第41章:「黒髪の苦悩」
「今思った」
「ん?」
「オレは皇帝がいる場所がわからない」
「おい」
凄まじい速さで走っているのはルージュとヘルメス。
彼らは今、もといた街へと戻っている最中だった。
「・・・しょうがない。馬の調達ついでに騎士長を尋問するか」
「しっかりしてくれよ弟子。珍しく簡素な問題に気付かないんだからよ」
「オレだってイレギュラーな事が起これば狂うんだ」
ふーん、と鼻で答えたヘルメス。
少し微笑んでいた。
「ヘルメスって今何歳だっけ?」
「それを知ってどうする」
「なんとなく」
「・・・少なくともお前より10年は多く生きてるな」
いつの間にか若返ったかのようなその顔になっているヘルメスにルージュは未だ疑問を抱いていた。
「まぁいい。ここからショータイムだな」
「手加減は?」
「無用。なんたってこれは戦争だ」
「おれ達の目標はなんだ?」
「皇帝が持つ光り輝く珠の奪還」
「どんなだ?おれにはさっぱりわからないが」
「皇帝が一番大事そうに持っているものがそれだ。それを見極めるなんてヘルメスなら余裕だろ?」
「御明答」
2人は走りながら軽いミーティングを行った後、街から抜け出すときに使った裏道の中に入っていった。
時折暗い通路の端から小さな光が見える。
外からちょっとした隙間から漏れ出した外の光か、そこに住まう鼠の眼光だろう。
さすがに2人の足は速かった。
全員で走りぬけた時より格段に早く酒場に出たのだ。
すでに警報が出されているらしく、酒場内に客の姿は見えなかった。
「マスター、これは?」
念には念を、と思いルージュは酒場の主人に尋ねた。
「戒厳令ですよ。これで商売あがったりだ」
「心中察するよ」
「ところでどうして戻ってきたのです?軍の方々が血眼になって探してましたよ」
と、ルージュはいつの間にかヘルメスの雰囲気が変わっている事に気づいた。
顔も先刻までとは違い、イタチ顔となっていた。
まるで誰かと入れ替わったかのような、それほどの変わりようだった。
頭では理解してもどうもまだ受け入れがたい。
まぁいいか、と無理に納得してヘルメスの話に聞き入った。
「そりゃぁ皇帝陛下が祭を催すんです。あっし等も是非加わりたくてね」
(対応が早いな)
「貴方は商人にしては珍しい気質の持ち主ですね。気に入りましたよ。特別今回の通行料はタダにしておいてあげましょう」
「恩にきりまっせ旦那」
思いがけない報酬にありつくようにヘルメス―――今はミキュラだが(以下ヘルメス)―――は頭を下げそそくさと酒場を出た。
それにつられてルージュも扉を開けて出て行った。
「弟子、お前はいわばこの都市国家中の指名手配犯だ。たとえ住民、子供にすら見つかってはいけない」
「わかってる」
「・・・それではいきましょう旦那」
(まるで2人と話をしているみたいだな)
(いい能力じゃないか)
(ああ、決して真似はできないけどね)
(おれもだ)
左手で引き抜いたブリューナクを手中で回しながら、ルージュとヘルメスは人気のない街の中を駆けた。
今回は完全に住民の権限は軍の手中だ。
マキナ・ユニヴェールの戒厳令がどれほどのものか細かくはわからなかったが、軍の命令で住民が外に出れないということなら、なかなかの強さを持つのだろう。
一歩間違えば、国だけならず、あらゆる人までも敵になる。
だからこそ誰かに見つかるのは極力避けたかった。
目的を遂行するために、下手を打てば―――目撃者を殺さねばならなかったから。
決して甘くはない。
思い通りに記憶を操れるというこの場にぴったりな能力があればさぞ気が楽だっただろう。
だが今の2人は生憎そんな能力を持ち合わせていない。
ルージュの脳裏に冷たい過去の言葉が浮かび上がった。
犠牲を惜しむな。己のことだけを考えろ。
懐かしい響きだ、と小さく呟いた。
(でも今は―――違う)
脳裏に現れた活字を払拭するかのごとく、ルージュは自分が置かれている状況を冷静に分析し始めた。
