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異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】 作者:芳賀 概夢

七泊目

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開いたのだった。

「――凍れ!」

 その命令は、単純明快だった。
 いつもなら、ゾクゾクと背筋を撫でるような快感を伴う声。
 しかし、その時はなぜか妙に痛みを伴った。
 それはたぶん、声に含まれた攻撃性。

「――うわああぁぁぁ!」

 カスラが悲鳴をあげた。
 そりゃあ、あげたくなるはずだ。
 彼のナイフを持つ手首から先は凍りついてしまっている。
 もっと正確に言えば、氷がついた(・・・・・)というべきだろうか。
 巨大な氷塊が、ナイフごと彼の手を包んでいたのである。
 その重さに、カスラはもうひとつの手を添えようとする。
 そこに声の主が現れる。
 ベッドの下から滑るように小柄な体を跳びださせたかと思うと、ミヤをカスラから引き離す。
 そして、そのグレーの瞳が銀色に光り、青い長髪が力に震える。

「吹き飛べ!」

 驚いたカスラが何かを口にするより早く、小さな口は大きな力を放った。
 見えない手に弾かれたように、カスラの体は軽々と宙を吹き飛んだ。
 そして、背中からオレたちの横の壁にぶち当たり、そのまま跳ねるように前方に倒れこむ。
 まともな呻き声さえ、あげられていなかった。
 そのままカスラは、気を失ってしまう。

 オレはベッドの下から飛びだして来た勇者を呆然と見つめた。
 まだ幼い、オレの許嫁。
 オレの部屋で匿われているはずのアズがそこに居たのだ。

「なっ……なん……で……?」

 オレが愕然としてると、アズが気まずそうに微笑する。
 ミヤも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
 どうして、彼女がベッドの下に潜んでいたのかはわからない。
 だが、一つだけ確かなことがある。
 横では、気を失っていたカスラが親衛隊に捕らえられている。
 そして、ミヤもアズも怪我一つしていない。
 つまり、予言が外れたのだ……。


   ◆


 預言書を見て、ミヤが覚悟を決めた時、アズも覚悟を決めていたらしい。
 ミヤがアズを助けてくれるなら、アズはミヤを助けると。
 アズは気がついたのだ。
 預言書に書かれていた内容で、「囮になったミヤをアズが助ける」というパターンがないことを。
 それはそうだろう。
 アズを助けるために囮を用意したのに、その囮を助けるためにアズがでてくるなど本末転倒である。
 しかし、アズにしてみれば、その予想外の行動こそが突破口に見えたのだという。
 もちろん、アズの決心をオレたちに言えば、絶対に反対されることはわかりきっている。
 だから彼女は、自分一人でそれを実行することに決めたのだ。
 幸いなことに、アズにはあるアドバンテージがあった。

 花嫁がこもる禊ぎの家に、抜け道があることを知っていたのだ。

 これは、村の女性にしか伝えられていない事らしい。
 昔からこの村では、よりよい血統を残すことを主として結婚を決める父親と、娘の女性としての立場を守る母親の姿勢に、温度差があったという。
 だから、村の女性たちは一計を案じた。
 結婚が意に沿わぬものだった場合、花嫁が禊ぎの家から逃げだす地下通路を床下に用意したのだ。
 もし、そこから花嫁が逃げた場合は、「神隠しにあった」とされて、神が結婚を認めなかったということにしたらしい。
 もちろん、実際は神隠しになった女性は、数日間だけ身を隠した後にどこからともなく戻ってくればいい。
 戻ってきた時には、神に反対された結婚はご破算にされているというわけだ。
 今回、数人の男性に「ベッドの下に抜け道がある」ということがバレてしまったが、それは絶対に口外禁止ということになった。
 まあ、アズパパが知ってしまった時点でどうかと思うが、あのアズママに念を押されればきっと問題ないだろう。

(つーか、無茶しすぎだろう……)

