓う君主になってしまったなんて、惨い以外に何があるというのだ。
「でもどうして俺達が狙われたんだ? 俺達は魔王に何かしたか? 少なくとも俺は何もしていないぞ」
「なんだよクロード、その自分は関係ねーみたいな言い草。オレだって心当たりなんかこれっきしもねーかんな!」
「わかってるさ。お前にそんな度胸があるとはこれっぽっちも思えんからな」
「むっき〜」
わいわいと言い合う二人の男を横に、リリアは一人、浮かない顔で夜空を眺めていた。
澄んだ黒の雄大な夜空に散らばるのは、幻想的な星の輝き。それはまるで色鮮やかに煌く小さな宝石の大河のよう。
リリアは瞳を伏せると、空に流れる風の声に耳を傾けて眠りについた。
ほんのりと朧げな月明かり。巨木の中で瞼を閉じるクロードの顔に、控えめな月の光があたる。
やがて、微かに眉を動かしてクロードが瞼を持ち上げた。
「……喉渇いたな」
すぐ横を見やれば、スヤスヤと規則正しい寝息を漏らすリリアと、豪快に腹をだして眠るゼルの姿が。
こんな格好でよくもまあ眠れるものだ。きっと、この調子じゃ明日の朝には風邪をひいているに違いない。
クロードは呆れつつ、ゼルに薄毛布を被せてやった。その時、ふと耳を澄ましたクロードのもとに、微かな水のせせらぎが聞こえた。
「どこか近くに川があるかもな……。ついでに水汲みに行くか」
実は昼間、歩き疲れたゼルによって、水筒の中の水は飲み干されていた。どこかで補給しなければと思っていたから丁度良い。喉の渇きも潤って、まさに一石二鳥である。
クロードは傍で眠る二人を起こさないように、そっと巨木の空洞から抜けだした。
ひんやりと、夜風が頬を刺すように撫でて離れてゆく。クロードは大きく身震いすると、水音のする方の茂みへと入っていった。
しばらく草薮をかき分けて奥へ進むと、やがて、クロードは広々とした湖の端にたどり着いた。
「ほう、綺麗だ……」
クロードは、あまりにも幻想的なその湖の景色に、惚れ惚れとため息を吐いた。
夜空に煌く幾億もの星々の輝きは、見事に湖や森の木々と調和し、その美しさを惹きたてている。群青色の水面は、月の光をうけて黄金色にゆらめいており、湖全体が淡く青白い輝きに満ちていた。
クロードは地面に跪き、喉を潤そうと水に手を伸ばす。透き通った水は、手にすくい上げるとますます透明度を増し、ひとたび口に含めば、爽快な冷たさが口内に広がった。
この贅沢な景色を十分に満喫した後、クロードは水筒に水を溜め、仲間の元に戻ろうと立ち上がった。
いつの間にか、月は雲に覆い隠されていた。辺りに響く物音といえば、クロードの微かな息遣いのみ。
その時――
「……あれは」
すぐ近くの岸辺に、一人の影が現れた。
細く艶めかしい丸みを帯びたそのシルエットから、影は女性のものだと理解できる。
影はこちらに気付いてはいないようだ。しかし、月明かりが無い為に、女性の顔を確認することは出来ない。
無意識のうちに、クロードは目を細める。
(リリア……なわけないよな)
しかし、こんな深夜に、それも森深いこのような場所で、女性が一人でいるなんて。
クロードが惹きつけられ、魅入るように女性の方へ視線を注いでいると、しゅるしゅるっと布の擦れるような音が聞こえた。そして、続けざまに女性の身に纏っていた衣服が、静かな音をたてて地面に落ちた。
それに呼応するかの如く、ほのかな月明かりが、女性の姿を照らしだす。
「……っ」
その瞬間、クロードは息も出来ずに生唾を呑んだ。
女性の艶めかしい裸体が、月の明かりをうけて、美しく映えたのだ。
一気に自分の身体が熱を帯び、頬が紅潮してゆくのがわかった。視線を逸らそうにも、あまりの美しさに魅了され、逸らすことさえ不可能だ。
ゆっくりと、腰の辺りまで水に浸った女性が、クロードの方へと視線を流した。
――二人の視線が、交差する。
気付かれた、そう思ったクロードだが……
次の瞬間に目を大きく見開いた。心臓が大きく跳ね、一瞬止まったような錯覚にみまわれる。
「……まさか……そんな」
クロードは途切れ途切れにつぶやき、気付いた時には、その女性の元へ駆け寄り、彼女の腕を掴んで引き寄せ、自分の腕の中で抱きしめていた。
「……ぅん……」
どれくらい眠ったのだろう。まだ空は漆黒のベールに覆われている。夜明けはまだまだ遠そうだ。
ヒュー…と冷やかな風が吹き抜け、リリアは両腕で体を包み込むようにして身じろいだ。やはり、薄毛布一枚では肌寒い。
と、横を見やれば、グースカとお腹をだして鼾をかくゼル。薄毛布さえ、全く役に立っていない。
「もぅ、風邪ひいちゃうよ。しょうがないゼルね」
リリアは、ゼルの足元で散乱していた薄毛布を引き寄せると、それをゼルに被せた。
続いて辺りを見渡す。いるはずの人物が、何故かいない。
「クロード……どこいっちゃったのかしら」
リリアは巨木の空洞から外に抜けだし、もう一度よく周りを確認した。が、やはりどこにもクロードの姿が見当たらない。
さみしい……。今ものすごく、クロードに逢いたい。
切なくきゅんとする胸に手をあて、リリアはクロードの事を想った。愛しい。やはり、胸に込み上げてくるこの感情は、クロードに対して恋愛感情を抱いている証拠。それを根拠に、ゼルに至っては何の愛しさも込み上げてこないのだから。もちろん、仲間としては大切に想うが、やはり男女間のそれではない。
「クロード……逢いたい。あなたの、傍にいたい」
考えてみれば、この胸のときめきは、今に始まったものではない。クロードに出会ったあの時あの瞬間から、リリアはクロードに一目惚れをしていたのだ。
クロード本人はきっと自覚していないだろうが、数多くの女を虜にして来たであろうその強い眼差し、低音のなんとも心地よい声、余裕綽々な笑み、そしてなによりも胸にひしと染み込むクロードのやさしさ。全てが、リリアの淡い桃色の心を刺激する。
まあ、剣士のクロードからしてみれば、女性を丁寧に扱うのは当然なのかもしれないが、リリアにはそんなことなど関係ない。
そんな時、よく耳を澄ませば、微かな水のせせらぎが聞こえた。
リリアは、まるで引き寄せられるかのように、音のする方へと歩みを進めた。
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