†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜(73/95)PDFで表示縦書き表示RDF


†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜
作:AYAKA



第六十八章 リリアとジュリア


 太陽の陽光を遮るために窓のカーテンを閉めきった薄暗い部屋。窓際のベッドに背を預け、ジュリアは床に座って目の前で眠り続けるクロエをぼんやりと見つめていた。
(……まだ起きなさそう。これじゃ、出発は明日の朝になりそうね)
 本当ならば夜にはこの宿を出たいところなのだけれど、疲労しきっているであろうクロエを無理矢理起こすのは気が引けた。それに、馬車があるから移動時間の制限は解消されたわけであるのだし。クロエだって疲れ知らずの万能なんかじゃないのだ。せめて今だけは、ゆっくりクロエを休ませてあげよう。そう考えたジュリアはかれこれ数時間、こうやって何をするでもなくベッドに寄りかかっていた。
 そろそろ立ち上がろうか。そう思い、ジュリアが手を後ろに回して立ち上がる支えにしようとした時だった。
「ジュリア、いるか」
 静かにドアが開き、そこからクロードが顔を覗かせたのだ。
「……私ならここにいるけれど。……クロード?」
 心なしか、クロードの顔は沈んでいるように暗い気がした。だから、心配になって名前を呼んでみれば、クロードはなんとも言い難い複雑な表情でジュリアを見つめてきた。
 ――どうしたのかしら。
 とても、気になる。だが大体の予想は付いていた。クロードが仲間の眠っている部屋にいたことから、おそらく目覚めた仲間と何かもめてしまったのだろう。
 ……自分とクロエの、ことで。
「顔色が悪いわ。大丈夫……?」
「まあ、な」
 やはり、クロードは受け答えも何か思い詰めたかのようだった。重たい沈黙が、気まずい雰囲気がこの部屋を包み込む。
「……彼女、私を憎んでいるでしょうね」
 長い沈黙の後、ふと、そんな言葉がジュリアの口をついて出た。
 ああ、とさらに複雑そうな顔になったクロードは、名前を言わずともジュリアの指した“彼女”が誰だか分かったようである。
「……そう、よね」
 憎まれていないはずはないだろうと思っていても、さすがにそれを聞いてしまってなお平気でいられるほど、ジュリアの心は丈夫ではなかった。
 ズクンと、胸の一部が鈍痛を訴える。きっと、自分はあのリリアという少女に相当嫌われていることだろう。
 でも、謝る気はしなかった。お互いに殺し合っておいて、今更謝って何になるわけでもないし、それに彼女だって謝罪を望んでいるわけではないだろうから。
「そっちの様子は、どう?」
「……まあ、うん」
「…………」
 クロードからの返事は曖昧なもので、それでもそれが何を意味しているのかはよく伝わってきた。
 これ以上深く追求することが、ものすごく躊躇ためらわれる。
 ジュリアは小さく息を吐くと、スッと立ち上がり、クロードの傍まで歩み寄った。
「ねぇ、少し歩きながら話さない?」
「――え?」
「もう、散歩しましょうって言ってるの。……こういうのって、普通は男が誘うものじゃないかしら」
 ジュリアはそう文句をつぶやきながらもクロードの手をゆるく握ると、そのままやさしくにこやかに微笑みをこぼした。すると、クロードは咳払いをして照れたようにジュリアの手を握り返し、一言。
「次は俺から誘うからな」
「ふふ、待ってるわ」
 お互いに笑い合い、手を握る力をよりいっそう強くした。
「あ……でもその前に」
 クロードは、やっぱりちゃんとしとかないとな、と独り言をつぶやくと、真剣な表情をしてジュリアの瞳を見つめた。その芯の通った真っ直ぐな眼差しが、ジュリアにはすごく魅力的だったし、その反面全てを見透かされているかのように感じられた。
「少し、付き合ってくれないか」






