Fate of color(94/105)縦書き表示RDF


Fate of color
作:周 紫苑



A.Records 93 :「雪を取り巻く連鎖」


「私に…武術を教えてください」

その一言。
その一言のためにいったいどれほどの時間を費やし、どれほどの感情を費やし、そしてどれほどの勇気を費やしたのか。

ヴェントには想像もつかなかった。

「…」

王はその言葉に対しても無言だった。

「…なにか…言ってはくれないんですか?」
「…」

王は終始静寂。

「父上」
「何もない。言う事など」
「なんで…」
「出て行け」



ブチッ―――




王室の扉が轟音と共に開いた。
その陰から、ヴェントが早足で中へ入ってくる。
セレは驚いた様子だが、王は動じていなかった。
ヴェントは明らかな怒気を体中に纏っていた。
一瞬ちらりと見たセレの、その眼に溜まった涙。
より一層怒気が膨らんだ。
あろうことか王の前に立ちはだかり、その胸倉をつかんで引き寄せる。
ヴェントの顔は、今まで見たこともないくらいに恐ろしい形相をしていた。

「あんたは!!」

感情が爆発して言葉が出ない。

「セレが!!いったいどれほどの勇気を振り絞って言葉を投げかけたと思う!!それをなんだ!!出て行けだと!?…ふざけんなよ…ふざけんな!!!」

激情にとらわれたヴェントを止めたのは、セレだった。

「ヴェントさん…もういいんです。だからやめてください」
「よくない!!」

セレの言葉を振り切る。
その間にも射殺すかのように鋭い視線をぶつけるヴェントを、王は平然として受け止めた。
何のリアクションもない王を見て、ヴェントは一層声を荒げた。
するとヘルメスが騒ぎに駆けつけ、ヴェントの体を横から体当たりして思いっきり吹っ飛ばした。
ヴェントの手が王の胸倉から離れる。

「何をやっているんだ…馬鹿か。陛下、御怪我は…」
「…ない」
「陛下、誠に調子のいい発言ですが私に免じて今回の無礼をお許しいただけないでしょうか。私から重々言っておきますのでどうか」
「もとより罰する気などない。ともかく事を荒げるに越したことはない。今のうちに二人を連れて出て行った方がいいぞ、『シンク』」
「もちろんでございます」

手早い対処で、『ヘルメス』は二人を肩に担ぎ、部屋を出て行った。

「…」

一人部屋に残った王は、次々と駆けつける従者たちに適当に言い訳をしてやり過ごした。

◆◆◆

与えらている部屋へ戻ると、ヘルメスは二人を肩からおろし、そして鋭い目つきで言及した。

「何があった。どうして王に手を上げた」
「…アイツが…」
「アイツじゃない。訂正しろ。お前の心臓はいまや王に握られているんだぞ?…蠍でもいたらどうする。今の会話を聞かれるだけで反逆の芽として刈り取られるかもしれないんだ。妙な気を起すな。少しは考えろ。おれはいつもお前たちの側にいるわけじゃぁない」
「…くそッ」

ヴェントは荒々しく歩を進め、部屋を出て行った。
後に残されたセレが小さくつぶやく。

「私が…いけなかったんです」
「…セレと王の関係に口を挟もうとは思わない。だが…いや…良かったな。お前にあんな友人がいて。騒ぎが収まるまでそこで寝てろ」

ヘルメスはそう言い残し、また部屋を出た。

薄い白のカーテンから、月明かりがこぼれおちる。
その光はセレの顔を照らし、静かに点灯した。
セレは生気を失ったような眼を、まぶたを、ゆっくりと下ろし、そのまま眠りについた。

(どうすれば…いいんですか…『母上』)


◆◆◆


皆が感じていた。
心が、バラバラになっていく感触を。


◆◆◆


翌日、眼を覚ましたセレは軽い腰痛を感じながら、部屋を出た。
座りながら寝たのが悪かったのか。

「しかし…」

セレの胸にはまた一つ、ある決意が生まれていた。
それは幼少時から抱えていた疑問。
にじみ出るような悲しみの感情を宿していた。
今、その問題に判決を下す覚悟が出来た。

「私は…」

階段を上がる。
何段も、何段も。
幾分上り続け、ようやく目に入ったのは昨日の扉。
王の部屋。
軽くノックをすると、彼にとっては畏怖の対象でしかなかった其の声が聞こえた。

