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異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】 作者:芳賀 概夢

四泊目

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米を磨ぎ……

 オレはアウトランナーの荷室(ラゲッジルーム)から秘密兵器をとりだした。
 その白くて少し丸い物体を見て、十文字女史は目を丸くする。

「そ……それはいわゆる……電子炊飯ジャー……よね?」

「つーか、まさにそれです!」

「……あなた、やっぱりバカなの?」

 呆れたため息と共に、女史はズバッと気持ちよい言葉でオレを貫いた。
 なんというか、顰めた眉までどこかセクシーなので腹も立たない。
 むしろ、思わず身震いして、得も言われぬ快感を味わってしまう。
 この人に貶されるのは、ちょっといいかもしれない。
 ……おっと、脱線した。
 ともかく、このことに関しては「バカ」ではないので、反論しなければならない。

「なんでキャンプに来てまで電子ジャーなのよ。だいたい、ここはACサイトじゃないから電気がないわよ。どーやってご飯を炊くつもり?」

「電気なら、ここにあります!」

 オレは胸を張ってアウトランナーを指さした。
 しかし、そのオレに対して、女史はさらに大きなため息。

「あなたねぇ。車のバッテリーでそんなもの動かしたら、すぐに上がっちゃうわよ。それ以前に、うまく動かないことも――」

「ノープロブレムですよ、女史!」

「……じょし?」

「ああ、失礼」

 つい頭の中での呼称を口にしてしまった。

「この車は、PHEVなんですよ」

「……それってハイブリッド車ってこと?」

「まあ、ハイブリッドなんですけど、どちらかと言えば電気自動車です」

「なら、なおさらダメじゃない」

 女史、得意のポーズの腕組みがでる。
 そして、まるで女教師を思わすように指を立てて、振りながら言葉を続ける。

「電気自動車のバッテリーが切れたら、もう走れなくなるのでしょう」

「いや、ガソリンも入っていますし……」

「それでも電池がなくなったら、充電器にさすか、走らないと充電できないのでしょう?」

「いえいえ。こいつは止まったままで発電できるんですよ。つまり発電機を積んでいる車なんです。それにバッテリーもでかいので、炊飯器で米を炊くぐらい余裕なんっすよ!」

「発電機を積んでるの? へぇ……。キャンプとしては邪道のような気もするけど……」

「でも、行った先で、いつでも火が使えるとは限りませんからね。実際、砂漠とかで薪が手に入らない場所もあったし」

「砂漠? あなた、そんなところにまで行っているの?」

「……あ、いや……それはともかく、お湯をちょっと沸かすのに、炭に火をつけるのも面倒。ガスコンロだとガスカートリッジを持っていかないといけないし」

「……まあ、言われてみると確かに手軽そうね。いろいろと行動の幅も広がりそうだけど」

「でしょ! アウトランナーがあれば、電気と共に気ままに走って、好きなところを見て、疲れたら寝て、腹減ったら飯を食う旅ができる!」

 結局、気がつけば、まるで通販のセールストークのごとく、熱く車自慢をしてしまっている。
 しかし、女史は嫌な顔せず、楽しそうに聞いてくれている。

「……なるほどね。それがあなたのアウトドアライフの形ってことかしら?」

「なんか、車中泊だとアウトドアって感じではないんですけどね。……つーか、言うなれば、アウトランナーライフ? 略して、アウトランフとか?」

「……ぷっ……」

 なんか知らないけど、かるく女史が吹きだした。
 どこが面白かったのかよくわからないが、ウケたらしい。
 こんな柔らかい顔の彼女を初めて見た。

(……つーか、意外に話しやすい人だな……)

 そう言えば、もう監視されているとか、評価されているとか、そういう感じはなくなっている。
 監視なんて言うのは、もしかしたらオレの思いこみだったのかも知れない。
 そう考えながらも、オレは炊飯ジャーに入れておいたビニール袋をとりだした。
 中には、先日購入した芳賀米が入っている。

