†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜(59/95)PDFで表示縦書き表示RDF


†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜
作:AYAKA



第五十四章 愛してる


 苦しい……胸が、苦しい。
「ジュ、リア……」
 大切な彼からそうやって弱々しくささやかれた名前に、きゅっと心臓が鷲掴みにされたみたいに、痛んだ。視線を感じて、でも顔を上げてしまうのが怖くて。彼の瞳に今何が映し出されているのか、それを知ってしまうのがとても恐ろしく思えたのだ。
 こんな事をして、怨まれるに決まっている。こんな時にまで自分を殺そうとした女を、いくらクロードといえども許してくれるはずなんてない……そう思った。
 だが、ずっと降り掛かってくる視線にとうとう耐え切れなくなり、ジュリアは一瞬だけ顔を上げた。すると、そこにあった彼の瞳には、なんの怒りも憎しみも映し出されてはおらず、ただ、悲しみの鎖で囚われた自分の姿が映っているだけだった。
「――……ッ」
 それを見てしまった瞬間、剣を握りしめたままの手が、いや、身体も心も全てが震えた。
 そして、これ以上その瞳に映る自分を見ることができずに、逃げるようにして視線を逸らす。でも無意識のうちに視線を投げてしまったそこには、クロードのわき腹から流れでて血だまりとなった深紅があった。自分がやった恐ろしい現実が脳内に一気に飛び込んできて、どうしょうもなく、止めようのない涙が勝手にあふれていく。
 ――怖い……怖い、怖い……
 これは自分がやったのだ。クロードを、この手で殺そうとしたのだ。
 ――怖い。
 自分がたまらなく恐ろしい。クロードは、自分にとってかけがえない大切な、大切な――…………存在なのに。
 もう、終わりにするから?――そんなこと、できない……できるはずなんてなかったのに。
 もう気付いていたはずなのに、わかっていたはずなのに。それなのに、自分は素直になれなくて、こんな最悪の結果を生み出してしまった。もっと、はやく素直になっていればよかった。彼を傷つけてしまう前に、もっと本当の自分をさらけだしてしまえばよかった。でも、そんな勇気が、自分にはなかった。
 だから自分の気持ちから逃げて逃げて逃げ続けて、とうとう一番大切なはずの彼という存在を、葬り去ろうとしてしまったのだ。
 ――ああ、なんて恐ろしい女なのだろう。ああ、自分はなんて馬鹿な真似をしてしまったのだろうか。
 深い後悔と自責の気持ちがどっと押し寄せてきて、ジュリアはただただ唇を噛み締めながら己の過ちを悔いた。でもきっと、今更悔やんだってもう遅すぎる。もう、取り返しのつかないところまできてしまったのだから……
 剣をそっと抜くと、クロードのわき腹からは、おびただしい大量の血が溢れだし、服にも岩肌の地面にも紅色の染みを広げていった。いくら願っても止まることなく流れ続けるそれは、クロードの命の灯火を確実にすり減らしていくのだ。
(嫌……嫌よ、死なないで! お願いだから……私を置いて死なないで……。もう、嫌なの。一人は嫌なの……!)
 ついに叫ばれた悲痛な心の叫び。それは、これまで頑丈に閉ざされてきたジュリアの心の扉が、破壊された瞬間だった。――と、その時。
 今まで感じていたクロードの腕の感触が背中から消え、やがて、地面に転がる剣を放心したように掴んでいた手が温かなぬくもりに包み込まれたかのような感触を覚えた。
 びくんと、肩が強張った。言葉にならない言葉を、思わず飲み込んだ。
 ――ああ、どうして、こんなにもこの男は温かいのだろうか。
 表現しきれない感情と、想いが、胸を突き破って溢れてしまいそうで……
 そのまま唇にそっと触れるようにして撫でていく、彼の親指に身体の芯から熱が込み上げてきて、思わず、身を捩ってしまった。
 ぞくりとする。ぞわぞわと快楽にもにたものが背筋を走りぬけ、何とも言えない心の疼きに、翻弄される。
 ――やだ……じらさないで。こんなことされちゃ、もう、壊れてしまう。頭が、おかしくなってしまう。
 ほとんど無意識の内に、ジュリアの視線はクロードの唇へと降り注がれていた。まるで、見えない悪魔がこの瞳を支配してしまったかのように、そこから引き剥がすことができない。
 求めている。自分の中の女の部分が、目の前の男を求めている。どこか思考の片隅で、冷静な自分がそう解釈していた。
 ――彼に、触れて欲しい。
 高ぶる感情と、うるさく鳴り止まぬ心臓の鼓動。そしてクロードの唇に、求めるかのようにして張り付いてしまった視線。
 自然な動きでクロードの顔が近づいてくる。だんだんと、その距離が縮まってきて。少し熱っぽい彼の吐息が、唇にかかる。
 自分を見つめる、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な漆黒のその瞳に、息をのんだ。そして、次の瞬間――――唇に、温かくてそれでいて柔らかな感触が舞い降りた。
 ドキ、ドキ、ドキ、と、胸が躍った。今までに味わったことのまるでない感覚が、この胸を支配する。
 突然のクロードからのキスに、ジュリアはまばたきも忘れて固まってしまった。呼吸をすることさえ頭の中から飛んでしまって、近すぎるクロードの睫毛を見つめたまま、しばらくの間そうしていることしかできなかった。
 この状況で戸惑いとかそんなものはなく、むしろ、期待に胸が膨らんでいくのがわかった。