 ――私、何やってんだろ……
 クロードが部屋を出て行った後も、こうやって馬鹿みたいに泣いて泣いて泣き続けて。
 リリアはしゃくりをあげながらクシクシと目を擦ると、手のひらを強く握りしめて唇を噛んだ。
(……私、最低なこと言っちゃった)
 興奮していたとはいえ、仲間に対してけして向けてはならない言葉を投げつけてしまった。無意識の内だったとはいえ、クロードにとても酷い言葉を言ってしまったのだ。
「……裏切り者なんて、何で……言っちゃったんだろ」
 後悔すればするだけ胸が張り裂けそうになり、自分が口にしたとんでもない意味を持つ言葉に、それをぶつけられた瞬間のクロードの顔を思いだすたびに、とめどなく目尻を熱い雫が流れ落ちていく。
「……謝ら……なきゃ」
 でないと、もう取り返しのつかないようになってしまう気がした。どうしょうもない焦燥感と自責の罪意識が、リリアを苦しめ、心をズタズタに引き裂こうとしていた。
「やっぱり、ダメだよこんなの」
 このまま晴れることのないモヤモヤを抱えることは嫌だった。クロードをこれ以上傷つけたくはなかった。
 だから、ごめんねと謝ろう。
 そう決意したリリアは涙を拭い、腫れぼったいまぶたもかまわずに部屋を飛び出そうとドアノブに手をかけた。
 すると――――
「きゃッ」
 リリアが押す前に勝手にドアが開いたらしく、リリアはそのまま前のめりに廊下へと倒れてしまった。
 なんて、恥ずかしい様だろう。
「あ……いたた」
 目の前には、革靴の先っちょ。打って赤くなった鼻の先を撫でつつ顔をあげると、そこには驚いたように目を見開いているクロードがいた。
「……あ」
 どうやら、クロードが外側からドアを開けたらしい。あまりにも予想外のことに、ついすっとぼけた声をもらしてしまった。せめて、せめて心の準備をさせて欲しかったのに。気持ちを落ち着かせるために、深呼吸する暇くらい与えてくれてもいいだろうに、神様は本当に意地悪だ。
 軽いパニックにめまいがするようだ。言葉にしたい想いはあふれるのに、上手く言葉にできないのがひどくもどかしい。
「えと……あ、えーっと」
 そうやって視線を泳がせながら、リリアは必死にごめんねの一言を、勇気を振り絞って謝ろうとしていた。
 が、ふとクロードの後ろに控えていた女性に気がついて、それがジュリアだとわかった瞬間にはまたあのモヤモヤがよみがえってきた。
 ――なんで、いるの。
 醜い嫉妬。それをジュリアは敏感に感じ取ったようで、ぴくんと眉をひそめたのが見えた。
「何しに来たの?」
 自分でも驚くくらいに、冷たい声。怒っているんだという心情を相手に伝えたくて、子供じみた真似をする。
「リリア、話を聞いてくれ」
「ひとりにしてって、私言ったでしょ」
「リリア――」
 ――名前、呼ばないで。そんな切なくて優しすぎる顔して、私を見ないでよ……
 汚い嫉妬にまみれてしまった自分が、余計に悲しくなるから。
 ――もう疲れたよ……。
 嫉妬に震える心をごまかして、隠し続けてきて。クロードに嫌な子だって思われないようにって、そうして全部微笑みにすりかえるのは、もう……疲れた。
 何よりも、クロードの傍に当たり前のようにしているジュリアが……とても腹立たしかった。
「だいたい何でこの人なんかと一緒に居なきゃいけないの。この人は私達を襲った人よ、ねえそうでしょ? 平気で人を殺せるような人なんかと、私一緒に居たくない!」
 一気にまくし立てて、リリアはジュリアを指さしていた。
 こんな、酷いことを言う時点で最低だとは思うけど、もう止められなかった。言葉責めは、まだまだ続く。
「二人でどこ行くのか知らないけど、やっぱり、クロードは私達よりその人を選んだんだのね。そんな……そんな“人殺し”のどこがいいのよ」
