表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

第6話 食堂での一幕


 ――二年E組の教室


 ため息が出るほど僕は女性という生物が良く分からない。屋上でのあの紅葉との会話のどこに怒りを覚える要素がある?

 僕の左隣の席に座る女性は僕の言葉を一切無視することに決めたらしく、あれから一言も口を聞こうとしない。僕が視線を向けると顔を背ける。彼女のこのリアクション、まるで喧嘩中の沙耶だ。沙耶と内面が似ているならどうせあっさり機嫌は好転する。天候を人間がどうこうできないのと同じ。嵐を過ぎ去るのをただひたすら辛抱強く待つしかない。


(それにしても……)


 今は法術とやらの授業だ。

 法術は黒魔術と白魔術を合せたような術。

 ただし僕らの世界の基礎魔術――黒魔術、白魔術、青魔術、赤魔術、降霊術、呪術、召喚術と比較してその強度はかなり低い。具体的には法術の奥義は黒魔術や白魔術のレベル3に相当する。確かにこの強度ではアルスの課したラスボスや中ボスは倒せない。

 しかしこの法術まったく白魔術と黒魔術の劣化版というわけではない。消費魔力は黒魔術や白魔術の数十分の一ほどしかなく、魔術とみなされていないから宣誓の儀式も不要だ。加えて発動までに多少の時間はかかるが、手順さえ誤らなければ失敗することはない。おそらく術のこの方式を現代の基礎魔術に応用すれば――。


「では今日の授業はこれまで。今日の内容は期末に出ます。各自予習復習を怠らないように」


 教室に非難と悲鳴が混じり合った声が上がる。

 紅葉はやけにノロノロと教科書を机に突っ込むと、席を立ちあがる。今まで僕はその容姿から紅葉と朱花を同一視していた。しかしこいつはどちらかというと妹の沙耶よりだ。ならばその対処法など十数年の蓄積のある僕にならお手の物。

 紅葉の後を少し離れてついていく。こうでもしないと臍を曲げるからだ。沙耶ならついていかないと逆に機嫌が悪化するわけだが、そこまで一緒だとは正直思いたくない。


 さっきから僕に向けられるこの好奇心たっぷりな視線は不快ではあるが、我慢できないほどではない。 何せ嘲笑や侮蔑はあるが敵意まではないのだ。明神高校での生活より数百倍ましというものだろう。


 紅葉は食堂のカウンターでオムライスとカレーライスを注文する。朝がパンと目玉焼きだけだったとはいえ、良く喰う女だ。僕としては見ているだけで胸やけしそうだ。

 載せられたトレイを両手に持つと、窓際の隅っこの席につく。しかもご丁寧に壁を正面にして。こいつのこの行動原理、どことなく明神高校での僕に似ている。こいつも僕と同様、学園では日陰者なのかもしれない。

 さて、紅葉は沙耶。なら彼女の正面に座ると十中八九席を移動される。しかし下手に離れすぎると逆にお嬢様の機嫌が最悪となる。この調整が殊の外難解なのだ。打開策としては誰か知り合いがクッション替わりになってくれれば最高なんだが……。

 そこで僕を押しのけるように紅葉に背後から抱きその頬に頬ずりをかます赤毛の小動物一匹が登場する。


「~っ!!?」


 紅葉の口から微かな悲鳴が漏れ、全身が超高速で真っ赤に染まるのが背後からでもわかる。猛烈に嫌な予感がする。今の今まで後ろには僕しかいなかった。多分僕が紅葉に不届きを働いていると此奴のおめでたい脳は勝手に勘違いしている。


「紅葉た~ん。このお肌のすべすべ具合。マジ、天使――びゅはっ!!」


 氷のように固まって身じろぎ一つしない紅葉の頬に赤毛の変態はさらに顔を擦り付けようとするが、引き剥がされゴンッと鈍い音とともに机に顔面を叩きつけられる。あれ結構痛いぞ。

 ゴロゴロと転がりながら悶える変態を横目に、紅葉の正面の席に座ると両手に持ったトレイをテーブルに置く頭に耳を生やした灰色髪の少年。彼は赤毛変態童女の召喚した幻獣だろう。


「毎度毎度、変態がすまねぇ――テメエも早く座れ!」


「あ~い」


(この女もか……)


