第三十七章 二人の暗殺者
昼の王様である太陽がすっかり西の山へと姿を隠した頃、小鳥のさえずりと交替で森にはフクロウの不気味な声が響きだす。辺りの模様は騒がしい昼から静寂に支配された夜の世界へところりと変わった。
そんな中、森の中を二頭の黒馬が馬蹄で地面を鳴らしながら駆けていた。背には深々と漆黒のマントを身に着けた騎乗者が二人。馬が風を切って走る動きに合わせ、マントは強風に煽られた旗のようにはためいている。時折マントの下から覗く腰の剣が、月の光を浴びて怪しく銀色の輝きを放っていた。
長い旅路を全速力で疾走してきたために、疲れきった馬は速度を落とし、やがて小さな泉の畔で止まった。ブルルと唸り、水を飲んでいる馬から下りた人物は、馬を傍の木に繋いでようやくマントのフードを取った。すると、ふぁさ、と栗色の美しい髪がこぼれ、風に掬われた。
美しい髪の持ち主――ジュリアが頭をふるふると振ると、髪が綺麗にワルツを踊る。
その隣で同じように優雅な黒髪をあらわしたクロエも、木に繋いだ愛馬を撫でてやっていた。
「ご苦労、スターシャ」
“スターシャ”とは古代語で“希望”という意味をもつ。クロエの愛馬スターシャはくりりとした慈悲深い瞳でやさしくご主人を眺めているようだ。
「ありがとう、アイリーン」
ジュリアも自分の馬に労いの言葉をかけてやった。たてがみがサラサラしていてとても肌触りの良い愛馬アイリーン。ちなみに、アイリーンという名前は昔飼っていた犬のアリアンからとった名前だ。古代語で希望を表すクロエのスターシャ。そして、ペットからとった名前のアイリーン。この、もの凄い名づけの差は何なのだろう。と、今更おかしくなったりする。
クスクスと一人で微笑んでいると、さっそく焚き火の準備を整えたクロエが微弱な炎魔法を駆使して寄せ集められていた木の枝に火を灯した。
パチパチと火の粉が空に吸い上げられていく中で、焚き火を囲ってジュリアとクロエは荷物として持ってきていたコッペパンを、半分に千切りながら口にしていた。
夜空には満天の星くずが煌き、壮大な大自然を創りあげていた。
「王都から離れると、こんなにも違うものね」
「そうだね、あそこには昼夜関係無しに分厚い黒雲が空を覆いつくしているからね。あたしも、こんな綺麗な夜空を見るのは久しぶりだ」
「ふふ、クロエはあまり王都から出ないものね」
「そういう身体だから仕方ないさ」
ここは、既に王都からいくつか町や村を越えた先の山の中だ。もうだいぶ、王都から離れたといってもいいだろう。普通なら、丸一週間程度はかかる道のりを、ジュリアとクロエはたった数日でここまで来た。それも、二人の愛馬が休まずに走り続けてくれたお陰である。
ここには、空を覆う黒い雲もうるさい雷鳴も存在しない。ただ、夜空に瞬く星や月があるだけだ。
「イリスみたいに竜でも造りだせれば楽なんだけど、これじゃかなり掛かりそうね」
ジュリアにもクロエにも、イリスのように魔法で竜などといった魔物を生成することはできない。だから、こうやって地を馬で駆けるしかないのだ。
「悪いね、あたしのせいで夜しか動けなくて」
「別に、気にしないでちょうだい」
そして、クロエはある理由で太陽が苦手なため、移動は夜の間にしかできない。
とりあえず、馬達はくたくたのようだし、もうじき夜も明けて朝日が顔をだすだろうから、今日のところはここまでにした方がいいだろう。下手に山を抜けて、容赦なく太陽が照りつける昼間の大地に出て行くことだけは、クロエのために避けなければならないのだから。
「それより、日が昇ったら私はいったん山を抜けてみるわ。その先に何があるのか見てみるから、もし立ち寄れそうな町があればそこで食料を調達しましょう」
馬に乗せて持ち運べる荷物には限りがある。そして、速く走るためには軽ければ軽いだけいい。となれば必然的に、荷物の量は少量になる。二人分の食料も、もってあと二日といった具合だから、町があれば是非とも立ち寄りたいところだ。
「ああ頼む。だったら、スターシャに乗っていくといい。アイリーンより丈夫な馬だから、日暮れまでには往復で帰ってこられるだろ」
「助かるわ」
正直、まだ子馬の域を脱したばかりのような体躯のアイリーンでは、体力的に山道の往復は辛いと思っていた。それについさっきまで酷使していたのだから、少し休ませてやろうか。ここは遠慮なく、立派な体躯の雄々しいスターシャを借りることにしよう。
日の出と共に、ジュリアはスターシャに跨って山道を進んだ。
その間、クロエはアイリーンと一緒に太陽から身を隠している。幸い、うっそうと上空を覆い茂った木々のおかげで、身を隠すような日陰はたくさんある。それに近くに山賊やらの野蛮な輩の気配もなかったし、動けなくてもクロエは魔法が使えるのだ。とりあえずは残してきても大丈夫だろう。
まだ山道は抜けるまでにかなりの距離があるらしく、一向に下る気配もなかった。まだ、中腹にも来てはいないということなのか。
周囲の景色に目を向けながら、しばらく進むとやっと下り道になった。
途中で広範囲に先を一望できる崖の上にでて、この山から麓に続く広い森を抜けた先に小さいが町があることを確認できた。このぶんだと、太陽が沈んでから元の場所を出発したとして、次の朝までには町に辿り着けそうだ。――よかった。
もう少し先へと進んでみようかとも考えたが、スターシャのことも考えればクロエの待つ場所まで引き返す方が良さそうだ。さすがに、満足な休みなしに走らせるのは可哀想だから。
「さ……、それじゃあ戻りましょうか」
ジュリアはスターシャに一声かけ、そして元来た道を戻ろうと手綱を引いた。
その時。
スターシャが何か脅えたように落ち着きを無くした。頻りにピンと立てた耳を動かしたり、地面を踏みならしたりしているではないか。明らかに、スターシャの様子がおかしい。
(……何かいるわね)
視線の先の草藪がカサカサと揺れる。あれは、風が引き起こすものではない。
魔物か、それとも山賊か――……
いずれにしても、襲ってくるのなら剣を振るって対応しなければならない。それが、たとえ相手の命を奪うことになろうとも。逃げるなんて選択肢は、今ジュリアの中にはないのである。
腰に収めていた白銀の剣を音も立てずに抜く。そして、スターシャから降りて草藪を睨みつけた。
しばらくの後、大きく見据える先が揺れ動いた瞬間――――
キラリと光る剣先がジュリア目掛けて差し迫った。
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