序章
この物語は闇に閉ざされた小さな王国で、運命に翻弄されながらも必死に生きる男と女の物語。
自然が豊かであらゆる種族が暮らすリガルド王国。
希望で満ちあふれ、人々も活気盛んなそんな王国はかつてこう呼ばれていた。――光の王国。
だが、その平和が長く続くことは無かった。
ある夜突如として月は血の様に赤く変貌を遂げ、人々を狂わせ、漆黒の闇が王国の空を覆った。
そして……
人々の憎悪,妬み,欲望の果てより、混沌の覇者……魔王ディアボロスが誕生した。
辺境の山脈の中に静かに佇む小さな村――ミラノーヴァ村。ここから、この物語は幕を開ける……
「はっ……はっ……はぁっ」
薄暗くシンと静寂しきった森の中に、やけに大きく、少年と少女の荒く緊迫しきった息づかいと、革靴が地面を駆ける足音が響いていた。
「早く、逃げないと……あいつらが来る!」
少年は疲れて疲労の限界に達する寸前の身体を何とか動かしながら、すでに息のあがった少女の手を握り緊めて走り続けた。少女は怯えきった表情で、少年の手を強く握り返すと、自分達が走ってきた道を振り返った。
「……っ、お母さん……みんな」
少女の視線の先に広がる光景は、火の粉を巻き上げながら燃え盛る炎に焼かれた村の姿。そして、闇の黒煙と共に猛スピードで迫って来る異形の騎士達。
どいつも頭から深く被った黒いマントをなびかせながら、腐敗しかけた黒い騎馬を駆って自分達を追い立てて来る。
その恐怖に身がすくみそうになるのを、少女は少年の手を握り緊めることで必死に抑えていた。お互いの汗で湿った手のひらが、唯一二人を結び付けている。
それでも所詮は人間、それも子供と馬では分が違いすぎた。次第に縮まる間隔、より大きく、そして恐ろしく耳に入る、馬が泥を跳ね散らし蹄で地面を踏み鳴らす轟音。
少年と少女に更に緊張が走る。もう、追っ手がすぐ傍らまで差し迫っているのが、嫌でも理解出来たからだ。
あまりの恐怖に泣くことも出来ずに、とにかく必死で森を駆け抜ける。捕まれば、間違い無く待つのは死だ。
足場が悪く、まるで行く手を遮るかのように横なぎに倒れた木を二人が飛び越えようとした瞬間だった。
「――あっ」
小さな少女の悲鳴が、空気をわって漏れた。
木の根につま先を取られ、転んでしまったのだ。なんたる不運だろうか、二人の手は離れ、その隙に闇を纏った異形の騎士どもが少女を捕らえてしまった。
「いやぁ! 助けてクロード!」
少女の叫びに、少年は必死に少女へと手を伸ばした。
もう少し、あとほんの僅かで繋がるのに……
その瞬間、少女を騎士の纏う黒煙が完全に包み込んだ。
「いやあぁああぁああ――――」
少女の張り裂けそうな叫びと共に、少年の目前に棍棒が振りかざされた。黒馬は前足を振り上げ嘶き、漆黒の騎士がにたにたと気味悪く笑い、恐ろしく牙を剥き、腐敗した鋭い眼を見開くのが見えた。
……――クロード!――……
朦朧と霞みゆく意識の中で、少女が自分を呼ぶ声と、異形の騎士達が不気味に歓喜している喚声のみが、やけに頭の片隅を稲妻のように駆け巡っては、砂嵐のようにかき消される。
……ジュリア……
最後に脳裏に浮かんだのは少女の名前……。
だが、それさえもが消え去り、少年はその場で意識を手放した。
……やがて月日は流れ、あれから12年の歳月が過ぎた。
奇跡的に村の唯一の生き残りとなった少年は、今や立派に成長し、21歳の逞しい若者へと変貌を遂げていた。
光沢ある漆黒の髪と同じく、漆黒の鋭く澄んだ瞳の若者……彼の名は“クロード・レイン”
後に“光の英雄伝説”として語り継がれるであろうこの男は、あの日生き別れた少女を探し求めて旅立ちを決意するのであった。 |