第23章:「離れゆく炎」
「いくのかえ?」
あれから2日経った。
ヴェントの疲労はネピアの能力のおかげで予想以上に早く回復した。
いまやピンピンしているヴェントは村の道を走りまわった。
「ええ、お世話になりました」
「いえいえお世話になったのは私たちの方ですよ」
見送りに来ているのは長老と前指揮官だけだったが、それは村人が村の復旧の追い込みに追われていたからである。
だがその代わりに見送りにきた2人は村人たちの分もしっかりと想いを背負っていた。
「それでは、また機会があったら会いましょう」
4人はそれぞれの馬に乗り、挨拶をして背を向けた。
そこにはここへ来る時より一回り大きくなった彼らがいた。
最初に訪れた異国、4人がそこで手にしたものは大きかった。
ヴェントは"能力"を、ネピアは"恐怖と覚悟"を乗り越え、セレは自らの知識が"通用する"ことを知った。
そしてルージュ。
彼は戦術眼だけでなく指揮官としての才気、心構えを独自に構成し、身につけたのであった。
そして最後に・・・神にも出会った。
そのおかげでより目的が明確になったが、
未だに目的の"未来"は誰も知らない。
「それにしてもいい人達だったなぁ」
4人は東へ続く道の上でゆっくりと馬を走らせていた。
フラム・ガルフの"鍵"はすでに彼らの手中にあった。
「そういえば例の事件からその珠はおとなしいね?もう出てこないのかな?神様」
「どうなんだろうね。どっちにしろ鍵についての謎が多すぎるな」
ルージュは褐色の袋に詰め込まれている赤光の珠を見つめた。
「さて、次はどこに行きますの?セレ博士」
「次の国は―――」
ネピアの問いにセレが答え始めるとヴェントがすかさずつっ込んだ。
「おいセレ、まずは"博士"を否定しろよ」
「いえいえ、なかなか聞こえがいいので。貴方もそう呼んでもらって結構ですが?」
「誰が言うか」
和やかな雰囲気。
空は青く澄み渡り、太陽が赤褐色の大地を一生懸命に照らしていた。
少し馬を走らせ東へ進むにつれてやはり"森"が現れた。
「さっきの続きを。今度私たちが向かうのは"マキナ・ユニヴェール"という近代バリバリの"機械都市"です」
「一気に環境が変わるな」
ルージュは呟いた。
「ええ、でも馬はまだ必要ですよ。"機械都市"といっても発展しているのは主に兵器の類ですからね。それとそこは爵位制度がかなり重要視されていますから貧富の差が大きいのです。少しはフラムの爵位も役に立ちますかね」
「どうだろうな。フラムのような田舎国の爵位が通じればいいんだが」
「いざとなったらココに王子様がいるでしょう?」
ネピアはヴェントの背中をすごい勢いで叩いた。
彼らは機械都市"マキナ・ユニヴェール"へ行くことに合意したが、その前にこの森を越えなければならなかった。
しかもそこはフラム・ガルフへ来る時に通った"北の森"よりもさらに深い森だった。
ルージュはその時に長老のある言葉を思い出した。
―――フラム・ガルフのような全体が統治されていない田舎の国には未開の部族が存在する。
何といってもフラム・ガルフも国。
広大な土地面積を持ち、さらに国自体に大きな組織がなく村がひたすらに点々としている。
もちろん長老はこの国の権力者であったが、組織だっていない国では権力など石ころのようなものだった。
簡単だなことだ。"知らない"といえば長老の権力はそれで終いである。
(未開の部族・・・か)
ルージュの思惑は定まらなかったが、時は過ぎ、一行は"東の森"に到着した。
「今日はここで夕食ですね。村人たちにもらった食料も食べてしまわないと腐ってしまいますからね」
「だな!さぁ食うぞ!」
いつの間にか太陽は沈み、代わりに月が顔を出していた。
―――村人たちからもらった食料は、すでに調理されているものがほとんどで、すぐにでも食べられるものばかりだった。
まっ先にヴェントが手をつけ頬張る。
そのままヴェントは話し始めた。
「なぁ、そういえばあの俺が一度会って伝言を頼まれた白い髪の男は何が目的なんだろうな」
ヴェントはあの事件の解明をセレに求めた。
だが手がかりがほとんどない"それ"はセレでもルージュにも理解不能だった。
