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異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】 作者:芳賀 概夢

八泊目

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1人でビールを楽しんでいた。

「……美味い!」

 オレは適当に選んだビールを口にした。
 そして、記憶をたどる。
 この色合い、濃い茶色……琥珀色というより弁柄色という感じのロースト感。
 どこかで味わったモルトのコク。
 どこだっけか?
 目を瞑ると浮かぶ景色。
 ボール型の建築物……つーか、なんだっけ?
 あ……レーダードーム……。
 それに、この透きとおった水の味は……確か……。

「ああ。ふじやまビールか」

 オレがボソッとつぶやくと、ビールを手渡してくれた30代ぐらいの女性がニコッと微笑んでから、口元に指を当てた。
 オレは慌てて、小声ですみませんと謝る。
 当たりだけれど、言っちゃダメ……ということか。
 しかし、マニアックだな。
 ふじやまビールを紹介するなら、ポピュラーで一般受けしそうなピルスナーか、女性にも呑みやすいフルーティなヴァイツェンあたりの種類を置けばいいと思う。
 しかしこれは、3種類あるふじやまビールの中でも、一番(くせ)のあるデュンケルという種類だ。
 ドイツ語で「濃い」の意味らしく、コクも苦みも強い、ドイツ・ミュンヘン生まれの黒ビールの薄い系とでも言えばいいのだろうか。
 オレが、【道の駅 富士吉田】で呑んだビールだ。
 隣り合った、少し高くなった敷地に【富士山レーダードーム館】というのがあり、そこから富士山の雄大な景色を楽しんだ記憶がある。
 ただ、オレが行ったのは初夏で、夜になると寒さがきつかったな……などという想い出も浮かぶ。

(ふじやまカレーとかも名物としてあったが、食べられなかったんだよなぁ……)

 ここにも食べ物があるようだが、残念ながらさすがにカレーはなかった。
 つーか、このイベントはなんか面白い。
 ビールが何種類かと、おつまみ的食べ物を配っているのだが、それらの銘柄や商品名などは一切伏せてあるのだ。
 そして「わかっても内緒!」ということらしい。
 だからなのだろうか、参加者たちがまた面白い。
 2~3人のグループで動いているようで、ビールをのみ、おつまみを食べながら、なんだかんだと相談している。
 しかも、銘柄当てを楽しんでいるのかと思ったが、難しい顔でなんだかよくわからない仕事の話もしていた。
 酒造がどうとか、観光がどうとか、チェーン店がどうとか……。
 みんな言っていることが、いろいろありすぎてよくわからない。

(まあ、いいや……)

 オレには関係ないことは確かなので、次のビールに行く。
 配られているビールは、プラコップに1杯ぐらいしかない。
 1杯の満足感はないが、種類は楽しめるというものだ。
 オレはガンガン呑むより、そっちのが好みなので嬉しい。

 次のビールは、かなり茶色い。
 香りからして特徴がある甘い香り。
 口にしてもやはり甘いイメージ……これはカラメル系の風味だ。
 つーか、やはりこれも呑んだことがあるぞ。

(エール系のようなフルーティさはない。かといって、ラガーのような苦みも……。一般的なピルスナーよりなんか濃い色……。上面発酵でも下面発酵でも……)

 瞼を閉じて記憶をたどるが、呑んだ時の景色はでてこない。
 いや。でてきたな。家の中だなこれ……。

(匂いが……記憶と重なる匂いがするぞ!?)

 オレは再び目を開けて横を見た。
 すると、少し離れたテーブルで配られていたのは焼き餃子だ。
 水が注がれ、じゅうじゅうという音を立てたところを蓋で閉じ込められる。
 つーか、もうそれ、答えじゃん!

(これ、【餃子浪漫(ギョウザロマン)】だ……)

 確か昔、友達に「面白いビールがあったから」とお土産でもらった物だ。
 餃子と一緒に食べる用のビールとして、宇都宮の【ろまんちっく村】という観光地で作られた商品のはずである。

(つーか、ろまんちっく村、行ったことねーんだよなぁ……)

 一応、オレの行きたい先リストには含まれている。
 ただ、ちょっとファミリー向けというか、カップル向け的な雰囲気があり、ひとりで行くのには抵抗感がある場所だったため、後回しにしていたのだ。
 しかし、あそこには多くのクラフトビールがあるので、いつかは行かなければなるまいと思っていた。
 ちなみにオレは、特別ビールが好きというわけではない。
 基本、美味い物ならなんでも好きという普通の人間だ。
 ただ、車中泊(しゃちゅうはく)の利点である、「車を運転してきたけど、アルコールを呑める」という利点を最大限に活用したくなり、現地に名物の酒があるとだいたい口にしてしまう。
 そのため、種類だけはけっこう呑んでいるのだ。

(つーか、美味いな、餃子も。夕飯、今日はこれでいいかな……)

 オレは餃子も何個かもらい、次のビールに突き進む。
 次のビールは、呑んだとたんにすぐにわかった。
 透きとおるフルーティさは、最近の記憶だ。
 その爽やかさは、高原の風。
 その中で走り回る、アズとミヤ。
 広がる緑の上での楽しそうな笑顔、あの幸せな時間を忘れられるはずがない。

(この濁り……川場のヴァイツェンじゃねーか!)

