第9話 路地裏での真実
近くの路地裏にオルトロスを寝かせる。右手の掌に白魔術――《超治癒》を発動させる。この《超治癒》は通常、対処者に触れていた方が効力は高く、さらに身体の中心部の方が治癒力を上手く伝達し易くなる。オルトロスは瀕死に近い。ちょび髭強盗やマスク強盗とは異なり、彼は生きていればいいという訳ではない。奈美のためにも全快してもらわねばならないのだ。
幾つもの魔法陣が展開された右手の掌をオルトロスの胸部に当てる。掌に伝わる奇妙な柔らかな感触に首を傾げながらも術を解放させる。
幾つもの魔法陣がオルトロスの胸部から生じ、それらが形を変えて回転し始める。
――拉げた腕が元に戻る。
――傷害を受けていた内臓が元に戻る。
――えぐり取られていた大退部が元に戻る。
――体中にあった裂傷が元に戻る。
瞬く間にオルトロスの全身は元の状態へと復元し、さらに血の気の引いた顔に赤みが戻って来る。
治療が終了し、右手の掌をやけに弾力のある胸部から離そうとすると、オルトロスに突き飛ばされる。
その自身の胸を両腕で覆い隠し、目尻に涙を溜めつつ僕に非難めいた視線を向けてくるオルトロス。
右手の掌に伝わる弾力の感触の意味を理解し、血の気がサーと引いていくのがわかる。
「き、君、まさか女の子?」
「……」
そのリンゴのように真っ赤に染まった顔と疑問への無言は肯定確実だ。マジで軽い眩暈がする。どれだけマニアックなフラグ立てれば気が済むんだ、僕は?
でも確かに言われてみれば、やけに男にしては綺麗な顔をしていると思ってはいたんだ。身体も年頃の男にしてはやけに小さいし。その粗暴な振る舞いから男であることを疑いもしなかった。
とは言え、今の行為はあくまで治療だった。HP回復薬がない以上、オルトロスが女の子だとわかっていても結局同じことをしただろう。だから、謝るのも多分違う。
思案しているとオルトロスが極めて神妙な顔で僕を注視しているのに気付く。
「お前は――」
彼女は口から出かかっている言葉を上手く紡げないようだ。
「うん?」
「何でもない」
僕と視線がぶつかると慌てて逸らす。
(まるで紅葉だ)
そんな身もふたもない感想を持つと急に可笑しさが込み上げて来た。
「な、何が可笑しい!?」
「悪い、悪い。ちょっとした思い出し笑いさ。
もう大丈夫なようだし、僕はいくよ。君も奈美を安心させてあげなよ」
あまり怒ってはいないようだし、彼女とこれ以上、話があるわけではない。ここは駅前だ。奈美がいなくてもスーパーの一つくらい見つけられるだろう。
踵を返し、路地を出ようとすると背後から声がかかる。
「ありがと」
消え入りそうな声に右手を上げて、僕は路地を出た。