第66章:「向う先には」
「ルージュ。こっちに行こう」
「ん?どうして?」
「なんとなく」
レンには明らかに勘のようなものが働いていた。
分かれ道に差し掛かるごとに、即座に片方を指差す。
ルージュがそれに従っていたのは、根拠のないレンの道標が、なんとなく信用できたからだった。
どちらにしろ迷うよりは歩いた方がいい。
そんなことを思って歩いていると、レンのすさまじき勘の鋭さを、認識せざるを得ない出来事が起こった。
「あっ」
見えた。
見覚えのある深緑のシャツが。
「ヘルメスッ」
驚きの声の後に、レンが木の上に向かって叫んだ。
「おっ?」
その声に反応した盗人はがさがさと音を立てながら枝から枝へ飛びうつり、そして降りてきた。
「偶然だな!!よかったよかった。どうやって合流しようかと思ってたんだ」
恐るべし、女の勘。
ルージュはそう認識し、記憶した。
「ん?どうした?ルージュ」
「い、いや―――」
感嘆に浸っているところにヘルメスが声をかけた。
「ヘルメス。彼らは?」
レンが残りの仲間を気にした。
それは彼女なりに、ヴェント達を認めた証拠だった。
自ら他人を認めようとしたその言動は、いい傾向だった。
徐々に人を信じ始めた証拠。
それに気づいた2人はクスクスと笑う。
「な、なにがおかしいんですかっ!」
「いや〜レンも変わったね」
「ど、どこがっ」
真っ赤な顔をしてうろたえるレンに、また少し惹かれた。
初めて人間を、そんな風に見た気がした。
ヘルメスの案内で、数分たたないうちにヴェントのもとへ着き、再会を果たした。
短い間の別れではあったが、落ち着いて話すのは久し振りだった。
「なに動揺してんだよ、ルージュ。お前らしくなかったな」
「ヴェントは人のこと言えないだろ」
「・・・・・」
「・・・・・クス」
「「あははははっ!」」
さりげないやり取りが、すごく新鮮で、すごくありがたいものだと感じた。
ルージュとヴェントが大声で笑うのを見ていたヘルメスとレンも、つられて笑った。
問題は残っている。
だが今は―――
この空間、時間が、至福のものであるような気がした。
一歩間違えば、数人の死者が出たかもしれない一大事。
だが皆生きていた。
再会までに味わった様々な感情が、一気にあふれだし、また、不思議な郷愁に襲われ―――
―――笑顔が、自然に出た。
でも、この笑顔をいつまで保っていられるだろうか。
少し不安になった。
「さて、そろそろ今後の身の振り方を話し合うか。とりあえず意見を聞こう」
切り出したのはヘルメスだった。
最年長の彼が、おそらく一番状況を客観視できていたのだろう。
意見を求めたうえで、自分の意見を露呈した。
ルージュとヴェント、それにレン、つまりヘルメス以外の意見はみな同じだった。
「この2人の救出」
「ふむ、なるほどな。まぁそうなるわな」
「正確には1人ですけどね。私に意識サルベージは必要ないようです」
「そ〜か〜、じゃあ1人―――ほぇ?」
ヴェントの口から間抜けな声が出た。
途中で混ざった聞き覚えのある声に、心底驚いたのだ。
「セレッ!!」
ヴェントの背中で寝ていた砂色髪の青年が、いつの間にかその中世的な顔に生気を灯していた。
「大丈夫かっ!」
「ええ、もちろんです。まぁ多少腕の感覚が変ですけどね。それはともかくヴェントさんの背中は暖かいですね〜」
「う、うぉ!!なんか急に気持ち悪くなってきた!!離れろ!!オカマ!」
「オカマとは心外ですね。ウッフッフ」
「ほ、本気かぁ!!」
「冗談です」
「なんだ」
セレはいつもの奇麗な笑顔をしていた。
意識が戻った。
なによりも祝福すべきことだった。
「良かった。セレ」
「ええ、ありがとうございますルージュさん。・・・ええと、とりあえず見覚えのない美しい女性がルージュさんの隣に見えるのですが・・・これは意識混濁による幻覚ですか?」
「あ、あの、レンと申します。そのルージュの・・・ルージュの何だろう?」
「?」
