第39章:「破滅への一歩」
強固な防壁が張り巡らされた機械都市。
騎士団、殺し屋に追われ、尻尾を巻くように逃げてきた5人。
一種違法な裏技を使い、どうにかこうにか都市の外郭に位置する小屋へ忍び込んだ。
だが彼らは知らなかった。
このマキナ・ユニヴェールという国が、これからどんな行動に出るのかを。
知るはずもなかった。
マキナ皇帝が欲するものを。
そして国は動く。
何もかもを飲み込みながら。
ウゥゥゥン・・・ウゥゥゥン・・・・とけたたましく、耳障りな音を立てるマキナの中心都市に設置されたスピーカー。
その警報音の後に誰もが予想し得なかったであろう禍々しい知らせが発せられた。
「余の国に住まう同志、民達よ!余の声を聞け!これよりマキナ・ユニヴェールはロワ・エスカリエに宣戦布告を言い渡す!!」
衝撃が走った。
間髪入れずに悲鳴にも狂喜の宴にも似た国民達の声が都市中、いや、おそらく国中に響き渡った。
「バカなっ!!」
ズガン、と小屋の外のルージュは近くに立て掛けてあった鉄の棒を猛烈な力で蹴り飛ばした。
顔には焦燥、憤りが映っていた。
「ルージュ!!」
もちろんそのコンマ数秒後、灰色の小屋の中から4人がせわしく出てきた。
「わかってる!」
(何を考えてるんだっ!この国の皇帝は!!)
(同様のことをいってやりたいぜ)
いつものめんどくさそうな声を少々荒げながら、ブリューナクが言った。
(お前の知っている170年前の強欲な皇帝と何ら変わりはなさそうだな)
(ああ、そうらしい)
この情勢でマキナがロワ・エスカリエに戦を申し込む理由など皆無に等しかった。
一般的な見地の上では。
なぜならこの国は貧困に困っているわけでもなく、どこかと大きく敵対しているという歴史的な背景もまったくもってなかったといっていい。
理由はひとつしか考えられなかった。
―――強欲。
これで事情が変わった。
すでにネピアをロワ・エスカリエに帰す、という選択肢は消え去ったのだ。
ヘルメスはあらゆる世渡りの達人であり、余程の事件がない限りネピアを国に帰すことは可能だ。
だが、ここでその"余程"のことが起きてしまった。
どうしようもない。
早く策を練らなければ・・・。
ルージュの思考は凄まじい圧力で何かに押しつぶされそうになった。
主たる目的である"鍵"の奪還。
これすら今やおちおちと考えてはいられない。
(早くしなければ―――)
冷汗がだらだらと流れ始める。
ヴェントとネピアはすでに何が何だかわからないといった感じだ。
かろうじてセレが冷静さを保っているが、それがどこまで持つか・・・。
「ヘルメス!さっきの話はなしだ!」
「承知だ!弟子。これからどうする!?」
どうやらヘルメスもそれなりに困惑しているようだった。
あえて言えばルージュと同じ状態だ。
彼が今何を思っているのかはおそらくルージュと同じだろう。
商売人、盗人、またはそれに近い思考をする者たちが最後に行きつくのは大抵最も自分たちが得をする行動だが、今それがこの状況に通用するのかどうかは知る由もない。
例のサイレンが消え、その後に流れた皇帝の大そうありがたいお話が終わったころ、より一層国の叫びは大きくなった。
「ルージュ!どうするの!?」
ネピアがすがるようにルージュのそばへ走り寄った。
彼女にしてみたらこれ以上に不幸な結果はなかっただろう。
そう、この宣戦布告は彼女に―――だけでなくもちろんヴェントやセレにもだが、特にネピアに―――最悪の事態をもたらした。
「君はもう帰れない。たとえ意地でも帰るといっても帰さない・・・正確にはもう帰せないんだ」
「でも!ロワ・エスカリエにはみんなが!お母さんが!!」
「少し静かにしてくれ!」
皆は驚いた。
滅多に怒鳴らないルージュがこの場で怒鳴ったのだった。
ビクっと驚き下がるネピア。
その様子を見て我に返ったルージュは申し訳なさそうに言った。
「すまない」
左手の親指の腹を歯で噛みながら、ルージュはひとり思考を巡らせた。
彼女もルージュが相当に焦っていることを知っていた。
だがどうしようもなくルージュに頼ったのだ。
彼女にはこれしか方法がなかった。
どうしていいかわからなかったからだ。
これ以上に心が締め付けられるような焦燥感を味わったことがあるだろうか。
その上の恐怖に身を震わせながら、茜色の長い髪をした色白の少女は隣に立つ茶髪緑眼の青年の腕にしがみ付いた。
「怖い」
