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間章・二 「震える手、握り返す手」 
 ギュルルル。
「おなか減ったなぁ」
 神谷はお腹が鳴ったのを気にして、八田の方を見るが、八田は虫の音を気にした様子も無く、道の端で黙ってじっとしている。
 名取と山道を登り始めたのが昼前、八田を見つけたのが二時頃、もう既におやつ時こえ、四時過ぎである。
 こんなことなら何か食べるものを持ってくるべきだったと神谷は思う。
「名取君遅いね」
 神谷は八田に話しかけるが、返事はない。
 また神谷も返事がない事を気にする様子も無く、友人達に宛てるメールを打っていた。
 電波の状況は芳しくない。
 神谷にとって名取の言う事や八田の怯えよう、加藤の死はどうしたって実感の無いものであった。
 殺人だと言われてもそれはドラマなどTVの向こう側での事件。
 今でもあの加藤の死体は悪い夢なんじゃないかと神谷は思う。
 実際八田の兄を見てもどうにも殺人鬼には見えないと言うのも神谷のそう思考する一端であった。
 それよりも今現在携帯が繋がらないという状況の方が神谷にとっては実感しやすい恐怖なのである。
 時折神谷は携帯を振るが、そんなことで電波状況は改善したりしない。
「だめだ。このままじゃ。何とかしないと、兄さんが来ちゃう」
 ぶつぶつと呟きながら立ち上がる八田。
 八田は名取がその場を去ってからずっとそんな調子だった。
 穴の外と中を行ったり来たり。
 そうかと思うと突然空を見上げて、じっと動かなくなったり。
 神谷にしてみれば、また穴に戻るのかなと思っただけで気にしていなかった。
「神谷さん、どうしたらいいと思う?」
 そう話しかけられるまでは。
 動揺する神谷。
 どうしたらいいと問われても、その答えを神谷は持ち合わせてなどいないのだ。
「ねぇ、神谷さん。お願い。僕を助けて」
 八田はひざまずき、震える手で神谷の膝にすがりつく。
 私もどうしていいか分からないと言うのが神谷の本心だが、今まで成立しなかった会話が出来るかもとも思う。
「八田君、私も一つ聞いていい?」
 神谷の言葉に八田は顔をあげる。
 どうやら神谷の言葉は八田に届くようだ。
「本当に八田君のお兄さんが加藤君を殺したの?」
 その言葉に八田は目をそらす。
「名取君はそう言ってたけど、私にはどうしてもそうは思えないの。八田君のお兄さんがかっこいいからとかじゃないよ。加藤君の事はそりゃショックだけど、だからってそれが殺人だなんて。考えるだけで私、怖いよ。名取君の言うとおり私は逃げてるだけなのかもしれないけど、でも、怖いものは怖いんだよ」
 八田はしばらく神谷を見つめていたが、突然すくっと立ち上がる。
「・・・加藤さんは・・・兄さんが殺した。だから!早くここから逃げなくちゃいけないんだ!」
 八田は神谷の手を握り、引っ張る。
「ちょ、ちょと待って。何でそうなるの?名取君待たなくちゃ・・・」
「だめだ。名取さんはもう手遅れだよ。今からじゃ何をやっても無駄だよ」
「待って!それってどういう意味・・・」
 八田は神谷の質問に答える事無く容赦なく神谷の手を引き、その場から離れようとする。
 神谷の抵抗むなしく、二人は不自然な格好で山道を歩き始めた。
「やっぱり八田君のお兄さんが加藤君を殺して、今度は名取君も殺されるってこと?!だったら早く助けなきゃ。ねえ、八田君!」
「早く・・・早くしないと・・・急がなきゃ」
 また会話は一方通行になり、神谷は落胆する。
 そして、どうやって名取を救おうかと模索するのだった。
(こんな山の中じゃ携帯は繋がらない。今から携帯繋がるところまで山道降りて、警察に通報?でも、それで間に合うのかな?名取君、助かるのかな?でも、他に方法なんて・・・ないよ)
 神谷の思案をよそに八田はぐいぐいと神谷の手を引っ張る。
 気遣わないその手は怯え震えていた。
 その震えに神谷ははっと気づく。
(そっか。八田君も怖いんだよね。あんな事があったんだもん。だから八田君もこんな状態になっちゃたんだし、こんな時は私がしっかりしなくちゃいけないよね。私が八田君を守ってあげなくちゃいけないよね。たいしたこと出来ないけど)
 神谷は大丈夫と強く手を握り返した。
(きっと私が八田君を守るから)
 そう神谷は心に固く誓う。
 そして、手を引かれやってきたのは、
「ここって」
 開けた丘、中央に大きな木が一本ある。
 その場所は人工的に整備されたように下草は同じ長さに刈られ、切り株が多く点在する。
 木には多くのカラス達がとまっているが、鳴き声一つも立ててはいない。
 突然の来客をカラス達は皆一斉に凝視していた。
「ねえ。八田君・・・」
 神谷は八田に問おうとして振り返ると、そのまま世界は九十度に傾く。
 神谷の目には空を飛ぶカラスが見えた。
(何で?どうして?)
 手足をばたつかせて暴れるが、何の役にも立たなかった。
 何か声を発しようとするが、神谷ののど元を押し付ける手によって遮られた。
 もうすぐ夕刻、カラスたちは家路につこうとしている。
(息が・・・)
 神谷は遠のく意識の中で、目の前が真っ赤に染まっていくのを感じた。


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