第58章:「広がる炎の波」
宣戦布告から半日が過ぎた頃―――
ロワ・エスカリエ最東部。
マキナ・ユニヴェールとの国境線。
すでにいくつかの部隊が斥候をして到着しており、交代しながら"敵国"の状況を探っていた。
政府上層部の判断では、マキナの宣戦布告は計画どおりである、との事だった。
ゆえに敵国は万全の態勢を整えである、と。
一方のロワは全くの無防備状態。
苦し紛れに"特殊な部隊"を集めたが、雀の涙程度だった。
色術師。
たしかにロワには長年の成果とも言えるあらゆる人種が集っている。
それは色の資質においても同じことであり、現存する大抵の色は国に散らばっていた。
学園、という専門の教習所もあり、質という点ではマキナにそれほど劣ってはいない。
むしろ勝るほどだ。
だが問題は量。
悪く言えば平和ボケともいえる近年の政治情勢により、戦に特化する色術師は少なかった。
裏を返せば裏方の色術師がいるということだが、その裏方の色術師がほぼ役に立たないという問題があった。
ある物に遮られるために。
マキナに存在する大きな障害。
諜報、暗殺組織"蠍"。
彼らにはどうあっても敵わなかった。
もちろん今回の宣戦布告を察知できなかったことも彼らに関連する。
蠍によってスパイは全滅させられ、またいかなる情報も国から出さないという徹底した統制も影響している。
一括すると、マキナの裏情勢を知ることは不可能。
そして今、更なる障害が発生、敵対した。
双眼鏡を通しマキナ周辺を見張っていた一人の斥候が異変に気づいた。
「光?―――炎か?」
なにやら遥か遠くにゆらゆらと動く光を見つける。
最初は1個。
特に気にも留めなかった。
だが―――変化は早かった。
ついに数えきらなくなる。
そこでだった。
ようやくその正体に気づいたのは。
「狸?―――ッ!!おい!隊長と一番早い鳥を連れて来い!緊急事態だ!」
隣の男に大声で呼びかける。
どうやらその男も前方の異変に気づいたらしく、無駄のない動きで駆けていった。
まさに軍団。
大国の複数部隊にも見劣りしない炎の数。
正体は狸だった。
ルージュ達がマキナへ入ってすぐに見つけた奇妙な生物。
固い甲殻のうちより炎をまき散らす厄介な生き物。
"甲炎狸"
まるでロワ国内にエサを見つけたかのように多数の狸が走り抜ける。
平野に立つ貴重な木々を燃やしながら。
斥候たちがせめて少しでも数を減らそうと、鋭い刃物で切りかかる。
だが硬い甲殻が刃の侵入を許さなかった。
隊舎へ連絡に行った男が、頭上に小さな隼を連れて帰ってくるころには数十匹が国境を横切っていた。
ダガー片手に応戦する斥候達。
「連れてきたぞ!ロニー!」
ロニーと呼ばれた隊員。
最も最初に異変に感づいたその男は紙を受け取ると、素早い動きでインク塗料を取り出す。
簡潔に現状を書き記すと、頭上の隼の足に括り付け、短い声をかけた。
「頼んだぞ。シュナイザー。重要な任務だ。―――さあ行ってくれ」
愛おしそうな目でロニーを見ると、シュナイザーと呼ばれた小さな隼は翼を動かした。
瞬く間に視界から消えさるシュナイザーを見て、ついに彼らは全員迎撃態勢に入った。
「少しでも数を減らせっ!」
怒号が行ったり来たり。
まるで壁のように立つ数十人の斥候。
中央の大柄な男を中心にして、必死に応戦していた。
忌まわしき狸に。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「とりあえずだ、どこか安全な所を探そう。あのバカは後でおれが探してくる。まずはそいつを安静にすることが先決だな」
周りを警戒しながら呼びかける。
ヘルメスはうんざりしていた。
現状は最悪と言ってもいい。
蒸発した鬼。
意識のない賢人。
そして、中身を持っていかれた女神。
ここに残っているのは、卑しい商人兼盗賊と、頼り所を失った侍。
泣き崩れる王子。
「さて・・・どうしたものかね」
「私、周りを見てきます」
ヘルメスの言わんとすることを察するように彼女が立ち上がった。
「頼んだ」
なんの躊躇もなく依頼する。
割に合わないな、と思いつつも、今とろとろしてまた襲われるのは厄介だ。
駆けていく少女を見送りながら、二人の間で座り込んでいる青年に話しかけた。
「ヴェント。立て」
「う・・・わ、わかってる」
いまだにショックから立ち直りきれていない様子のヴェントだったが、ヘルメスに諭されてようやく腰を上げた。
「お前はネピアを持ってやるんだな。この賢人はおれが担ぐさ」
「わるい、ヘルメス」
「気にするな」
短い受け答えのさなか、出て行ったばかりのレンが帰ってきた。
息を切らしながら膝に手をつく様子を見ると、精一杯の速さで走ってきたのがわかる。
着物の袖を払いながら息を整えていた。
が、喋るよりも早いと思ったのか、"その方向"を指で示した。
「よし。いくか」
掛け声とともに早々と歩き始める。
と、そこでヘルメスは気づいた。
「・・・あぁ。行っていいぞ。気をつけてな。一発ぐらい殴ってもかまわないだろうよ」
レンが訴えかけるような視線を向けていたのだ。
彼女にとってあの鬼は最も高位の人物として位置づけられている。
尊敬、むしろ崇拝。
ルージュを探しに行きたい衝動は当たり前の如く湧き出た。
「すいません」
「謝るな。それも最善の策だ。じゃあな」
コク、と頷き、感謝の視線を投げかけ、彼女も林の中へと消えた。 |