 この赤毛変態童女も僕の知る人物の一人にそっくりだ。そしてあまり近づきたくない部類の知り合いでもある。

七宝纏(しちほうまとい)――頻繁に絡んで来る僕の天敵の少女。

 この狙ったようなキャストにさらに新たな登場人物が加わる。


「珍しく賑やかなようだな。俺達も一緒に食わせてもらっていいか?」


 頷く紅葉。

 赤髪、綺麗な顔にそぐわない目つきの悪い少年が僕を振り向いて指をテーブルに指しつつ意外な提案をしてきた。


「ライト、って言ったな。あんたも座れよ。このカレー多分、あんたのだ」


 まさか赤毛の少年に同席を提案されるとは夢にも思わず反応が遅れる僕。赤毛の少年は紅葉の右隣に座ると、右手で彼の右隣の席の椅子を引く。座れということだろう。

 この面子での食事など是非拒否させてもらいたいのが本心だが、そう言ってもいられまい。僕が勧められた席に座ると僕の前のテーブルに大盛のカレーライスの乗ったトレイが置かれる。

 なるほど。紅葉が二人前、食べるんじゃなく僕の分を注文してくれていたわけだ。想像以上に彼女は優しい人物なのかもしれない。


 簡単な人物紹介がなされる。

七宝纏(しちほうまとい)に激似の赤毛童女が新見奈美(にいみなみ)

僕の天敵倖月陸人(こうづきりくと)にそっくりの赤髪の少年が奈美(なみ)の兄新見来栖(にいみくるす)

 新見奈美(にいみなみ)は僕を警戒しているのか会話どころか視線すら向けてはこない。

 対して新見来栖(にいみくるす)は最初からやたらと僕に好意的だった。


 兎も角、この狙いに狙ったような容姿。

 倖月朱花(こうづきしゅか)に似た織部紅葉にはじまり、七宝纏(しちほうまとい)に似た新見奈美(にいみなみ)倖月陸人(こうづきりくと)似の新見来栖(にいみくるす)

 さらに今朝屋上であった紅葉の姉妹らしき泉幸菜(いずみゆきな)が倖月瑠璃。

外見だけ言えば元の世界にいる彼奴らを強制招集したと言われても疑いはしない。

 もっとも似ているのはあくまで外見だけ。中身は全く違う。内面として成熟しきった朱花とは異なり、紅葉は子供のようであり、どちらかと言えば妹の沙耶に近い。泉幸菜(いずみゆきな)は実際よりもかなり気が強い感じだった。


「それであんた、どこから来たんだ?」


 来栖の問いに紅葉や奈美(なみ)も興味があるのか、いつの間にか話しを止めていた。


「この世界とは全く別の世界。そうとしか言えない」


 これはアルスの作成したゲーム版。ルールの委細を把握するまでは不用意に情報を露呈するべきではない。

 案の定、灰色の髪の幻獣族の少年――オルトロスが眉をピクリと上げる。


「興味深い話、してるね?」


 背後から鈴をふるわすような澄んだ声が僕の網膜を震わせる。それは僕がつい最近、傷つけてしまった少女の声であり、大切な幼馴染だった少女の声。


泉幸菜(いずみゆきな)、何の用?」


奈美(なみ)が嫌悪感を隠そうともせず、けんか腰みたいにぶっきらぼうに疑問をぶつける。彼女元々、かなり人見知りなのかもしれない。僕に対する対応の方が、幾分ましだ。

 

「貴方と少し話しをしたくて」


泉幸菜(いずみゆきな)が僕に視線を固定しつつも微笑む。


「僕と?」


 まさかの指名を受け、思わず声が裏返る僕。だが僕以上に動揺している奴がいた。来栖を挟んだ僕の左隣にいる女。興味なさそうにオムライスをつついていたスプーンをガチャとトレイに落とす。


「そう。回りくどいのは趣味じゃないので、単刀直入に提案します」


幸菜(ゆきな)、やはり思いとどまるのが吉じゃぞ」


 初登場と同様、幸菜の背後で顕現すると僕から隠れるように弱々しい声を上げる精霊――ウインディーネ。

 ウインディーネの顕現により、オルトロスがバッと椅子から立ち上がると奈美(なみ)を抱きかかえると距離を取り、来栖の契約精霊である炎を纏った美少女――サリーマが来栖と幸菜の間に身体を割り込ませ構えを取る。彼女も先ほど来栖から紹介を受けた。