セレは珍しく"?"文字を頭の上に発生させていた。
そこでヘルメスが助言をする。
「"ルージュの"って言うからわからなくなるんだろう。もっと大まかにいえ」
「あ、はい。ええと、とりあえず・・・仲間です」
「おぉ、なるほど。セレと申します、よろしくお願いしますね。レンさん―――」
「よろしく・・・お願いします」
「随分控え目な女性ですね。それにしてもお美しい」
「そ、そんなっ・・・ぅ」
顔を赤く染めるレンに、ルージュを除く男3人は見とれた。
そういえばそうだ、綺麗とか美しいとかまったく関係ない世界で忙しく動いていたんだ。
レンをまじまじと見る機会なんてなかった。
彼女は、周りから言わせれば―――
―――絶世の美女だった。
それは見惚れないわけがない。
恥じらうレンは、そのままルージュに助けを求め、背中に隠れてしまった。
そこで我に返ったセレが呟く。
「・・・なるほど。ルージュさんですか」
セレはむしろ、またひとつ、新しい情報を得た喜びに感激していた。
色恋沙汰より、知識欲の方が圧倒的に、セレの脳内思考の大部分を占めていたのだ。
「いいですね〜良い情報を入手しましたよ〜」
「ふむ、セレは大丈夫なようだな」
何でそう判断したのかはわからないが、ヘルメスは頷き、続きに迫った。
「てことでネピアの意識回復だが・・・一応聞くぞ、鍵の奪取、ネピア、どっちを優先する?」
「「「「ネピア」」」」」
「はい、決まりだな。まぁなにより戦争の火の粉が降ってこない場所を探さないことには意味がないな」
「決まりだな」
ルージュが続けざまに言った。
「マキナ・ユニヴェールの"黄の鍵"は後回しだ。ここから右回りに迂回しよう。国の中心部を避けながら、北へ移動だ。目指すは―――」
「ネジュ・グラソン」
同時に発する。
セレは胸中で苦笑した。
(懐かしの故郷へ)
そんなセレを知らず知らずに置いて、話は進む。
ルージュが言う。
「馬がほしいな」
「あと食糧も」
すかさずヴェントが追加した。
(ひと段落したようだな、ルージュ)
(久方ぶりじゃないか、ブリューナク。それにファフニールも)
(そうね、確かに久方ぶりだわ)
(何の用?)
(この女が忠告だとよ)
(忠告なんて厳しいものじゃないわ。ただ、注意しておいてほしいだけよ)
(何を?)
(その眼)
(この眼がなんだい?)
声に力が入る。
まさかとは思った。
(貴方はその眼の"元の持ち主"を知っている?)
(・・・知っていたのか?)
(いいえ、聞いたのよ)
(誰に)
ルージュはより真剣な顔つきになった。
(貴方のお父様)
(・・・)
(貴方に出会った当初にいったでしょ。"私は貴方と出会う運命だった"と。つまりはね―――)
ああ、わかった。
そういうことか。
(お前も・・・生み出されたのか。アイツに)
(そうよ。これで理解した?)
ある程度はな。
(つまり―――狙われている、と?)
ルージュのイメージの中で、ファフニールの女性像は頷いた。
(悩みの種を増やすようで悪いけど、これは重要なことなの。とってもね)
(わかった。気をつけるよ。何を気をつければいいのかわからないけどね・・・ブリューナク?やけに静かだな)
(少し黙っててくれ)
(っ?)
(何か何か思い出せそうなんだ―――)
ブリューナクに何が起こったのか、瞬時には理解しかねた。
・・・そうだ。
ファフニールの正体は今わかったが―――コイツは―――
(大丈夫か?)
(・・・あぁ)
そのやり取りを、ファフニールは心配そうな目で見ていた。
もちろんどちらにも気付かれないように。
(・・・とにかく、それだけよ。また来るわ)
(わかったよ。じゃあね)
世界に出てからかなり日時がたった。
理解する。
自分が不透明な問題だらけ抱えているということに。
苦ではなかった。
その度自分が解明されて行くと思うとむしろ嬉しかった。
だがようやく感づいた。
オレはどれだけ混沌とした渦の中に居るのだろう、と。 |