 オレはアズから説明を聞きながら、万が一を想像して青ざめた。
 アズは、オレと別れた後、すぐに抜け道に入ってベッドの下に潜んだらしい。
 もちろん、ミヤにもバレないように、ミヤかトイレに入るまで暗闇の抜け道の中で、魔力で気配を探りながら、ずっと大人しくしていたのだという。
 そして彼女は、魔力をふるった。
 そのこと自体も、彼女にとっては一大決心だったようだ。
 なにしろ、彼女の魔力は強すぎるのに、まだ調整が利きにくい。
 下手すれば、相手を殺してしまうかもしれないのだ。
 だが、最悪のパターンを考えても、彼女は戦うことを選んだ。
 そして、見事にやり遂げたのだ。

(ああ、こんちくしょう! なさけねー!)

 悩んだだけで行動できなかったオレは、死ぬほど恥ずかしくなる。
 オレは禊ぎの家のベッドに腰かけたまま、ガックリと肩を落とした。
 こんな小さなアズが命がけで挑んでいったのに、オレは結果を恐れてなにもできなかった。
 やっと逃げないで向かいあえたと思ったのに、向かいあっただけで足を進めていなかったオレは、逃げたのと変わらないのではないか。

「違いますよ。アウトさんはずっと戦ってきたんです」

 いつの間にか心の声を吐露していたらしいオレに、隣に座っていたミヤが優しく声をかけてきた。
 反対側には、アズがちょこんと腰かけている。
 今ごろ、カスラの事情聴取が行われていることだろう。
 オレはその間、2人とここで待っていろと言われていたのだ。
 そしてなぜか、一番危険から遠かったオレが慰められている。

「多くのアウトさんが苦しみながら何度も挑戦したから、今のハッピーエンドがあるんだと思うのですよ」

 ミヤの言葉にアズもうなずく。

「でもさ、それってオレであってオレでないというか……」

「ううん。全部、アウトさんですよ。アウトさんこそ、すごいチート能力者だったんです!」

「え~~~……。全然、そんな感じじゃないじゃんか。オレ、車運転して、車中泊して、飯を食ってただけだぞ……」

「それだけで歴史を変えちゃったんだから、すごいじゃないですか!」

「…………」

 正直、まったく実感がない。
 なにしろ、オレの記憶は1つしかない。
 そんなにいろいろ頑張ってきたわけではないのだ。
 タイムパラドックスってよくわからないけど、いろいろやってきたのは別のオレだ。
 そして今回、歴史を変えたのは――

「つーか、きっとミヤとアズだよ」

「……?」

 2人が同時に首をかしげた。
 だからオレは、2人を順番に一瞥する。
 それから立ち上がって、2人に向かって腕を広げた。

「オレががんばったからじゃない。ミヤとアズが予言を覆したんだ。2人とも、本当にすげーな!」

 やっぱり、どうかんがえてもオレじゃない。
 勇者は、この二人だ。
 オレは2人を心から褒め称える。

「つーか、2人の勇気は……ほんとー――に凄い!」

 ここまで心から、相手を尊敬して胸の奥から賞賛の言葉を吐きだしたのは初めてだ。
 今まで、優れた人を見ると嫉妬を感じていることの方が多かった。
 なんであいつだけ、どうしてオレじゃないんだという声が聞こえた。
 だけど、今は違う。
 オレは無力で役立たずだったことは辛い。
 それはそれとして、2人の勇気は本当にすばらしいと思えた。

「ちょ……っと、や、やめてくださいよぉ~……」

「…………」

 ミヤとアズが、照れて顔をそむける。

「…………」

 つーか、なんてかわいいんだ。
 そんな2人がオレの許嫁なんて超嬉しいぞ!
 ……いや、まあ、本当に許嫁ってわけでもないけど。
 オレが、調子にのってそんなことを考えた瞬間だった。

――カン! カン! カーン!

 村中に警鐘が鳴り響いた。
 それは、預言書にない出来事だった。
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