 人殺し、という言葉を聞いた瞬間にジュリアの瞳が大きくゆらぎ、リリアの心がまるで剣で貫かれたみたいな痛みを伴って脈打つ。
 ああ、自分はまた言ってはならないことを。
 だがそう頭の隅で考えても、口は意志を持っているかのようにひとりでに言葉を放っていってしまう。
「私の気持ちも知らないで……簡単に人殺し呼ばわりされちゃ困るわ」
「何よ、魔王の命令だかなんだか知らないけど変わらないじゃない、そんなの。あなた達は平気でたくさん罪のない人を殺してまわって……それであなたの気持ちを知れって? ふざけないでよ」
「私だって、好きでそんなことしてるんじゃないわ。それはクロエだって一緒よ――」
「仕方なく殺してるから、だから許して? 甘いのよ、そんなの。私がクロードみたいにあなたを受け入れると思ったら大間違いなんだから。あなた達がこれまでやってきたこと、きっと死んで償ったって絶対許されないわ」
「……別に、誰に許してもらおうとは思っていないし、何をしても償えないくらいの大罪をしてきた事ぐらい、わかっているつもりよ」
「口では何とでも言えるじゃない。信用できない」
 クロードを挟んで衝突し合うリリアとジュリア。翡翠色の瞳は栗色の瞳を睨み、栗色の瞳は翡翠色の瞳を射抜く。お互いに、一歩も引かない言い争い。どちらも意志を強く持っているだけに、簡単には引き下がれないのだ。
 ジュリアの怖ろしいほどまで綺麗に造形された天性の美に、リリアはごくりと息をのんだ。
 神様は、なんて不公平なのだろうか。天は二物を与えないとかなんとか言うが、こんな、美貌と魔法の才能を持ち合わせたジュリア相手に、クロードを取り返すことなんてできるはずないに決まっている。
 ――なによ……もう、なんなのよ。
 劣等感にさいなまれ、さらにジュリアの視線に苛立ちがつのる。
「……消えてよ」
 耳を澄まさなければ聞き取れないほどの小さなつぶやきが、空中に吸い込まれて消えていった。
「お願いだから、もうクロードに付きまとわないで! 誘惑しないで! 目障りなのよ、あなたの存在なんて!」
「誰と一緒にいたいか、それを決めるのはクロード自身よ。でもそれ以前に、あなたにそんなこと言われる謂われはないわ」
 ――パシン!
 手のひらで頬を叩く乾いた音が、三人しかいない廊下にこだました。
 ――手のひらが、ジンジンする。でもそれよりも、心がズキズキした。
「……――っう」
 目の前にはぶたれて赤くなった頬を押さえてこちらを見るジュリアがいて。そして、驚きの顔で見つめてくるクロードがいる。
「……リ――」
 クロードが自分に向かって何かを口にしようとしていたが、この場に居たたまれなくなってしまったリリアは急いで部屋に入ってドアを閉めた。そして、廊下にいる二人が入れないように、肩で荒く呼吸を繰り返しながら鍵を掛けた。
「……はあ……はあ……」
 ――むなしい。馬鹿みたい。
 ドアに背をつけて床に膝を折るようにして座り込んだリリアは、声を押し殺して嗚咽をもらした。
 ――なに、やってんだろ……
 もうこみ上げてくるこの感情が何なのか、この涙が何なのか、それがよくわからなくなってきて。とにかく今は、なし崩れにあふれだす鬱陶うっとうしい涙と声を抑えるのに、リリアは必死に歯を食いしばって、くしゃくしゃな泣き顔で空に浮かぶ雲を見上げた。


修羅場りました。ついにヒロイン2人が主人公を挟んで衝突してしまいました。えっと……何だかリリアがかなり嫉妬深い子になってしまったような……
さあいったい、この展開を楽しんでいるのは私だけなのかそうでないのか(笑
次の更新は9日を予定しています。ですがもしかしたら明日できるかもしれません。ぜひ次も読んでみてください!











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう