第34章:「偏る国、刃を向けしは」
一体何本の短剣を装束の下に隠していたのか。
そう疑いたくなるほど殺し屋の懐からはたくさんの短剣が出てきた。
「なんで当たらない!」
出会った当初は避けるのに精いっぱいだったルージュだが、戦闘の間で殺し屋の攻撃を見切り始めていた。
一方の殺し屋はルージュの放つ黒い弾丸と凄まじい脚撃を防ぐのに死力を尽くしていた。
絵図はなんとも簡素で地味だったが、中身で行われているのは命を削る殺し合い。
どちらも気を抜くわけにはいかなかった。
「もう一度聞くが―――誰の差し金だ?」
「ここまで来たら大体わかるだろ?」
「質問に質問で返すとはヒッターらしくないな。お前らの職は至極合理的じゃなければやっていけないじゃないか」
「ふん、よくわかってるな。・・・だが!」
鋭い拳をルージュの腕に叩きつけた殺し屋。
そのまま指の間に挟んでいた短剣を手首のスナップだけで顔めがけて飛ばした。
「殺し屋が仕事の内容を喋らないのも知っているだろう!」
下方から飛んでくる刃を大きく首を後ろに反らせることでかわしたルージュ。
だがその隙に殺し屋はルージュとの距離を大きく離した。
後方に飛び退くようにして離れた殺し屋は、家の屋根の上に軽業師のように器用に登って行った。
登り切ったところで時計台を一瞥し、ルージュの方に向き直る。
「報酬はなんとしても頂く!」
(やっぱり結構な額がオレ達の首にかかってるってわけか)
ルージュは心の中でつぶやいた。
と、屋根の上の殺し屋が腕を高くあげ何やらひらひらと動かしている。
瞬間、ビッと揃えた指をルージュの方へ向けた。
それが何かの合図だと気づいたとき―――
なじみ深い鉄の塊がルージュの右肩を貫いた。
それは云わずもがな銃の弾丸だたった。
ブシュと音をたてて血管に開いた横穴から血は噴き出た。
それはまさに瞬間、一瞬のことだった。
「くっ―――」
今回は確実に"外"からの攻撃らしい。
どんなに周りを探っても姿が掴めない。
それゆえに攻撃してきた者が何者かはすぐにわかった。
「今度は狙撃者か」
「素晴らしい!頭蓋貫通コースだったのに!」
合図から遅れてコンマ数秒の間に妙な殺気を感じたルージュは咄嗟に体を逸らしたのだった。
即死は免れたものの右肩は使用不可。
ファフニールも持てなくなった。
(ピンチだな)
(うるさい)
左手に納まっているブリューナクが小気味よさそうに言った。
相手がスナイパーとあっては動きを止めることは死を意味する。
狙撃点を絞らせまいと必死で位置を変えながら物陰に隠れた。
それと共に貫かれた右肩が通常の反応を示したことに安堵した。
(色・・・ではないな)
吹き出る血を眺めながら次にどう行動するかを考え始めるルージュ。
(狙撃者がいるってことは・・・)
(弾道観測者もいるわね)
右腿のファフニールが答える。
(そういうこと・・・どうするか)
「さっさと出てきたらどうだ!」
一番最初に現れた殺し屋が叫び始める。
(時間の問題だぞ、ルージュ)
(わかってる)
ルージュは悪態をついた。
(・・・癪に障るが)
もう一度悔しそうに悪態をついたルージュは行動に出た。
近場に置いてあった小さな石ころを手につかむ。
(スナイパーがいるのは時計台の方角・・・前方24メートルのところに短剣を飛び道具とする駒がひとつ・・・)
ブツブツと喋りはじめたルージュ、目を瞑り、何かを画作するように手で宙に何かを描く。
(・・・よし)
バっと目を開き、再度殺し屋の位置を確認した。
と、同時に明後日の方向へ持っていた石ころを投げた。
カンっと言う音を立て家々の周りの壁にぶつかる。
「そこか!!」
即座に屋根の上の殺し屋は音の出所を探り、手に常備していた短剣を投げつけた。
だがサクっと音を立てて身を切り裂いたのはルージュではなく地面の土。
黒衣の殺し屋が"しまった"と思った時には石ころの反対側にルージュが現われていた。
「こんな古典な罠にひっかかるとは何とも滑稽」
必死に顔に侮蔑の表情を浮かべ、殺し屋を見るルージュ。
彼がとった行動は、そう、敵前逃亡だった。
「三十六計逃げるに如かず」
「逃がすか!!」
殺し屋をバカにしていたルージュだが、内心はそれを自分へと向けていた。
頭は冷静に働いているが腹は煮え切っている。
いつものことながら、自分が意外にも負けず嫌いであることに妙な共感と嫌悪を同時に味わっていた。
(しょうがない・・・しょうがないんだ)
移動だけに意識を集中させるルージュはまるで風のように家々を通り過ぎて行った。
人外に近いその速力は、スナイパーの目を狂わせ、スポッターの脳を錯乱する。
見事に"鉄の雨"から逃げ切ったルージュはそのまま3人の元へ駆けて行った。
(ココはヤバい)
自分が思わぬ傷を負い、また予想以上に敵の駒が揃っていることに不安を抱いていた。
そう、すでにこの国、"マキナ・ユニヴェール"は彼らの敵と化していた。 |