「入れ」
「失礼します」

王は少し面喰った様子だった。
昨日の出来事を経て、まだ来るか、と。

「用件があってきました」
「…」
「私は…」



グラシア・グランデを開催します。



「出来るわけがなかろう。お前にその権利はな…」
「我が名は、ネジュ・グラソン第四王位継承者セレ・ナ・ヴァジュランダ。その全てを賭けて…王権継承試合を開催します」

確かに、可能ではある。
法律上は。
しかし、法律外にある問題を、王は無視しなかった。

「『国外に逃げていた』お前に、そんな権利があると思うのか」

ネジュ・グラソンでは特例がない限りグラシア・グランデで実力を公開した上で、最強者が王となる。
しかし、そのグラシア・グランデは誰が開くのか。

王宮勤めの有権者。
そして王族である。

明確には決まっていないが、少なくとも王族には可能である。
しかし、それだと王族が「開かない」と言ってしまえば様々な可能性が消えてしまう。
故に王族には『ある義務』がある。

例外がない限り、直系の王族は十四歳から『グラシア・グランデ開催の権利を賭けた決闘を挑まれた場合、必ずや受けなければならない』『そして、決闘の権利は全国民が所有するものとする』。

つまり、あらゆる民に可能性があるのだ。
第一王子は十四歳になったとき、その一年で十五もの決闘をこなしてきた。
条約が発動する十四歳。
一般市民で王になりたいと思うのならば、まずはグラシア・グランデ開催の権利を奪うしかない。
幼いうちが絶好の的である。
別に王族の誰かがグラシア・グランデを開くまで待ってもいいのだ。
しかし、それだと開催年は不定期で、場合によっては全盛期を過ぎてしまうかもしれない。
第二王子、第三王子、ともに長兄と同じように決闘を挑まれ、そしてすべてに勝ってきた。
だが―――セレは違った。
セレは十二歳の時、すでにロワ・エスカリエへ一人で移り住んでおり、今の今まで帰ってこなかった。

「確かに、私は逃げてきました。―――しかし…特例を発令して私から王位継承権を奪ったとしましょう。ならば…私が平民として王族と決闘し、勝てばいい」
「…本気で言っているのか?馬鹿馬鹿しい」
「本気です」
「お前はクリストフやエーベルハルト、サフィールにさえ勝てないだろう。それで誰に決闘を挑もうというのか」



「…貴方ですよ。『父上』」



「何を…そんなの認めるわけが…」
「王族は!」

王の言葉を遮って、セレが珍しく大声をあげた。

「王権継承試合の権利を賭けた決闘に挑まれた際、必ずや受けて立たなければならない」
「何様だ。それに…今まで私に決闘を申し込んだ人間はいない。それでもやるのか」
「えぇ、もちろん」
「そんなに王になりたいのか?」
「…まさか。王という位にさして興味はありません。これは…『好奇心』です。そして『憎しみ』でもある。それでは『陛下』、失礼いたします。せめて決闘日時までたっぷりと寝れることを祈っていますよ。『星が降る』その時にまた、お会い致しましょう」

王の顔が怒りに赤くなるのを見、セレは満足そうに部屋を出て行った。

さりげなく決闘日時を決めたのはセレだった。
本来、王が期日を明日にすれば、本当に明日決闘をしなければならない。
しかし、セレは予めその可能性を知っており、王をさんざん挑発して頭に血を登らせ、王の判断を鈍らせた。
王は、セレが部屋を出るまでに『否定』をしなかった。
つまり、了承の意を示す。
セレは内心、心臓を握りつぶされるほどの緊張にとらわれていた。
もし、もし即座に否定されれば勝ち目など皆無な状況に追い込まれていたかもしれないから。

(いや…そうでもなくとも勝ち目などほとんど見えないのですが)

知力を総動員してどうにかこうにか『星降る夜』、すなわち1ヶ月後の満月の夜を期限にしたて上げた。

すでに、セレは臨戦態勢に入っていた。

彼の眼に、強い光が宿っていた。


◆◆◆


結局、その日はそれぞれが一人で過ごした。
別段探すわけでもない。

(こんな日も…必要なんでしょうね)

そんな中、セレは夕方まで王城の隅々までまわって従者たちに挨拶をした。
まだ王位継承権は剥奪されていない。
せめて、幼少時に世話になった人々には、礼を言っておきたい。


王族であるうちに。


いつ、継承権をはく奪されてもおかしくない。
もし剥奪されてしまっては彼等に申し訳がつかない。
自分勝手だったあの頃にかけた迷惑を、王族としての恩賞で返したい。
これが区切り目。
まずは食事を作ってもらっていた料理人たちに会いに行く。
礼儀作法に則って、深深と頭を下げるセレに、長年王宮勤めのシェフたちは困惑した様子で答えた。