 この鉄火事場のような事態に苦笑しながらも、赤子のように震えるウインディーネの頭を優しく撫でると僕の目を見つめて来る幸菜(ゆきな)


「姉さんの契約を解除し、私と契約をし直してください」


 幸菜(ゆきな)の言葉がよほど想定外だったのか紅葉はオムライスを掬ったスプーンを口まで運ぼうとするが、手が震えて上手く口に持っていけてない。紅葉だけではない。奈美(なみ)来栖(くるす)も、契約精霊と契約幻獣さえもポカーンと口を開けていた。

 だけどこの中で最も焦っていたのは多分僕だ。幸菜(ゆきな)は確実にウインディーネから僕の力について聞いている。そうなければ僕のような特段強そうにも見えない人間と契約を結びたいとは考えまい。

確かにゲームの第二ルールである『被召喚者は召喚者に己の力を悟られないように努めなければならない』は努力義務。一見、僕への束縛範囲は狭くなりそうだ。しかし『努めなければない』、これは極めて抽象的な文言なのだ。最悪アルスの胸先三寸により僕の敗北が決せされてしまう可能性さえある。ルールの委細が不明な現状では『悟られてはならない』そう読み替えて理解すべきだろう。

 つまり紅葉に命じられ力を振るう場合は格別、できる限り、紅葉に僕の力は知られるべきではない。


「君がなぜ人間にすぎない(・・・・・・)僕ごときと契約したいのかは全くの不明だけどさ、それは無理だね」


「なぜです?」


 僕の拒絶の言葉にも眉ひとつ顰めず、微笑みを浮かべてくる幸菜(ゆきな)

僕のこの返答も予想の範疇。やりにくい! とんでもなくやりにくい!

 

「僕がただの(・・・)人間だからさ。

君のお爺さんの調べでは紅葉が用いた特殊な触媒により、霊獣召喚の儀式に不可思議な科学反応が生じ、霊獣召喚とは異なる術式が実行された。故に契約の解除の方法すらも不明というわけ」


「泉家の情報網なら解除の方法もきっと見つかります。叔父は祓魔師(エクソシスト)協会の日本支部長――」


「いや、結構だよ。僕は紅葉を守るって決めた。紅葉と元の世界に戻る方法を見つける。そう決めたんだ」


 どの道、僕と紅葉との契約がアルスの発動した術式に基づく以上、この世界の誰にも破れやしない。

それに生活力が最悪で、沙耶に似て行動原理が小さな子供の様など、放って置けないところも含めて、僕はこの紅葉という人間をそれなりに気にいっている。何より今更、より好条件な契約者に鞍替えするなどスマートじゃない。


「そうですか。でも私諦めませんから」


 まるで僕の言葉を予想していたかのように微笑を崩すことなく幸菜(ゆきな)は右手を軽く上げると食堂を出て行ってしまう。

 食事を再開するも、顔を紅潮した紅葉がオムライスを口の中にすごい速度で放り込んでいるのが視界の隅に移る。


(そんなかっこむと朝みたいに喉につまるぞ――いわんこっちゃない)


 予想を裏切らず、オムライスで喉を詰まらせて胸をトントンと叩く紅葉。


「はい。水、まだ僕口つけてない――」


 僕の手から水の入ったコップをひったくると一気に飲んで逃げるように席を離れる紅葉。


「ありゃあ、逃げたな」


「逃げたね」


 僕も急いで口にカレーを運んでいると、奈美(なみ)が根掘り葉掘り召喚直後や僕のいた世界について尋ねて来た。

 不必要な情報は口外しないのが魔術師としての美徳だ。だから可能な限りはぐらかしておいた。真に必要な情報は己が召喚した精霊や幻獣にでも聞けばいいのだ。

 もっともゲームをより楽しむため余計な情報をこの世界の住人に与えたくないアルスにより厳重なプロテクトを施しているだろうし、簡単には語られまいが。


今しがた無視をしていたのが嘘のように奈美(なみ)はフランクに接してきた。彼女との壁がなくなったのは僕が紅葉を守ると宣言したからかもしれない。要は彼女は僕が紅葉を傷つける事を純粋に警戒していたに過ぎなかったのだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