「……米まで用意していたの?」

「ええ。いつでも異世か……ではなく、行きたいところに行って、困らないようにです」

「車で行きたいところに自由に……なにか、そういうのも素敵ね」

 十文字女史が、ふわっと優しく顔をほころばした。
 切れ長の双眸も眉も弓なりになり、艶やかな小さな唇も柔らかく曲線を描いている。
 オレは、その表情に目を奪われてしまう。
 いつもきついイメージしかなかった女史が、こんなに優しくかわいらしく笑うとは思わなかったのだ。
 一瞬、ついクラッと来てしまう。
 もともと、女史は俺の好みなのだ。
 豊満なバストとすばらしいクビレ、伸びるスラリとした美脚。
 そして、細面で整った美人顔も、好みドストライクだ。
 これで性格が、「普段はしっかりとしたキツい性格だけど、二人きりだとデレる」ならば完璧だった……と考えていたのだ。
 もちろん、そんな漫画に出てくるようなツンデレ的女性など、本当にいるわけがないのだ。
 オレだってもう現実はわかっている。
 夢見がちなことを言う年齢ではない。
 ……そう思っていた。
 ところがだ。
 どうも、十文字女史にも柔らかい面があるらしい。
 考えてみれば、異世界なんていうものが夢ではなく本当にあって、「ネコ耳娘」も「おませ魔法幼女」もいたのだから、「ツンデレ女史」ぐらいいてもまったくおかしくないはずだ。

(……でもなぁ……)

 オレは、もうとうの昔に女史のことはあきらめて、妄想の中だけの恋人にしていた。
 まさに、高嶺の花。
 ダメ社員のオレなんか、歯牙にもかからないことは明白なのだ。

(惚れちゃいかん……うん……それにオレには……)

 どうせ無理なのだから挑戦なんてしない方がいい。
 オレは頭を切り換えて、米を磨ぎに行こうとした。
 すると、すっと女史がオレから米を取りあげる。

「それ、貸しなさい。私がやってくるわ」

「……え?」

「私だけ何もしないのは悪いもの」

「で、でも、十文字さんに米とぎさせるのはまずいというか……」

「……どうして?」

 改めてそう聞かれると確かに困る。
 ここへはみんなでキャンプに来ているのだから、みんなで協力して作業するのは当たり前だ。
 でも、不思議と女史のような高貴な方(?)に仕事をさせるのは悪い気がする。
 ところが、それをなぜかと聞かれると、うまく答えられない。
 俺は思わず、しどろもどろとなってしまう。

「ど、どうしてって……つーか、それはその、十文字さんのような方に、米とぎのような雑用を頼むのは、そのなんだ……米だけに、ヤベイ(米)……なんちゃって……」

「…………ぷっ!」

「…………」

 ウケた。
 まさか、苦し紛れで適当に口からでた、こんなくだらない駄洒落がウケるとは予想外すぎる。
 しかも、顔を背けて下を向き、口元と腹を押さえ、肩を揺らして笑いをこらえきれずにいる。
 バカウケだ!

(つーか、そこまでウケるのかよ!)

 というツッコミは口にだせずに、オレは女史の笑いが止まるのを待った。
 すると、しばらくして女史は、わざとらしく咳払いを一つする。

「ゴホンッ。……もうっ! ちょっとくだらないこと言うの、やめてもらえるかしら」

「あ、はい。すいません……」

 彼女は、ハンカチを出してメガネの下の潤んだ瞳に添える。
 どうやら、オレは天下無敵の女史の弱点を見つけてしまったらしい。

「……ともかく、私は体を動かすことも好きなんだから気にしないで、ね?」

 一度、破顔したせいか、表情がいつもよりかなり柔らかい。
 今までのイメージとまったくちがうギャップ。
 それは、オレの心臓にトールハンマーを落とした。

(…………ほ…………惚れちまうやろー!)

 しばらくして、山崎がこちらを恨めしそうに見ていることに気がついた……。
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