 触れるだけのやさしいキス。それでも、この感覚に、少し汗ばんだ男の匂いに、頭がくらりとする。ぼーっと、心地よいこの感覚に包み込まれてしまいそうになってしまう。
 顔がものすごく熱い。たぶん、今自分は耳も顔も真っ赤になっているだろう。まるで暴れているかのように心臓が早鐘を鳴らし、これがクロードに聞こえるんじゃないかと心配になったりもする。
 やがて、ゆっくりと放された唇。そして、クロードの瞼が持ち上げられ、そのまま二人の視線が交じり合う。
 なんだか少し、淋しさがジュリアに残った。もっと、触れていたい。素直にそう思ったのだ。今のキスによって膨らんでしまった期待は、手加減なしにジュリアの気持ちをかきたてては、物足りないという欲求を植えつけていくのだ。
 それは、クロードも同じだったのか。突然体重をかけられ、ジュリアはよろりと、さっきまで背もたれにしていた岩壁に、押し倒されるようにして押し付けられた。
 いきなりの行動に驚いていると、今度は、今みたいな触れるだけのものではなく、少し荒々しささえ感じるようなキスが降ってきた。
(もう、だめ……)
 気が狂いそうなくらいに熱を持ってしまった身体の疼き、そして高揚感に、もはや崩れかけの理性など意味を成さなかった。流されてしまうままに、心が、身体がクロードを求めてやまない。容赦なく押し寄せるこの頭がおかしくなるこの感覚の前で、我慢なんてできるはずもなかった。
 好き……愛しくてたまらない、幼馴染の彼。もう、自分を偽るのはやめにする。本当の自分を、彼にぶつける。
「……ん」
 口内に、ぬるりと侵入してきたクロードの舌。それは瞬く間にジュリアを絡めとり、くぐもった甘い吐息がジュリアの口の隙間からもれる。その密な吐息はとてもとても高温の熱を帯びていて、このとろけてしまいそうな濃厚なキスに、酔いしれた。いつの間にかジュリア自らクロードの首へと腕を回しており、高ぶる感情に流されるがままに寄り添い抱きつくようにして愛を育んだ。
「ん……はぁ……っ、ん」
 まるで、なにか今まで眠っていた心の奥底の熱まで呼び覚まされるかのようで――――この感覚に、抗えない。
 吸い上げられる自分の唾液と、流し込まれるクロードの唾液。口内で混ざり合う二人分のそれは、水音をかき立てながら、たらりと首筋を垂れて流れていく。
 どうしようもないほどの疼きが、そして同時に切ない想いが、この胸に込み上げてくる。火照った身体が熱い。もっと、もっともっとクロードを感じたい。欲望、願望が、ざわめき騒ぎ立てる。
 ――ああ……この甘くも切ないほろ苦さを含んだアルコールの味に、きっと私は溺れてしまったのね。
 止められない、もう到底止まることなんてできないこの気持ち。幸せ。この時この瞬間が、今ものすごく幸せ。
 12年間待ち望んだ。こうやって、いつか互いの思いを確かめ合いたいと、心の片隅で隠すようにして密かに願い続けてきた想いが今やっと、報われた気がした。
 頬を伝ったのは、果たして熱に浮かされた生理的な涙だろうか。それとも、嬉し涙だろうか――……
 やがて、名残惜しむようにして、二人の唇は離れていった。二人の間に、艶めきの銀糸が繋がり、そして切れる。
 荒く乱れた呼吸を肩で整えながら、未だに身体の熱がひかないジュリアは、ぼんやりとクロードを見つめていた。二人分の唾液で濡れてしまった唇に、カァーッと恥ずかしさが込み上げてくる。
 そんな中。ふと、クロードの真剣でそれでいてどこかやさしさを帯びた表情が、微笑みながらこちらを見つめいるのに気が付いた。
「ジュリア……お前がすごく愛しい」
 それは、とても嬉しく幸せな一言。思わず胸が高鳴った。きゅんと、なった。
「愛しくて愛しすぎて、なんかもう俺……すごく、幸せな気分だ」
「私だって……そうよ」
 ――そんなの、もうわかってるくせに。貴方が好き。ううん、好きって言葉じゃ足りないくらい、私は貴方を必要としているの。
 ようやく認めることができた、素直な気持ち。
「でもね……」
 でも、でも……
「私は、貴方を殺そうとしてた……今だって、こんな風にして、貴方を傷つけた」
 左肩を、わき腹を、そして心を。
「何を言ってるんだ、そんな事、もういいさ」
 だけどクロードは、ふっと笑って首を振ってくれた。
「こうして俺はちゃんと生きていられて、やっとお前と通じ合えたんだ。俺はちっともお前を憎んでなんかないし、むしろ愛しくて愛しくて仕方がないくらいだ」
 ――ああ、この言葉に、どれだけ救われたことか。
「クロード……」
「だからもう悲しむな、自分を責めるな。俺は大丈夫、大丈夫……」
 その瞬間、自分を縛っていた全ての鎖が解き放たれた。
 ごめんなさい、という言葉が、自然と涙と一緒にこぼれた。
 そして――――
「クロード……愛してる」
 伝えたい想いが、あふれた。


ジュリアも、自分の気持ちをようやく認めました。
ここで終わってしまってもよさそうなんですが、ストーリー的に実はまだ中盤をちょこっと過ぎたあたりなんです(笑
だからまだまだ続きます!

おかげ様でユニークアクセスが10,000を超えることが出来ました。ファンタジー作品として少ないのか多いのかはよく分かりませんが、これからも頑張って更新していきます♪
次回の更新は金曜日を予定してます。もしかしたらそれよりも早く更新できるかもしれません。











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