 少し離れた横を見れば、ソーセージとハムを鉄板で焼いている。
 まずまちがいなく、川場でも名物として売られていた【山賊焼】だ。
 プチッという歯切れのあとに、あふれだす肉汁がたまらなくビールに合う、あれだ。
 特にオレは、あのチョリソーがたまらなく気にいっていた。
 さっそくオレは皿に盛ってもらう。

(ああ。また、アズにも食べさせてやりたいな……)

 肉とビールの組み合わせ。
 このなんと最強たるや!
 つーか、ヤバい。
 もうビールがなくなった。
 山賊焼には川場ビールを合わせたいところだが、まだ呑んでいないビールがあった。
 というわけで、オレはそのビールをもらいに行く。

(……あれ? ここだけ4種類あるぞ)

 ビールの種類の写真がわざわざ用意してある。
 きれいな黄褐色、もっとクリアな黄色、ブラックオニキスのような黒色、そして温かみを感じるような赤色。
 この組み合わせ、すべて揃っているわけではないが、なんとなく覚えがある。
 オレは、クリアな黄色のビールをもらった。

(このピルスナー……まちがいないな)

 銘柄はすぐにわかった。
 となれば、その他の3つは呑まなくても想像がつく。
 でも、オレは不思議だった。

(《《なんでこれなんだ》》?)

 他の3つのビールとは違う。
 明らかに《《ある意味で仲間はずれ》》だ。
 つーか、そもそもオレの予想がまちがっていて、先の3つが「仲間」だったのはたまたまだったのだろうか。

(まあ、オレはただで美味いビールが呑めたからなんでもいいんだけどな……)

 もう1回、山賊焼をいただいて腹を膨らませよう。
 そう思っていた矢先だった。

「大前君!?」

 背後から、聞き覚えのある女性の声がかけられる。
 つーか、聞き覚えがあるはずである。
 さっきまで一緒に居たんだから。

「あれ? 十文字さん……と、喜多専務?」

 それと一緒にもう1人、知らないおっさんが立っている。
 おっさん……は、失礼かもしれない。
 まだ40そこそこに見える。

「あ、あなた……こんなところでなにやってんの!?」

 と言ったとたん、十文字女史が額を押さえる。
 ……あれ?
 なんかもしかして、まずった?
 喜多専務がメチャクチャ困った顔をしているぞ……。

「彼は、御社の社員なのですか?」

 おっさんが、喜多専務に尋ねる。
 その口調を聞いて、ピーンときた。
 ヤバい。つーか、ヤバい。
 この人、なんか威厳がある。
 しかも、実はけっこうかっこういいんだ。
 悔しくて、おっさんと呼んでいたけれど、イケメン俳優さんだと言われても充分通りそう。
 整ったほどよい太さの眉毛、その下に横にすっと流れるような双眸、そして高い鼻と嫌味のない口元。
 なんていうか、美形度でいうと、オレ様大敗って感じだ。
 イケメンで威厳があり、どうみてもエリート様。
 その人に喜多専務が小さくなって、恐縮しまくっている。

「は、はい。申し訳ございません。彼は運転手として……」

「それなのにビールを?」

 これはヤバいと、オレは慌てて説明をする。

「あ、いや、その……車は有料駐車場側に駐めたので、明日にでも回収すればいいかなと思い、せっかくなので、ビールを楽しませていただこうか――うおっ!?」

 途中で女史に腕をつかまれ、後ろへ引っぱられる。
 背後で、喜多専務が何度も頭をさげている。
 そして、真横にはかなり立腹と困惑が入り交じった女史の顔。
 当然、オレは大混乱だ!

「あの方は、木角の社長さんよ」

 女史の小声情報に、オレの心臓が大音響で跳ね上がる。
 つーか、いろいろと急展開で頭がついていかなくなる。

「な、なんでそんな大企業の社長さんがこんなところに……あ、ここ木角か」

 オレのバカなひとりつっこみに、女史のため息が重なる。

「これはただの試飲会じゃないの。大事な――」

「あなたは、大前さんというそうですね」

 女史の言葉を遮って、木角の社長直々に声をかけられた。
 気がつけば、無意識にオレの体は《《気をつけ》》状態。

「は、はい。そうっす……そうです。大前現人ともうします。よろしくお願いいたします」

 思いっきり、頭をさげる。
 もう一瞬で、回り始めた酔いがすっ飛んだ。
 たぶん、喜多専務たちは、木角の社長と商談をしていたのだろう。
 しかも、事前の雰囲気からして、かなり難しそうな商談。
 そう言えば、対抗勢力から邪魔を受けて失敗した商談がどうとか言っていたが、もしかしたらそれ絡みなのかもしれない。
 そこに現れた、他人の会社で酔っ払った部下。

(すげー……イメージ悪くないか、オレ……)

 オレは怖くなり、頭をしばらく上げることができなかった。
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※参考
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●道の駅富士吉田
http://fujiyoshida.net/spot/180

●道の駅うつのみや ろまんちっく村
http://www.romanticmura.com/
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