「私の食事が皆と違っていたのは、虚弱体質の私を思ってのことだったと、今更ながら気づきました。当時それに駄々をこねていた私がひどく惨めに…いえ…本当に…有り難うございました」
「ぼ、坊ちゃん?…どうしたんですか急に」
「私は兄さん達に比べると王位も低く、王子としても他国へ逃亡した未熟者で…」
「坊ちゃん」

ひと際厳かな声色が、セレの頭上から降りてきた。
顔をあげるとそこには最も古株の料理長がいて、柔和な笑顔で言葉を並べたてた。

「私は現王の即位前からこの王宮に努めていますが、貴方ほどに不幸な王子を見たことはありません。幼少時、親の愛情を十分に受けられなかったあなたはさぞかしつらい目に会ったのでしょう。当時、いや今でも…私たちシェフは陛下や坊ちゃんのような王族に口を出すことができません。…だからこそ、あの食事は…私たちが独断で、せめてもの愛情を与えられてないかと起こした行動でございます。貴方が謝ることではありません。…しかし…貴方のそのお礼の言葉…しっかりと受け取っておきます。何があったのかは知りませんが、お強くなりましたね、セレ様」

そう言ってシェフはセレの頭をなでた。
急に涙がこみ上げてきたが、どうにかこうにか抑え、笑顔を浮かべて厨房を出た。
振り返ってはならない。
王位をはく奪されると同時に、こことは別れであり、決別しなければならないのだから。

(…)

次は王宮騎士団へ挨拶に行こう。
そう思い、城の階段を降りて行く途中に、『不幸』にも第一王妃に出会った。

「…あら、これはこれはセレ坊ちゃん」
「ご無沙汰しております、エリザベス様」
「様、だなんて…『相変わらず』礼儀正しいこと!」
「貴方が暴力と共に私にそう刷り込んだんでしょう、王妃。当時はずいぶんご満足していたようで、私も殴られた甲斐がありましたよ」

挑発としか聞こえない言葉。
セレは満面の笑みですらすらと言葉を並べた。
瞬間、エリザベスの顔が嫌悪で渋くなる。

「あんたはいつもいつも、幼いくせに頭がよくて…本当に頭にくる子だったわね。そこも変わらないのね」
「変ったこともありますよ。私はあの頃に比べて貴方の暴力に対抗するすべを身につけた」
「まさか。武術がやりたくなくてこの国から逃亡したガキに私に対抗する力が?」
「えぇ。そう言いつつ『くだらない社交』で体をなまらせている貴方に対抗するくらいは。いや、『腰の方』は随分鍛えなさっているようで」

エリザベスの額に青筋が浮き上がり、彼女は手に持っていたバッグでセレの頭部を殴りつけた。

「口が減らない子。…ほぉ〜ら!貴方はいつもこうやって反抗出来ないじゃない!」

セレは殴られながら、一歩前へ進み出た。

「な、何よ」

ついに頭部から血が流れる。
セレはエリザベスの眼の前で言った。
出来るだけ優雅に、そして最大級の皮肉を込めて。

「私は…貴方ほど品位を忘れてはいないので。『淑女』である貴女に手を上げるなんてしませんよ」

にっこりと血の流れる顔で笑い、そう言い告げると、エリザベスは殴る手を休め、最後に平手打ちをかました。

「それでは御機嫌よう、さようならマダム」

セレは笑いをずっと浮かべたまま、階段を下りて行った。


◆◆◆


頭部から流れ出る血は派手だったが、傷は思ったより深くはなさそうだった。
確かに不衛生ではあったが、セレの覚悟が『王城』でこれを直すことを断固として拒否していた。
結局、そのまま王宮騎士団の駐屯所に行った。


◆◆◆


ちょうどいいことに、騎士団は総合演習中だった。
全十騎士団が合同で進める、実戦を想定した訓練。
そこには、第一王子クリストフと第二王子エーベルハルト、そして第三王子サフィールもいた。
まっさきにセレの姿に気づいたのはサフィールで、問答無用で武器を投げ捨てセレに駆け寄った。

