†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜(40/95)PDFで表示縦書き表示RDF


†リガルド王国物語†〜Love&destiny〜
作:AYAKA



第三十五章 討伐命令


 魔王の間へ足を運ぶと、そこにはもう一人の暗黒騎士の姿があった。
 青みがかった艶やかな黒髪は肩より少し短いショートヘア、そして凛とした精悍な顔つきは、少女の域を既に脱した感がある。それでも、大人と呼ぶにはまだ少し早いような、そうでもないような。ただ、美女だが色気は無いに等しいと言っていいだろう。ピシッとした、立派な立ち振る舞いの彼女は――――
「クロエ」
 そこにいたのは、騎士という言葉が本当によく似合うクロエだった。クロエ・ガルシア――何だか本当にどこかの貴族にいそうな名前である。クロエはスッと背筋を伸ばしたまま、自然な動作でこちらに振り向いた。何だろう、遅いぞという感じの痛い視線がジュリアを射抜く。
 クロエは黙ったままだが、ひしひしと張り詰めたオーラを醸し出しているのである。こちらまで、つられて緊迫感に全身を縛られる感覚にみまわれてしまった。
「……ディアボロス様はいらっしゃらないの?」
 ジュリアはさっと辺りを見回して王座の前で佇むクロエに尋ねた。自分を呼びつけた魔王の姿は、王座にもどこにも無かったからだ。
 すると、クロエもわからないという風に肩をすくめた。
 ――だったら、何処に行かれたのかしら……
 と、その時。黒の大理石で全体を占められてゴツくも豪華で堂々とした、そして限り無く広いこの空間に突如として漆黒の霧が漂いはじめた。
 辺り一面は霧に覆われ、やがてその霧は天井で渦を巻くかのように黒々と集結しだす。そして、それは徐々に人型を形成しだして王座へと下りていった。
 忽然こつぜんと現れたのは、この王国を支配する闇の覇王――魔王ディアボロス。威風堂々としたそのオーラに、ジュリアはごくりと生唾を呑んだ。魔王の登場で、この場の密封された空気が一気に震撼した気がする。おそらく、それは気のせいなどではないだろう。
 人……とは呼べないその容姿。まるで深夜の濃い空から星くずや月を完全に消滅させたかのような漆黒の皮膚には、いたるところに血管の筋が浮かび上がっている。見た者を恐怖のどん底に突き落とすほどの鋭く血のように紅い眼。頭部にはねじ曲がった巨大な双角が生えており、体躯は筋骨隆々とした実に立派なものだ。背骨はそのまま堅くて鋭利な尻尾へと繋がり、指先からは長い爪が伸びている。逞しい手に持つのは、厳ついグングニルという巨大槍。肩に羽織るのは金地に朱の刺繍が施された豪華なマント。さらに身に着けている布切れは、絹という上質ながらもどこか救世主メシアまとう衣服のようで。
 外見を例えるならば、それは地獄の悪魔の成れの果ての姿かもしれない。何度も目にしているはずなのに、それなのに心の底からぞっとする。
 どっかりと王座に腰を据えた魔王の前に、クロエとジュリアは跪いて瞳を閉じていた。クロエは、いたって静かに呼吸をしている。実に毅然とした雰囲気を醸しだしているのだ。自分も表面上はそれに近いだろうが、実際心臓はバクバクとうるさく脈動していた。
 ――やはり、慣れないわ……
 いつまでたっても、魔王に対する畏怖の気持ちが拭い去れない。魔王は自分の存在が確かなものだと証明してくれる、ジュリア唯一の拠り所なのだが……。なぜか心の奥底では、何かがそれを拒絶しているのだ。――どうして?
 魔王を拒絶するものの正体を、ジュリア自身まったく理解できなかった。そしてそれが、時折行き場のない苛立ちへと変わることもある。結局、自分が心休まる安寧の場所はどこにも存在しないのだろうか。こんなことなら、なるべく考えない方がいい。また、心がどうしようもなく不安定になってしまうから。
『顔ヲ 上ゲロ』
 魔王は依然二人を見下ろしながら、地獄の果てから響くような気味悪く掠れた声で告げた。
「はい」
 顔をあげたジュリアの栗色の瞳と、魔王の深紅の眼とが交じり合う。
『オ前達ヲ 呼ンダノハ 他デモ無イ 光ノ勇者ノ コトダ』
「光の、勇者……?」
 ジュリアの隣で跪いたままのクロエが、眉を寄せて小さく首を傾げる素振りと一緒に、小さなつぶやきを漏らした。どうやらクロエには、唐突に魔王の口からでた光の勇者という言葉の意味することが分からない、といった様子である。
(……光の勇者)
 ジュリアも、心の中でささやいた。光、それはとても綺麗な響きをした聖なる言霊。闇に染まってしまってなお、ジュリアはこの美しい響きが好きだったりする。とても、そんなことを魔王やクロエの前では口が裂けても言えないが。
『ソウダ 我々ガ 最モ忌ムベキ存在ガ 現レタノダ』
 威嚇する獣のように顔の筋肉を歪め、歯茎を全面に押し出し、憎々しげに魔王は唸りだす。そしてその指は、宙で何かをもてあそぶかのようにゆらゆらと動いている。苛立って、いるのだろうか。
『オノレ……レノーシェス 光ノ勇者モロトモ 潰シテクレルワ』
 レノーシェスとは、確か光の神のことだったはず。
 昔生まれ育った村で信仰されていた神様だ。当時は自分も母親からよく、この神の伝説やらなんやらを子守歌代わりに聴きながら眠っていた記憶がある。しかし今は、信仰していない。というか、自分から裏切っておいて信仰など出来ようはずもなかった。魔王の話から推測するに。つまり、レノーシェスが何らかの力を与え、光の勇者が誕生したということだろうか。それとも、光の勇者の天命を授かった赤子がこの世のどこかに産まれたか。
 だとしたら、十中八九魔王が自分だけではなくクロエも呼び出した理由がわかった。それは――――
『オ前達ニ 光ノ勇者ノ 抹殺ヲ命ズル 仲間モ残サズ殺セ』
 やはり、抹殺命令。生まれたての赤子に二人掛かりはまず考えにくい。と、なればやはりレノーシェスが何者かに力を与えたのだろう。
「はっ!」
 迷いなど無かった。
 ――ディアボロス様の邪魔をする者は、この私が排除する。
 本気でそう決意していたのに。しかし、早くもこの決意はぐらつくことになってしまうだなんて、誰が予想していただろうか……。
 不敵に笑いを浮かべた魔王の口から出た光の勇者の名前が、ジュリアの胸を抉るかのようにして、酷く激しい衝撃を与えた。
『――忌々シキ光ノ勇者 “クロード・レイン”ヲ 必ズヤ討チ滅ボスノダ!!』


ケータイ執筆なのでいつもよりは短めになりました!!とうとうジュリアが動く事になりましたね。彼女はクロードの抹殺命令をどう受け止めるのでしょうか……

次回に続きます。











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