相変わらず味気のない街中の景色を噛みしめ、ひたすらに宮殿を目指す。
そこにユニヴェール騎士団の長がいるとは限らなかったが、2人はなんともなくそこへ向かっていった。
いわば勘だ。
特にヘルメスの勘は頼りになる。
彼が人探しの依頼をこなした数なんて数えたくもない、とルージュは思っていた。
道中何人かの騎士にあったが、どうやら彼らの目的は未だにルージュたちの捕獲らしい。
皇帝が戦争を提言したにも関わらず、それぞれがバラバラでなんのまとまりもなく動いていた。
「執念深いね」
思わず出た苦笑に同情の念を込めながら、彼らの視界に十中八九入らない道を選んではそこを通り過ぎていった。
外殻のところどころに金粉を惜しみなく使い込んだ宮殿はお世辞にも環境に優しいとは言い難かった。
環境とは自然的な意味ではない。
"人"という点で非常に目障りな宮殿だった。
いや、宮殿だけではない。その周りの貴族たちが住まう豪邸もルージュの中の憤りを誘発させるのに十分だった。
毎回の如く、貧困街との貧富の差を嘆いていた。
自分がスラム側にいたことからその嘆きは一層大きかった。
だがルージュは年を重ねるごとに理性でそれを抑えることを覚え、今やしょうもない憤慨を抑えることは簡単だった。
目の前で故意に強調されなければ。
仮に皇帝が自分の国の貧困街を異物の如く扱ったとしよう。
もしルージュがその現場にいたならば、彼は自分を抑えられないかもしれない。
自身そう思っていた。
自分は運がいい。
(そう、いつも思う)
(どうして?)
脳裏の独り言に珍しくファフニールが口を出した。
(オレには―――力があったから)
ルージュには他の人間と比べるとひとつふたつ壁を隔てるぐらいに身体的な能力が卓越していた。
今に知れたことではないが、それは特に脚力に対して顕著だ。
それはルージュが日々鍛えていた、ということにも起因しているが、それだけではなかった。
どうやら"元から"というのもないわけではなかったのだ。
余り効果を見ることはできないが、それは腕力に対してもそうである。
単に使う機会が少ないというだけだ。
ルージュはこの"元から"に疑念を抱かずにはいられなかった。
おかしい、なぜオレは他の人間よりも強いんだ?
実に恵まれた悩み、彼は周りからそう言われても何の反論もしないだろう。
それが事実だと思っているし、またそれには何かがある、と確信を持っていたからだ。
(何かがあるんだ。絶対に)
(お前が"絶対"なんて使うのは珍しいな)
(そうかい?)
その何かのおかげで自分が生き残れたことは否定はしない。
ただ・・・オレは貧困街の現状を知る上で、競うように富を貪る貴族達が嫌いだったんだ。
憎むという程でもない。
でも・・・
(貴族たちが貧困街の住民に目を向けることで少しは彼らの生活もよくなるんじゃないか、って最近思うようになった。これはおかしいか?)
(おかしいな)
(なぜだ?)
答えているのはブリューナクだった。
いつになく言葉に力が入っている。
("普通の人間"の場合は天使様が纏わりつくほどにその考え方は善良だ。しかしな、お前の場合は違う。よく考えてみろ―――ルージュ・・・お前は最近温いぞ?何か悪いものでも食ったか?)
(―――そうか。いや、さっきのは忘れてくれ)
(・・・)
そうだった。
よく考えろ。
どうにもならないんだ。
オレだって彼らに何もせずに出て行ったじゃないか。
彼らは自分でどうにかするしかないんだ。
何をぬるいことを言っているルージュ。
お前は悪魔だ。
考えろ。
そして生きろ。
オレにはやるべきことがあるんだ。
ここでくたばるわけにはいかない。
さぁ、邪魔者は殺せ。
オレは・・・悪魔だ―――。
ルージュはこの言葉が自分の意志から生まれたのか疑問だった。
まるで―――別の意思に命令されたようだったからだ。
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