その様子は今までに何度か見た彼女のどんな脅え方よりも簡素だったが、内に迫るものはこれまでとは比較にならない物だということを、幼馴染の青年は感じ取った。
「大丈夫だって。きっとルージュがなんとかしてくれる」
「・・・うん」
そうは言うものの、やはりヴェント自身も恐怖を感じていた。
それがロワ・エスカリエの王族という使命感からくるものなのか、それとも単に戦という本質に恐れたのか・・・おそらく後者が大部分を占めたであろうが、前者の理由もないわけではないらしかった。
(母上)
と、突然例のスピーカーからもう一度音声が流れ始めた。
「民よ。ひとつ、余から提案がある。心して聞け。ロワ・エスカリエに戦を挑むに際して余の国が勝利するために必要な物がある。本来ならば今、余の手中に収まるべきものなのだが・・・なんと誠に遺憾ながら凄腕の盗人に盗まれてしまったのだ。余が敬意を表しかねない程に見事な手段によってな。余の民たちには申し訳ないが、その盗人を捕まえてほしい。今から特徴を言おう。・・・その者は・・・
―――黒髪紅瞳の若人である」
「!?」
おもむろにスピーカーから発せられた盗人の特徴はまさしくルージュであった。
「でたらめを!!」
ルージュは叫んだ。
だがスピーカーからはさらに皇帝の声が続く。
「さらにその盗人の仲間には茶髪緑眼の若人もおる。よいか、ここからが問題なのだ。その者は―――」
「まさか―――」
小屋から数十メートル離れた所にも一本、頂上にスピーカーが括り付けられた長い金属棒が設置されていた。
ヴェントは一心にそこのスピーカーを見つめる。
「その者は―――宿敵ロワ・エスカリエの王族である」
バキンッ!
その言葉が発せられた瞬間、ヴェントが見つめていた金属の棒は、中心部からぽっきりと折れてしまった。
その光景を目の当たりにするルージュ、ネピア、セレ、そしてヘルメス。
そこでネピアは気づいた。
掴んでいる腕の持ち主、少し見上げる位置にあるヴェントの顔が、憤りに歪んでいたのを。
彼が一体何に憤っているのかは未だわからなかった。
だが遠隔で金属棒を折ったのはおそらくヴェントのようだった。
折れた棒の上部は支えがなくなり地面に落ちたが、もちろん下部はまだ地面に突き刺さっている。
その上部と下部を接着していた個所に、この国ではなじみがない"樹木"が身を乗り出していたのである。
ネピアは恐る恐るヴェントをなだめようとした。
「・・・ヴェント?」
ネピアの声にはっと気づいたヴェントは少し笑いを含めた顔でネピアを見た。
「いや、なんでもないんだ。・・・色々とごっちゃになってて―――」
そうは言うものの、やはりヴェントは胸中に憤りを感じずにはいられなかった。
自分が狙われる、ということは必然的に連れの皆も巻き込むことになる。
それはルージュも同じだったが、ヴェントは自分が原因でネピア達が危険に身を晒さなければならなくなることをこの上ないほど憂いていた。
そしてその原因を作りだしたマキナ皇帝に憤りを感じずにはいられなかったのだ。
ルージュも同じような境遇、胸中だったが、彼の脳はそれ以上に分析に走った。
ここで感情的になってもどうにもならないんだ、と自分を縛りつけながらひたすらに考えた。
(―――どうしてヴェントが"王族"だわかった?)
それだけが常に引っかかっていた。
(オレやヴェントの外見的特徴が騎士団や殺し屋を通じて皇帝に伝わったのは至って普通・・・でもヴェントの外見、もちろん眼の色だけで王族だと判断するのはあまりに簡潔すぎる。いくら緑の瞳が王族の証だからって―――)
「セレ」
「なんでしょう?」
「王族以外で緑眼を見たことはあるかい?」
「ええ、数回程度は。・・・しかし最近気づいたのですが、瞳の色を変える程度ならば"色術師"であれば可能らしいんです」
ほら、といってセレは少し念じ、瞼を閉じた後、開いた。
するとセレの瞳が美しい黄色に染まっていたのだ。
「ということは色術師ならば瞳の色を偽ることは可能」
(ますます不可解だ。この国ならば色のことは多少ながら伝わっているはず。皇帝とならばなおさだろう・・・・・!!)
「そういうことか。なるほど。それならあり得る」
「ルージュさん?」
セレの問いかけに皆の方を向いたルージュ。
少し笑い声を含んだ声でこう話し始めた。
「ある重大な事実が発覚したよ。この仕業は皇帝の独断じゃない。・・・オレ達の事情を知る者が裏で操っている可能性があるんだ」 |