挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】 作者:芳賀 概夢

三泊目

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

46/99

「なし」ということで。

 清らかな水を蓄える池は、森の「穴」かもしれない。
 上から見れば、この密集する木々の中に、ぽっかりと穴が開いているように見えるはずだからだ。
 それから、もう一つ。
 ここは、森を通り抜けようとする近隣の者たちにとって、「穴」場となっているらしい。
 近くに街道の一部として使われる道も通っている。
 もちろん舗装などされておらず、たまに荷馬車が通るらしいが、決してスピードが出せるような道ではなかった。
 そのため、一日でこの森を抜けるには、普通は朝早くにでて夕方には抜ける必要があるのだ。
 しかし、地元の人たちは、この池の存在を知っている。
 ここは魔物が寄りつかない安全地帯なので、ちょっと遅く出発した荷馬車などは、ここで休憩して朝早く出発することもあるそうだ。
 ただ、普通はあまり使われない。
 だから、非常に静かな穴場でもあるわけだ。

(……穴か……やばい。ナニを朝から思いだして……)

 オレは頭をふって、邪念をふりはらった。
 木々の頭を越えて届く清らかな陽射し。
 そして、少しだけ肌をさす冷たさを持つ、さわやかな森の空気。
 それらを浴びながら、オレはコーヒーを口に運ぶ。
 鼻から強い香りが入りこむ。
 口の中から体に広がる苦味が、まるでオレを浄化するようだ。

――ごそ……

 横に止めておいたアウトランナーの中で動きが見える。
 モソモソと動く気配がする。
 彼女の衣服類はすべてわかりやすいように横に置いておいたから、多分それを身に着けているのだろう。
 なにしろ、一糸まとわず寝ていたのだから。
 それからしばらくして、やっとリアのドアが、内側からゆっくりと開けられる。
 そこから、恐る恐るのように顔をだしたのは、もちろんミューだ。

「……お、おはよう……アウト……」
「お、おお。おはよう。い、い、いい天気だなー」

 互いにぎこちないあいさつ。
 平常心、平常心。

「コ……コーヒー飲むか?」
「う、うん……」

 昨日の勢いはどこへやら。
 ミューは、耳を倒して体を小さくしたまま、キャンプ用テーブルに着いた。
 オレはその彼女の前に、コーヒーを入れた紙コップを出す。

「あ、ありがと……」
「お、おお……」

 彼女は紙コップに手を伸ばし、それを両手で包むように持った。
 一応、紙コップは二重にしてあるし、そろそろかと思って保温は止めておいから、そこまで熱くないのだろう。
 彼女は、掌から伝わる温もりを感じながら、しかしそれを口に運ばずにしばらく止まっていた。
 オレもこちらから声をかけない。
 互いに、そのまま10秒ほど停止。

「ア、アウト!」
「ほいよ!」

 意を決したように、コーヒーを置いて呼びかけてきたミューに、オレは間抜けな返事してしまう。

「じ、実は、ミューは昨夜の記憶が、と、途中までしかないのだが、けっきょく、最後――」
「なにもなかった!」

 オレは用意していた答えを力強く言い放った。

「ほ、本当か!? 何もなかったか!?」

「大丈夫! つーか、ちょっとだけだから!」

「にゃぴょん!? ちょっとだけって、なに!?」

「何もなかったも同じ!」

「そ、それ……な、なに……しちゃったのか?」

「だから、ちょっとだけだ!」

「むしろ、ちょっとが気になるぞ、アウト!?」

「ちょっとは、ちょっとだ!」

「そ、そのちょっとだけを教えてほしい……」

「……言いたくない」

「うううっ……。美しい、ミューとアウトの初めての思い出が……」

「ちょっとだから大丈夫! だから、『なし』ということで!」

「な、なし!?」

「忘れた方が、お互いにいいと思うぞ」

「ほ、本当に何もなかったのか?」

「おお。ちょっとだけだ……」

「…………」

「…………」

「……そう言えば、口のな――」

「コーヒー飲め!」

 オレは目力を込めて、睨むように顔を近づけた。
 たぶん、今の俺は鬼のような形相をしていることだろう。

「おうっ、おお……」

 さすがにミューも、その迫力にたじろぎ、コーヒーを口にする。
 もうこの話は終わりだ。
 話題を変えることにする。

「ところで、確か仕事の帰りだと言っていたよな」

「……うん。家に帰るところ」

「じゃあ、家まで送ろうか」

「うん。よろしく頼む。たぶん、父ちゃん、母ちゃんも喜ぶ」

「……なんで喜ぶんだ? ふつう、娘が男を連れてきたら親は心配するもんじゃないのか?」

「それはひさ……まあ、そうだな」

「ひさ? つーか、昨夜は『なにもなし』だったんだから、いきなりご両親と挨拶からの結婚話コンボはやめてくれよ? そのパターンはもうこりごりだ」

「なんで今さら、そんな話を……」

「え? 今さら?」

「いや、うん。絶対にそういう話は出ないから大丈夫だ」

「ん? そうか……」

 なんか今一つ、会話がかみ合わないが、もしかしたらミューもまだ動揺しているのかもしれない。
 とにかく昨夜のことは忘れよう。
 唯一、ミューに酒を飲ましてはならないということだけは、忘れないようにして。

「……じゃあ、とりあえず朝飯を作るか」

「うむ。手伝う」

 オレとミューは、コーヒーを飲み干してから食事の用意にとりかかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