「セレ!どうしたんだその傷は!早く手当てしないと!!」

サフィールの慌てようは凄まじく、その綺麗な顔が焦燥で埋まった。

「サフ兄さん落ち着いて!」

すると、突然後ろから頭を掴まれる。
セレは驚いて振り向いた。
第二王子エーベルハルトが心配そうな表情で立っていた。

「ハル…兄さん?」

淡々とセレの髪の毛をどかし、血の出所を探る。
セレの中で様々な思いが一気に交錯した。
第二王子エーベルハルトはセレを嫌悪していると、そう思っていた。
優しい手つきに、第二王子の心配そうな顔を見てセレはわけがわからなくなった。

「血は派手に出ているけど…そこまで深くはないよ。もちろん手当てするに越したことはないね」
「あ…有り難う御座います」

そこへ、なんと第一王子までもが姿を現した。
いつもと違う、柔和な表情で。
いや、その顔は彼自身、居た堪れないというような何かを秘めていた。
セレの疑問に答えるように、その口からは様々な事実が流れ出た。

「弟を…大切に思わない兄は…なかなかいないものだ」

その声色。
言葉づかいまで、いったいいつから聞いていなかっただろう。

「やったのは我が母上だろう」
「い、いや…」
「いい。隠すな。俺とて…もう…それをうやむやにはできない」
「な…なんですかクリス兄さんまで…何か悪いものでも食べました?」
「皮肉だけはうまくなって帰ってきたな」

そこへいつの間にかどこかへ走り去っていたサフィールが戻ってきて、手に持った救急箱をおぼつかない手取りで開いた。

「…決めたんですよ。実は…セレが国を出てから…様々な事柄をね。少なくとも私達は今、セレの味方なんです」

いまいち概要をとらえきれないセレ。
サフィールが続けた。

「セレが国を出る前まで…私はともかく、クリス兄さんとハル兄さんには逆らえない其々の母上がいましたから。…王妃という…ね。つまりは…その抑圧です。私たちとて幼かった。兄さん達は母親に逆らえるほどの力も、地位もなかった。もちろん当時でも逆らえたでしょうがね。武術馬鹿だといってもそこまで『阿呆』ではありません。私はともかく…第一王子であるクリス兄さんと第二王子であるハル兄さんは国政的に無理はできなかった」

サフィールはセレの傷に消毒液を塗りながら、淡々と進めた。
申し訳なさそうな顔をしている二人の兄に代わって。

「下手をすれば…国が崩壊しかねない。国の代表である王族が分離してしまっては…その上当時の私たちがセレの味方についたところで何にもならない。子供でしかなかったから」
「…信じろと。あれは母親に逆らえなかったからで、実際は心配していたと。今更信じろというのですか」


「信じなくてもいい、『まだ』。俺たちはこれからそれを証明する。もう…お前に…あんな思いはさせられない」



「僕も同じさ。クリス兄さんほど『力』は持ってないけど…」
「…何をするおつもりですか?…三人の兄上」
「セレ、今は私たち一人一人が、およそ自立できる力を持った。そして私達は弟をこれ以上苦しませたくない。そうしないために私たちにとって邪魔なもの…それは…」


「王位とでもいうのですか?」


「そう。クリス兄さんとハル兄さんはそれぞれの王妃に反逆する。私は…もとより王の子ではない」

セレは三人の兄の目を順に、まっすぐ見つめた。

(…)

なんとなくわかる。

(本気…か。…しかし)



「なりません、兄上方。絶対にそんなことをしてはいけない。それこそ国家が崩壊するかもしれない。もう少しご自分の立場を考えてください」



「しかし!」

エーベルハルトが食い下がった。
それだけで、彼等が本気だというのは十分に理解できた。

「なりません。私は先ほど父上に決闘を奏上してきました」
「―――ッ!」
「これでわかったでしょう。いいんです。兄さんたちの…その想いだけで。私は今、思いがけない希望に満ちあふれている」

そこで一陣の強風が吹き、セレのマントを大きく揺らした。
三人の目に入ったのは、ある確定要素だった。



「やはり…片腕を落としてきたのか…なんということだ…なんという…」



サフィールがその場に崩れ落ちた。

「殺してやる。セレの片腕を奪った奴は…必ず…この僕が」
「物騒なことを言わないでください、ハル兄さん。それに…もう仇はとってもらいましたから。『仲間たちに』」
「良かった。お前を想ってくれる仲間が側にいて…」

結局、サフィールは泣きだし、エーベルハルトは呪いの言葉をつぶやきながら剣を研ぎ始め、長兄クリストフはその二人をどうにかこうにか止めようと努めたが、もう一度セレの片腕がないことを確認すると、一人でどこかへ行ってしまった。

(…こんな日が来るとは思ってもいなかった)



セレの心は、初めてともいえる奇妙な高揚感で満たされた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう