†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜(53/94)PDFで表示縦書き表示RDF


†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜
作:AYAKA



第四十八章 運命の再会


 巣から飛び降りた瞬間に、ぶわっと風が体を包み込むかのようにまとわりつく。
 シルフィーを召喚したリリアの両手をクロードとゼルはきつく握りしめ、そしてクロードは空いた片手をゼルの手と繋いだ。
 ひしと手を繋ぎ合ってトライアングルを描きながら、三人は空中を落下していった。
 ――そこに待ち受ける運命もわからずに。



 地上すれすれまで落下の速度はとどまることを知らず、クロードはもしやこのまま叩きつけられるのではと覚悟した。最悪、命の保証は出来ない。
「シルフィー!」
 しかし、すんでの所でリリアが隣で一緒に落下していたシルフィーに一声かけると、ふわりと風が舞って、ストンと地面に足が着いた。
 ――助かった。
 そう思ったのも束の間だった。
「――……クロード」
 ぽつりと、静かに、驚きの滲んだ声がした。
 ハッとして声のした方へと視線を向ければ――――
「ジュ……リア……」
 そこには長年探し求め、そして月を背景に湖で抱きしめた女が、その濃いブラウンの瞳を大きく見開いて立っていた。
「……ど、して……」
 先に言葉を絞りだしたのは、ジュリアの方だった。
 繊細な糸のように、震えながら、小さく、ゆっくりと……
 しかし、クロードが唇を動かそうとした瞬間――――ジュリアの後ろから月光を浴びた剣がキラリと輝いた。
「――覚悟、光の勇者!」
 まるで閃光のようにクロード目掛けて斬り迫ってくる剣。握るのは、女性独特の細く白い腕。漆黒のマントに身をくるめた女は、躊躇いもなく横一線にクロードの首を斬り払った。
 しかしここは剣士クロード。奇襲には一瞬戸惑ったものの、素速く後ろに下がってその攻撃をかわした。
「ちぃっ」
 舌打ちをした女は、青みがかった黒髪をサラリと宙に振って舞わす。そしてクロードが剣を抜いたのを確認すれば、すぐに間合いをとっていったん下がっていった。
 冷や汗が背筋を伝う。不規則な心音が冷静な判断を、目の前の幼なじみの姿がクロードの心を、掻き乱して狂わせていく。
 どうして、なぜ、ジュリアがここにいる――?
 そして自分を殺そうと、憎々しげな殺気をその紫水晶アメジストの瞳に宿した女は、いったい誰だ――?
 ドクンドクンという心臓の脈動。張り詰めた空気、緊張、――――恐怖。
 まさか、まさか。
 この目の前の殺意剥き出しの女に恐れているのでは決してない。ただ……
「何の、つもりだ……ジュリア」
 自分に向けてその鋭く研ぎ澄まされた剣先を突き指す、敵意を含んだ瞳で黙って見つめてくる、ジュリアが怖かった。
 ……いや、ジュリアが怖いのではない。たぶん、自分に向けられているジュリアの敵意、殺意がどうしようもなく恐ろしく、そして悲しかった。
 戸惑うクロードに、ジュリアは殺戮者の瞳で言い放つ。
「暗黒騎士として――貴方を消すわ」
 意志に迷いはない。戸惑いの欠片も、躊躇いの一切れもないジュリアの冷たい口調と、醸しだされる氷の薔薇のような雰囲気。
 圧倒される。殺意とかそんなものなんかじゃなく、何よりその美しさに、視線が、心が縛りつけられたかのように動かない。
 ――ジュリアが、俺を殺す……?
 彼女は何を言っているのだ、何かの間違い、それは何かの間違いだと言ってくれ。
 ぐわんぐわんと鈍器で頭を叩かれたかのような、悲しく激しい衝撃がクロードを襲う。
 手を伸ばせば届きそうな距離に彼女がいるのに、腕を引いて抱きしめられる距離にいるのに、それをさせない、決して許さない空気がまるで分厚い壁を隔てているかのようで……
「悪いけれど、貴方に生きていられちゃ魔王ディアボロス様が困るのよ」
 だから、死んでちょうだい。
 最後まで言い終わらないうちに、ジュリアがさっと懐まで入り込んできて、そして放心したように動かないクロードに剣を差し向けた。
 夜の闇に飛翔する、深紅の液体。鼻を掠める、むんとした鉄の匂い。それは月に照らしだされてギラギラと美しい輝きを魅せた。
「――ッ」
 すぐさま体を駆け抜けた激痛。
 ――熱い、痛い。
 切りつけられた左肩がドクドクと熱をもって脈打つ。耐え難い痛みが襲いくる。
 しかしそれ以上に、ジュリアの瞳の中の殺意に心を突き刺され、そして抉られる。言い表すことの困難な感情が、胸を支配する。
 反撃をすることは容易たやすかった。でも、ジュリア相手に剣を振るうなど、できない。彼女を傷付けることなど、できるはずもなかった。
 クロードは再びくるであろう痛みを覚悟した。
 だがしかし、クロードはハッと気付く。――決して、見逃さなかった。一瞬、ほんの一瞬だが、ジュリアの瞳に迷いが生まれていたのだ。それは剣を握りしめる腕にも伝わり、微かに震えているではないか。
