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『世界の終わり』【掌編・SF】

作者: 山田文公社

『世界の終わり』作:山田文公社


「野村さん逃げてくださいよ!!」

 事務所の扉が勢いよく開いて、小島えのきが飛び込んできた。

「何事でい?」

「悠長にカステラなんて食べてないで、早くにげてくださいよ!!」

「馬鹿野郎! 堂村のカステラだぞ、大事に喰わないとな」

 階下で銃声が響き渡る。

「もうそこまで来てるんですよ、野村さんあんたが逃げないなら俺がにげるよ」

「狼狽えるんじゃねえよ、まずは茶でも飲みねぇ」

「あああああ!!」

 そう言い小島えのきは事務所の窓から飛び降りた。ちなみにここは18階である。

 小島えのきが飛び降りのを見送った瞬間、ゆっくりと事務所の扉が開き、覆面で顔を隠した男が事務所に入ってきた。硝煙の香りを漂わせた男の右手には拳銃が握られていた。

「野村やすお……だな?」

 その質問の返答しだいでは、確実に死ぬことになる。しかし野村は堂々と答えた。

「ああ、いかにも、わし……」

 野村の言葉が終わらないうちに銃口が火を噴き、野村の脳天には穴があいた。覆面の男は懐から携帯を取り出し撮影を始めた。二、三枚撮った所でメールを使い、今回のクライアントへ仕事の終了のメールを送る。

「業務終了っと……」

 覆面は外さずに停電が来るのを待った。記録の闇に紛れて姿を消すつもりである。そして午後6時ジャストに電気は消えた。すかさず窓に走り、飛び降りた。用意されていた、腰につけた高速離脱装置が働いて、細いワイヤーが伸びていく。

 

 時は西暦3089年、時代は限界だった。もう色々と限界だった。人々のモラルなど紙切れ以下で、暴力や殺人、クスリが横行し、警察は役立たずで、朝ご飯よりお手軽に人が殺され、犯される。学校に行くのは無謀な命知らずで、登校拒否しない方が異常といわれるほど、危険で物騒な世の中になった。

 既に世界人口の8割がなんらかの犯罪に関与しているのが実態だった。電子掲示板には殺人依頼や暴行依頼が多く書き込まれ、そのほとんどが二束三文で、それを嬉々として引き受ける者達が多くいる。

 村山ダニエルもその一人だった。2500円で逆剥け建設の従業員を皆殺しにしたのだ。殺害に使った拳銃は当然規制されている。しかし所持していない者はほとんど居ないに等しいほど、出回っている。道ばたで目があっただけで射殺される世の中なのだ。出歩くことがどれだけ危険であるか、想像に難くないはずだ。


 地下鉄に乗った村山ダニエルは携帯で次の依頼を探す、当然周囲を警戒しながら携帯を操作する。実に世知辛い世の中になったのだ。携帯を電車内で触っているのを見られて、気に障るようなら次の瞬間に電子掲示板に写真付きで依頼がでる。そうすると支払者を殺しても二束三文欲しさに殺し屋が次々と襲ってくるのだ。当然村山ダニエルも何度かただ働きしたことがある。警戒したおかげか誰も村山ダニエルを見る者はいなかった。しかしヘッドホンをつけて、雑誌を読んでいる黄色い服の男の写真が撮られているのを村山ダニエルは目撃した。その男は三つ目の駅で乗り込んできたドレッドヘアのマシンガンで蜂の巣にされて死んだ。

「くわばらくわばら」

 村山ダニエルは、ひとさし指と親指を擦りあわせながら呟き、電車から降りた。地下通路を歩いていると幾つか死体が転がっていた。辺りを警戒しながら懐を探り、武器を回収していく。『死んだ者にはトリガーは引けないのだから武器は用済みだ』という哲学が村山ダニエルにある。だから死体からはぎ取るのに何の抵抗も感じずに大半の所持品を回収するのだ。

 かつては死体は検死され、火葬されて埋葬された。しかしいつからか死体はゴミ扱いとして処分されるようになった。既に高い料金を払い読経をあげて、高い墓地に埋葬する制度は廃れて久しかった。

「ちっ! しけてやがる」

 村山ダニエルは老婆の遺体を漁り終えて口にした。するとそこへショットガンを手にした男が現れた。

「うちのばあさんに何してるんだお前、えへへへ」

 クスリをやっている人間特有の見開いた焦点のあわない眼で、村山ダニエルを見ていた。すぐに村山ダニエルは懐から手榴弾を取り出して、男の背後へと放り投げた。

「あ?」

 男は眼で村山ダニエルの投げた物を追った。すかさず村山ダニエルは拳銃を構えて、その場に伏せた。すぐに大きな爆発音が響き渡り、先ほどの男は木っ端微塵に吹き飛んだ。男の持っていたショットガンを村山ダニエルは拾いあげて回収した。

「お孫さんは良い物をお持ちでしたよ」

 半裸にはだけた老婆に微笑みながら呟くと、村山ダニエルは家に向い歩き始めました。


「な、なんだこれは……」

 村山ダニエルは唖然としていた。そう、なぜなら家のあった場所が瓦礫の山になっていたからだ。

「おい、お前なにがあったんだ?」

 そう言うとタンクトップを着た男の肩を掴んできいた。

「北の山が突然光ったと思ったら、ものすごい轟音がして地面が揺れたんだ」

「クソっ政府軍か!!」

 そう、それは間違いなく政府軍の仕業であった。政府軍は腐り切った“第八閉鎖区域”へ時折無差別に砲撃を行うのだ。


 現在日本には二十八カ所もの閉鎖区域がある。それは犯罪の温床と化した区域をコンクリートの壁で遮断して閉鎖して隔離する方法だった。無論閉鎖する区域の方が広いので、安全な区域が隔離されている向きもあるが、ともかく犯罪の蔓延を防ぐ為にこうした閉鎖区域が設けられたのだ。


「クソッ……何故こんな目に遭わなくちゃならないんだ!!」

 瓦礫の山に拳を打ち付けて村山ダニエルは叫んだ。前回の砲撃で親友の武田ナンバーゼロを失ったばかりの村山ダニエルにとっては家を失ったのは痛手だった。

「へへへ……あんたに恨みは無いが死んでもらう」

 振り返る間も無く背後から銃弾を浴びた。

「悪いな……これで1200円は俺のものだな」

 バンダナの男笑みを浮かべながら、村山ダニエルへと近付き、銃声が鳴り響いて倒れた。村山ダニエルの手にした銃口が煙りをあげていた。

「悪いな、防弾チョッキだよ」

 そう言い村山ダニエルは携帯を調べ始めると、そこにはいつの間にか撮られた顔写真と殺人依頼が載せられていた。

「クソッ誰が依頼したんだっ!!」

 村山ダニエルは吐き捨てるように叫んだ。こうなってしまっては、もう手がない。誰もが電子掲示板を読んで、村山ダニエルの命を狙うだろう。そう言う世の中なのだから仕方ない。村山ダニエルは拳を握りしめてひとつの決心をした。それは未だに誰もなし得ない、封鎖区域の脱出を心に誓ったのだ。

 灰色に淀んだ空を睨み村山ダニエルは北へと向かうのだった。だが村山ダニエルは知らない、まもなく世界が終焉を迎えると言うことを……。

お読み頂きありがとうございました。


限界だ……。

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