プロローグ 唐突な始まり
初めての方は初めまして! 本編を読んでくださっている方は、二週間ぶりです!
色々、こちらの都合で振り回せてしまい申し訳ありません。(^^)/ それでも読んでいただけるかたに感謝です。
それでは結構長くなると思いますが宜しくお願いいたします。
《死者の都》 聖使徒の聖櫃 楠恭弥
今僕――楠恭弥がいるのは異世界アリウスのダンジョンの一つ――《死者の都》の深域に位置する密林が支配する領域。
密林の樹木が綺麗に切り取られた半径三百メートル程もあるサークル状の赤茶けた土の上に整然と立ち並ぶところどころ砕けた無数の墓石。そのど真ん中に巨大な霊廟がドンと聳え立っていた。
霊廟は本来豪奢な造りなのだろうが緑ゴケや所何処が欠けている箇所があり、逆に人間の根源的な恐怖を誘う。そしてその悪趣味な霊廟の扉には『聖使徒の聖櫃』と刻まれている。
「で? グレーテルが入ってから出てこないのってここの中?」
事件に次ぐ事件で疲れ切って自宅のベッドで爆睡していると凶悪精霊の兄ヘンゼルからの連絡で叩き起こされた。
呼び出された理由はヘンゼルの妹――グレーテルがダンジョンに喰われた。普段冷静なヘンゼルの壮絶にテンパった声色は僕の眠気を吹き飛ばすには十分だった。
「はい。あの馬鹿、俺が止めるのも聞かずに突っ走りやがって!」
苛立ち気に土を蹴るヘンゼル。その幼い顔には怒りと強烈な焦燥がありありと浮かんでいた。
僕ら魔術師ギルド《妖精の森》では、ダンジョン攻略につきいくつかのルールが定められている。
第一、ダンジョン内では原則三人以内のチームで行動しなければならない。
第二、危険なトラップがある可能性があるゾーン(以下危険ゾーン)には必ず一人以上残してはいる。
第三、危険ゾーンに侵入しメンバーが暫くしても戻らなければ速やかに自らが所属する部署の幹部に伝え、所属幹部は僕か人工知能スキルである思金神に伝える。勿論、幹部が緊急事態に陥った場合は僕か思金神に直接伝えることになる。
この手の事態は大抵頼まれなくても思金神の奴が処理する。あの悪逆人工知能スキルは現在商談中であり、僕しか動けなかった。だからこうして慣れない救助作業に出張って来たのだ。
「この遺跡に入ってからどのくらい時間経つの?」
「……もう三十分近く……」
憂わしげな表情で視線を地面に固定するヘンゼル。
「大丈夫。心配するなよ」
ヘンゼルの小さな金色の頭に手を乗せてポンポンと軽く叩くと僕は遺跡に向かい歩き出す。
僕の後をぴったりとついてくるヘンゼル。
「遺跡に入るのは僕一人だけ。
君らは僕が二十分経っても部屋に戻って来なければ、他の幹部に知らせろ」
悔しさに歯をかき鳴らすヘンゼルに再度、今度は乱暴に頭を撫でて聖櫃の扉の前に立つ。
扉に右手を掛けると、ゴゴゴッと石が擦れる音を伴い扉が開く。
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聖櫃の扉の向こうは真っ黒な石で周囲が囲まれた階段となっていた。
かなり歩いた。距離的に五百メートルは確実にあったと思う。
階段を降りると広い円柱状の空間に出る。ここもやはり床、壁、天井全て真っ黒で、部屋の隅には青白く発光する魔術道具が設置されていた。
「あっ!! マスターですわ!」
僕の腰にジャンピング抱きつきをかましてくる金髪幼女。
ブカブカの黒色のローブに、ウエーブがかった腰まで伸びた長い金色の髪、凶悪でわがままな性格とは裏腹の幼い可愛らしい風貌。この幼女がグレーテル。これでもヘンゼルと同様、《妖精の森スピリットフォーレスト》の幹部の一人だ。
兎も角、ここはあの陰険な天族アルスの創ったダンジョン。正直、凄惨な事態になっている事も視野にいれていたのだ。だから僕を見上げるグレーテルの能天気な顔を視界に入れ肩の荷が下りたようにほっとしていた。
「ヘンゼル達が心配してる。ここを出るよ」
「それが駄目なんですの」
グレーテルの手を握り、外へ連れ出そうと歩き出すが、彼女は立ち止まり大きく首を左右に振る。
「駄目?」
「ええ、出ようとしてみればわかりますわ」
階段はなくなっていた。比喩じゃない。ホントに綺麗さっぱりなくなっているんだ。階段があった場所には端から何もなかったように石で覆われていた。
一つ、試してみよう。僕は異空間から右手に一振りの血のように赤く透き通った長剣を顕現させる。この剣はルイン。僕の命を預けるメインの武器。このルインで駄目なら他の武器でも結果は同じだろう。
ルインを上段から壁に振り下ろすが、傷一つつかない。やはり特殊な結界でも張ってあるようだ。
「ダメか……ところで君、なんでそんなに嬉しそうなの?」
満面の笑みで僕の腕にしがみ付き頬ずりをしているグレーテルはどうも緊張感に欠ける。というか痛い子にしか見えん。
「気のせいですわ」
気のせいにはとても見えんのだが……まあ変に暗くなるよりかいいか。
「出る方法は……やっぱ、あれだよなぁ」
「ですわね」
僕らの視線の先は大きな祭壇と棺。この施設の名前が聖使徒の聖櫃だし、十中八九、あの棺には何かある。このやけに凝った演出とアルスの悪趣味さ加減を鑑みれば正直悪寒しか湧かない。
