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異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】 作者:芳賀 概夢

四泊目

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念願かなって……

 オレは、誰もまだ起きてこない早朝に目が覚めてしまった。
 朝日の顔はまだ見えないが、空はもう赤らんでいる。
 空気がしっとりしていて、かなり寒い感じだ。
 それでもオレは起き上がると、さっそくコーヒーメーカーをセットしてコーヒーを入れる。
 ダウンジャケットを来て、上からマントを羽織り、寒さに耐えられるようにしてから、自分のテーブルについた。
 寒いのだが、それでもやはり朝の空気は気持ちいいものだ。
 オレは淹れたてのコーヒーを口にしてから、ほっこりと息を吐いた。

異世界転移(シフトチェンジ)しなかったなぁ……)

 そう。このキャンプ場で車中泊しても、今までのように転移することはなかったのだ。
 オレは条件は何だろうと考えを巡らせた。
 まず、車中泊することはまちがいなさそうだが、自宅の駐車場ではダメだった。
 キャンプ場もダメ。
 もっと大きめの駐車場ではないとダメなのかも知れない。
 また、同じところでもダメだったが、これは単純にそういうことではない可能性もある。
 ミューが戻る方法を説明してくれた時、「魔力を溜める必要がある」と言っていた。
 ならば、向こうに行くのにも魔力が必要なのではないだろうか。
 しかし、向こうの世界は魔法とか普通にある、魔力あふれた世界なのかも知れないが、こちらはそんな話は聞いたことがない。
 そもそも、なぜ車中泊なのか、なぜ駐車場なのか?
 これは、あの僧侶が言っていた「条件付け」というのが考えられる。
 ちょっと調べてみたが、(まじな)いなどは条件を絞ることで効果を高めることができるようだ。
 最もわかりやすいのが、願掛けだ。
 「何かをする(しない)」を条件に、願いを叶える方法である。
 もっと極端な例を挙げれば、「生け贄」というのもこれに当たるのかもしれない。
 多くの願いや大きな願いを叶えるために、命までも犠牲にする願掛けである。
 つまり、難しい願いを叶えたいほど、厳しい条件を設定する必要があるわけだ。
 それならば、オレの異世界転移(シフトチェンジ)はかなりすごいことだと思うので、その条件は他にもあるのかもしれない。
 たとえば、一週間に一度しか使えないとか、何時から何時の間しかできないとか、決まった方角に向かって寝た時とか……。
 ああ。それ以外にありそうなのは、異世界転移(シフトチェンジ)する時の夢だ。
 今ひとつハッキリしないが、いつも誰かに呼ばれている気がするのだ。
 もしかしたら、それさえも条件の一つなのかも知れないが、そんなに都合良く週末に呼ばれるというのも変な話ではある。

「おはよう。早いのね……」

 後ろから聞こえてきた声にふりむくと、十文字女史がすっかり着替えてそこに立っていた。
 いつものきつめの眼鏡もかけているが、心なしか表情がいつもより柔らかい気がする。

「おはようございます。女史もコーヒー飲みますか?」

「……女史? 私って、みんなに影でそんな呼ばれ方してるの?」

「あっ……」

 ついまた口走ってしまった。

「す、すいません。オレが勝手に敬意をこめてそう呼んでるだけなんっす……」

「もう。謝ることはないけど、私はそんな立派なもんじゃないわよ」

「いやいや。女史はすごいっすよ!」

「ふふふ……。ここは素直に喜んでおくわ。ありがとう」

「…………」

「……どうかした?」

「あ、いえ……」

 オレはついつい彼女に見とれてしまっていた。
 すごく優しい感じで、彼女がニッコリと笑っていたのである。
 しかも、すっぴんだ。
 でも、すっぴんだからこそ、その優しい表情がでたのかも知れない。
 本当に今回のキャンプでは、十文字女史の今まで見たことのない表情をたくさん見ることができた。
 ちょっと山崎に感謝してしまう。

「とりあえず、コーヒーいかがですか?」

「いただくわ。寒いから、温かいコーヒーはうれしいわね」

「……あ、これどうぞ」

 オレはマントを脱いで、女史にさしだした。
 ぜひ女史にも、このミューマントの温かさを味わってもらいたい。

「そんな、悪いわよ」

「大丈夫っすよ。オレはもうコーヒーで温まってきていますが、寝起きは寒いですからね」

「……ありがとう。それなら少し借りておくわ」

「うっす。じゃあ、コーヒーを……」

「あ。その前に、ちょっと顔洗ってくるわね」

 しばらくして、洗面を終わらせてきた女史が戻ってきたので、オレは用意しておいたマグカップにコーヒーをさっそく注いだ。
 ミルクと砂糖も用意はしておいたが、彼女は香りを嗅いでからブラックでいいと言った。
 この辺りは、なんともイメージ通りで安心してしまうのは変なのだろうか。

「……おいしい。この豆は?」

「朝はスッキリしたのが好きなので、キリマンジャロの中煎りのブレンドです。近所の珈琲屋のオリジナルブレンドなんっすよ」

「……コーヒー好きなの?」

「つーか、恥ずかしい話なんですけど、広告に影響されまして」

「広告?」

 首を少しだけ傾げる女史に、俺は少し気まずくなりながらも説明する。

「実はこの車の広告で、こうやって朝焼けの中、カップルでコーヒー飲んでいるシーンがあって。オレ、それに憧れてこの車を買ったんっすよ。でも、そんなことする相手もいないから、一人で楽しんでいるうちに、なんかコーヒーにもこだわり始めてしまって……」

「あら、そうなの? ……なら、今は希望は叶ったかしら?」

「あっ……」

 彼女はあくまで冗談めかして言ったのだろう。
 しかしオレはその時、つい本気で「なるほど」と納得してしまった。
 思わず、鼻息を荒くしてしまう。

「確かにそうっすね! 女史のような超美人と二人でモーニングコーヒー! 確かに夢が叶ったぞ! つーか、アウトランナーを買って本当によかった!」

 思わず立ちあがってガッツポーズをとってしまう。
 そうだ。
 かわいいネコ耳や幼女との似たようなシーンはあったが、広告にあったような美人とのモーニングコーヒーは初体験だ。
 まさに念願成就の瞬間だったわけである。

「いやあ~。うれしいなあぁ。まさか、女史のようなきれいな人とモーニングコーヒーを飲めるなんて……あれ?」

「…………」

 気がついたら、女史の顔が朝焼けの赤より真っ赤になって俯いている。
 そこではじめて、オレは自分が何を口走っていたのか気がついた。
 これではまるで、口説いているかのようではないか。
 なんかこのパターン、アズの時にもやった気がするが、興奮するとつい考えなしに思ったことを口にしてしまう。

「あ、その……なんか……すいません」

「……あ、うん。なんかそんなに素直に正面から褒められると……ね」

 またもや初めて見る彼女の一面に、オレの心臓が早鐘を打ち始める。
 ツンデレ女史……これはやばい。
 オレなんかが彼女とつきあえるわけもないのだが、ついつい勘違いしてしまいそうになる。

「つ、つーか、十文字さんって会社とイメージが違いますよね……」

「そ、それを言うなら、大前くんのイメージのが違うわよ」

「えっ? そうっすか?」

「ええ。前々から聞いていたのとかなり違うわ」

「そ、その前々のイメージはかなり悪かったんでしょうね……」

「ええ。かなり」

「あ、あははは……」

「でも、今は……けっこういい男よ」

「…………」

 今度はオレが赤面する番だった。
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