「わかりません。・・・ただ―――」
「ただ?」
「私たちの邪魔をしてくる、ということだけは明白ですかね」
「どっちでもいい。今度会ったら聞き出せばそれで終いだ」
「ま、そうだな」
ルージュとセレは"まだ"それはあまり気にとめていないらしい。
実際"今"重要なのは"鍵"であるからだ。
「さ、早く寝て明朝から出発しよう」
ルージュはそういうと焚き木のそばで眠り始めた。
「お、なんか無防備ですね?ルージュ坊ちゃん?」
ヴェントはすぐに寝始めたルージュをからかい始めた。
が、カチっと言う音が上がるとすぐに大人しくなった。
それはブリューナクの撃鉄が上がる音だった。
「え、あ、いや、すいません」
ルージュはヴェントの謝罪にフっと笑い溜息をつくと今度は起きなかった。
明朝、昨日ルージュが言ったとおり朝早くからの出発だった。
ヴェントが少し寝坊したこと以外は何も変わったことはない。
ついに森の正面に着いた一行は覚悟を決めた。
「虫がでませんように」
ネピアは声に出してまで祈っていた。
「あ、足もとに虫が―――」
「きゃぁ!」
「冗談ですけど」
ネピアの獣のような鋭い視線がセレに突き刺さる。
数秒後、そこには土下座して謝っているセレの姿があった。
森の入り口でのいざこざは数秒で済んだものの、この森はそう簡単には抜け出せそうになかった。
「なんかさっきから同じ場所を行ったり来たりしてない?」
異変に気づいたのはヴェント。
「大丈夫だよ。これは一種のトラップなんだ」
「トラップ?」
「そうだよ。本当に行ったり来たりしてるんじゃなくてオレ達が通る道に"同じような場所"がいくつもあるんだよ」
「なるほどそう思わせるための2重トラップですね。使えそうです」
ルージュが過去の依頼請負人時代に培った豆知識は少なからずこの旅に役立っていた。
さすがにここまで遠くまでは来たことはなかったが、ここまで来たことがある依頼人に話を聞くことは何度かあったのだ。
「1日で抜けられるかしら?」
不安げな表情を見せるネピア、もちろん理由は知れていたが。
東の森はやはり深かった。
北の森よりはるかに木の数は多く、何より湿気が凄まじかった。
ジメジメした環境でよく繁殖する生物はたくさんいる。
よって、そこは結構な"溜まり場"であった。
時折救済の光が空から覗き込むが、それも一瞬。結局は我慢するしかなかった。
いくらか馬を走らせると家―――それが家と呼べればだが―――のような物が地面に立っていた。
造りはこの国に住んでいるフラム人とは思えないほど雑である。
たった5、6本の木で骨組は構成され、屋根はガタガタでほぼないに等しい。
その屋根とは言い難い屋根からこの森特有の大きな葉が何枚もかけられ、どうにかこうにか雨宿りの機能を果たしていた。
「これならヴェントさんでも作れそうですね」
「同感。ってことは熊でも作れるってことだね」
「ルージュさん、ここらへんの熊はあの巨体でもかなり賢いんですよ。ヴェントさんと一緒にしたら可哀そうです」
「ああそうだった」
もちろん彼がこの会話に黙っているはずもない。
空気をかきだすようにして2人の間に割り込んできた。
「ちょっとまてぇ!おまえらの話だと俺は熊よりもバカなのか!?おい、そりゃないだろ」
「意味のない冗談はつかない性質で」
「・・・・・」
ヴェントはいくらか悔しそうな動きをし、そして言った。
「熊を超えてやる!」
「あら、ヴェント?無駄なことをしている暇はなくて?私に借りを作ったことを忘れないでほしいですわ」
ネピアの一言に3人は冷や汗をかいていた。
彼女に借りを作ったらとんでもないことに・・・、そんな思いが同時に彼らには喚起されていた。
「ド、ドンマイ。ヴェント」
ルージュはゆっくりと彼の肩をたたいたが、ヴェントの目には焦りと後悔の念が見えた。
「うう、どうしようルージュ」
ルージュとセレはヴェントがこちらに頼ってくる前に歩を進めていた。
ネピアが一番嬉しそうで、次にルージュとセレ、断トツでヴェントが一番厄介な位置にいた。
そんなこと見ず知らず、森は幾度もざわめき、太陽の邪魔をし、そして・・・"何か"がその森に響いた。 |