「僕は少しあの棺、調べるから君は階段の所にでも待機しててよ」
「イヤですわ」
ニコニコと微笑のこびりついた顔を僕に向けて来るグレーテル。
(またか……)
この頃、この笑顔をする女性が僕の周りに増えて来た。そして大抵、僕の話に耳を貸してはくれないんだ。
大きく息を吐き出して僕の腕に抱き枕のごときしがみ付く小動物グレーテルにヤバくなったら直ぐ離れて退避するように指示し、棺へ向かう。
巨人族用かと思わず突っ込みたくなるよう馬鹿でかい棺の蓋を開ける。
アルスなら引きずり込むくらいする。思わず身構えてしまったわけだが、棺の底には一枚の銀色のカードが入っていただけだった。
手に取って調べるがカードの表裏とも文字等は一切刻まれてはいない。
(まさかね……)
カードに魔力を通してみると瞬時にタブレットサイズまで大きくなる。同時に文字が浮き上がり始めた。
その内容は僕にとって不快そのものだった。
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【遊戯説明書】
★おめでとう! 君は英雄としての器があると認められたよぉ!
これから君には世界を救う旅に出てもらう。クリア条件、ルールとクリアした者の権利は以下だ!!
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この悪質な遣り口、やはり、アルスか。《死者の都》を創ったのもあのはた迷惑なクソ天族だ。この展開も予想もしなかったわけじゃない。この先など見たくもないのが僕の偽りのない本心だが、多分それでは話しは一向に先に進まない。
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【クリア条件】
■僕の指定するラスボスと中ボスを討伐してもらう。勿論、君じゃなくても倒せればOK。でもぉ~、君以外には基本、倒せないように設定してありまぁ~す。
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最後は完璧に僕にたいするメッセージになっている。あの野郎。完璧に楽しんでやがるな。
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其の一:召喚者(君を召喚した者)の死亡は即失格であり、帰還はできなくなる。
其の二:被召喚者(君)は召喚者に己の力を悟られないように努めなければならない。
其の三:被召喚者は召喚者の命に従わなければならない。
其の四:被召喚者は召喚者に魔術やスキルの才能や魔術道具や武具を与えてはいけない。
其の二とその三のルールに抵触すれば凡そ三日で討伐しなければゲームに敗北し、帰還はできなくなる。四は即失格し、やはり帰還はできなくなる。
クリアの期限はなし。クリアは中ボスとラスボスを討伐しさえすれば今から数分後に戻る親切設定でぇ~す。
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眩暈がした。阿呆か!! あんにゃろ! 悪ふざけにもほどがあんだろ!!
ゲームのクリア条件が其の一の『召喚者の死亡を阻止する』と其の四の『召喚者に魔術・スキルの才能と魔術道具、武具を与えてはいけない』はまだいい。よほどのことがない限り頼まれても許すわけがないから。だがその他の其の二と其の三は絶望的に僕に不利だ。
ラスボスと中ボスの討伐がクリア条件なら、召喚者との情報交換は最も重要な事項と言っても過言ではない。それが『召喚者に己の力を悟られないように努めなければならない』だ。多分自分から僕の自身の力を故意に伝えるのはもっての他だろう。問題はこの『力』とやらが何を指すかだが、今は検証しようもない。
其の三も気が狂っている。大体、どこぞくされ外道にでも召喚されたら僕がその所業に加担させられることになる。冗談じゃない。
唯一の救いはクリアに期限がないことくらい。他はマジ最悪だ。
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【クリアした者の権利】
望みを一つだけ叶える事ができま~す。ただし僕が可能なことね。でも大丈夫さ。ほとんどできない事なんてないから。あと外に無事帰還ができてぇ――最後のは――クリア後のお楽しみ。
それじゃ張り切って英雄として活躍しちゃってくださ~い!!
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僕の身体が輝き始める。
(はは……この後の展開が予想できる)
「マ、マスター!!?」
堪えがたい焦燥に僕の服を掴むグレーテル。笑顔を浮かべつつもその頭をそっと撫でる。
「少し行ってくるよ。心配しないで。直ぐに帰るからさ」
視界が歪み僕の意識はプツンと切れた。
設定資料をつけておきますので、初めての方はそれを読めばよりわかり易いと思います。