 ――ジュリアの中に、まだ戸惑いがある。
 そう思った瞬間、クロードはとっさにジュリアの腕を掴んでいた。
 驚くように見開かれた瞳。びくりと震える肩。華奢な白い手首。少し乱れた呼吸。
「ジュリア」
 脆くて、力を込めたら崩れ去りそうなほどにか細いジュリアの手首を掴んだまま、クロードの小さなささやきが響いた。
「――ッいや、放して!」
 バチィッと飛び散る火花。反射的にクロードはジュリアの手を放した。
 表現のしようもないくらいに悲しそうな瞳を揺らし、剣を握る手にきゅっと力を強めて、ジュリアはクロードを睨みつけていた。
「退いてな」
 ジュリアの異変に、黒髪の女は動揺することもないといった感じに、素速い身のこなしでクロードに差し迫ってきた。
 しかし今度はただの斬撃ではない。なにか黒い霧のようなものが女の体にまとわりついている。
 スピードが速い。回避できない。
 とっさの判断、というよりは体が覚えていた感覚が勝手に働き、クロードの剣と女の剣が鈍い金属音を響かせて衝突した。
「何のつもりだ、なぜ俺を狙う!?」
 クロードにしてみれば、自分の命が狙われる理由も何もわからない。ジュリアの連れだということだから、おそらくはこの女も暗黒騎士だろう。イリスの時といい、どうしてこう突発的なんだろう。
「……黙れ。大人しくあたしに殺されな」
 全身黒の動きやすそうな軽装に身を包んだ女、ぴったりしたその服装からわかる肉体は、細身ながらもよく鍛え上げられている。
 紫水晶アメジストの瞳の輝きは、一切の曇りも迷いの欠片も映してはいない。
「理由もわからずに死んでたまるか。絶対にごめん、だッ」
「――っ」
 とはいえ所詮は男と女。力はこちらが勝っている。クロードは女を振り払ってはね飛ばすと、ダンッと踏み込み一瞬のうちに間合いを詰めて女の鳩尾を狙った。が、それを予測していたのか、女は軽く身を捩ってかわす。
 しかし――
「オレ達がいること、忘れてもらっちゃ困る、ぜ!」
 そこには戦闘態勢ばっちりのゼルが控えていたのだ。
 チィッと舌打ちし、女はゼルの蹴りを剣で防ぐが、不安定な状態での防御はあまり意味を成さなかったようである。
 蹴り飛ばされ、しかしそれでも女はひらりと体制をもち直した。
 無傷で余裕を醸しだす女の口端は、まるでゼルを見下すかのようで。それをくっそうと見つめるゼルは悔しさに歯を食いしばる。
「おまえ達全員、このあたしが血祭りにしてやるよ」
 鋭い視線が、クロードを、ゼルを、リリアを射抜いた。凄まじい殺気が、この場を埋め尽くす。
「冗談なんかやめて。そんなことさせないんだから!」
「そーだそーだ! だいたいそっちは二人だけどな、こっちゃあ三人もいるんだぜ。覚悟すんのはテメェらの方だっつーの!」
 女の挑発に、まんまと乗っかる二人組。もちろん、それはゼルとリリアである。
 確かに数ではこちらが有利だ。だが、果たして本当にそうなのだろうか。
 タラリ。クロードの額を一筋の冷や汗が流れる。
 今もひしひしと肌に感じるこの張り詰めた殺気。深淵の底から静かに漏れだすような、しかしそれはとてつもなく怖ろしくて。
 無意識のうちに、クロードはこの凄まじい殺気を纏う女に視線を奪われていた。それは惹きつけられるとかそんなたぐいなんかじゃなく、もっとこう――目を逸らした瞬間に、やられる。
 ゾク…と背筋を悪寒が走る。動機息切れが激しく狂い、頭の中に警戒音が鳴り響く。
 ――この女は、強い。
 それこそ、おそらくゼルやリリアでは太刀打ちできないほどに。
 この女がどのくらいの強さを秘めているのかは謎だが、たとえリリアが精霊召喚をしたとしても、中級そこらではきっとかなわないだろう。
 ――まずいな。
 心理の激しく不安定なジュリアだって、あれだけ取り乱して錯乱していたのだ。もしかしたら、このまま内に眠る光魔法族ソーサリアの膨大な魔力が暴走しだす可能性も否めない。
 こうなれば、仕方がないようだ。あまり女に剣を向けるようなことはしたくはなかったのだが、こんな危うい時にそんな真面目臭いことを言っていたのではこちらの命がいくつあっても足りない。
「悪いな、俺はお前に殺されるつもりなんてさらさらないんだ。そっちが本気でくるってんなら、俺も全力でお前をねじ伏せる。死んだって、後悔するんじゃないぞ」
「……ふん。ずいぶんと余裕綽々じゃないか。――光の勇者」
「クロード・レインだ」
 クロードが剣を一振りしてから名乗れば、女も闇の霧を腕に集結させながら空を一閃した。
「――クロエ・ガルシア。冥土の土産に覚えときな」
 その瞬間――――光と闇、二つの相対する力がぶつかり合った。


ついに再会しました!……敵という形で。

次回もよろしくお願いします♪
次の更新は……おそらく明後日になるかと思います。
もしかしたら明日に更新できるかもしれません。











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