第22章:「神からの警告」
「だれだ!」
前指揮官の口から出た奇妙な声に対してヴェントは叫んだ。
「おお、お主は"王族"の者か。彼によく似ている」
「誰だと言っているんだ!」
ずいと一歩近づくヴェント。
それを横からルージュが制した。
(きっかけはなんだ?珠に触ったからか?いや、あの時とは違う感覚だ。これは―――赤の神なのか?)
ルージュの頭の中は錯綜していた。
「心配しなくて良い"黒の子"よ。私はお主らの味方だ。名は"赤の神・イグニアス"という。時に"炎の神"とも呼ばれているな。神に名があるなんて不思議かもしれんが。何より私には兄弟がいる故に」
前指揮官の体に乗り移っているイグニアス神は、堅苦しそうにその体を動かした。
「神―――」
突然の出来事、ましてや現実に存在するとも思っていなかった"神"が目の前に現れたのだ。
そこにいた者はどうしたらいいかわからず慌てふためいた。
「楽にしてよいぞ。息子と甥たちよ。私とてこんなにも早くこちらの次元に出てくるとは思わなかった故に驚いておる」
そう言ってイグニアス神は微笑を浮かべた。
「失礼ながら申しあげます。イグニアス神はどのようにしてこちらの次元に干渉しなさったのでしょうか」
ルージュが恭しくイグニアス神に尋ねた。
「これである」
イグニアス神は喋りながら右手を挙げた。
そこには真っ赤に輝く"鍵"が収められていた。
「やはり"鍵"が―――」
ルージュ以外はいまだに口をあけて呆然としている。
「来たるべき時が来たのでこちらに出てきたのだ。思ったより早かったがな。さて私にも時間がない、用があるのはお主じゃ"黒の子"よ」
イグニアス神はルージュに一歩近づいた。
まるでそこにいるのが人間ではないように足取りが軽やかである。
「私めに?」
「そうじゃ。・・・時に"黒の子"よ。おぬしは私にそんなに堅苦しく話さなくてもよい関係に―――ん?・・・わかったわかった、兄弟よ。今は言わないでおこう」
「イグニアス神?」
はじめはルージュに向かって話しかけていたイグニアス神だが、途中からその会話に神にしかわからない誰かが入ってきたようだった。
「すまぬ、なんでもない。それでは要件をいうぞ。黒の子よ。"鍵"を探せ。そしてすべての鍵をひとところに収めるのだ。ただ、"透の王"の国には鍵がないのでそこは最後に回るとよい。"透の王"の国とはおぬしらのいる"ロワ・エスカリエ"のことである」
一度聞いたような話にヴェントは相手が神だということを忘れて、いつもの調子で突っ込んだ。
「それは予言書に書いてあったぞ!それに校長先生にも聞いた!」
ルージュにセレとネピア、さらに長老はヴェントを抑えるような視線を送った。
「ヴェントさん!相手はイグニアス「神」ですよ!言葉を選ばなければ―――」
「オレは持てるだけの語彙を詰め込んだつもりだ!」
一向に収まらないヴェントをちらっと見たイグニアス神は穏やかな表情―――あくまで前指揮官の顔だが―――でセレに言った。
「賢人よ、いいのだ。彼の父親も血気盛んな男だったからな。おもしろいくらい似ている。それにそうか・・・予言書があるのか。どの兄弟が手を貸したのかは知らんが―――」
「え―――俺の父親を知っているのか!?」
ヴェントはあろうことか"神"の言葉を遮った。
「うむ、だが今は話す時間がないようだ。ほかの神に聞くがよい」
イグニアス神はまたルージュの方を振り返った。
「黒の子よ。時間がない、聞きたいことはないか?」
「ひとつ―――オレの生まれについて何か知っていますか?オレが"黒"を持った理由なども知りたいのですが。学校の先生が言うには、先祖の集大成だと・・・」
「そうか、やはりそこへ行き着いたか。それになるほど、すべての事柄が正確に予言されているわけではないのだな・・・・・・よいか、心して聞け。
おぬしには―――先祖などいない。
おそらくどこかの狂人が―――まぁ予言者というものは皆狂人だが―――中途半端に予言したのだろう。そんなのはでたらめだ。いやしかし集大成、という意味では合っているのかもしれないな。・・・時間が来たようだ。最後に警告しておく。鍵を集める際には気をつけよ。よいか、特に"黄の神"と"緑の神"には気をつけよ。"王族"の末裔よ。その時ばかりは黙っているがよい。決して口を出してはならん。それから―――」
すると突然イグニアス神の声が小さくなっていった。
「我が兄上よ。私は自らの過ちをしかと反省した。これを持って少し許してはくれまいか。私は兄上の息子を助けるが故―――」
最後にルージュに懇願するような表情を向け、否、ルージュの"中"に話しかけるような目をしてその声は消えていった。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
次の日、神にあった彼らは興奮冷めやらぬまま目を開けた。
どうやら前指揮官は自分の体がイグニアス神に使われていたことを覚えていないらしかった。
ただひとつ変わったことと言えば、前指揮官が"赤"を使えるようになったということだ。
「それは本当なんですか?皆さん」
「ホントもホント!あの時は神々しく見えてたぜ!」
ヴェントはそういいながら指揮官の肩をバンバン叩いた。
それと共にネピアはヴェントの頭をガスガス叩いた。
「何か変わったことはないかの?」
長老は痛みにもがいているヴェントの横で心配そうに指揮官に言った。
「それが―――夢の中で誰かに話しかけられて・・・
「礼を言う。誇り高き我が息子に力を分け与えよう」
と―――」
「それで?」
ようやく立ち上がったヴェントは涙目で先を求めた。
「色術が使えるように―――」
「ええ!!」
心底悔しそうにしているヴェントを不思議がるようにセレが訊ねた。
「何がそんなに悔しいのですか?」
「だって指揮官が色使えるようになったら俺の負けじゃん!」
「また始まったわ。このバカの阿呆が。どこがどう負けなのか言わないとわからないでしょ!」
「だって指揮官の方が体でかいし・・・」
ネピアはどうしようもないといった仕草で両手を上げ、セレを見た。
セレはそれに微笑してルージュがいるはずの家を見た。
彼はまだ起きてこなかった。
「大丈夫でしょうかルージュさん。昨日はショックを受けていたようですが―――」
「私たちにはどうしようもないでしょう。なんか私たちからは遙かに遠い所のお話なんですもの」
ルージュは昨日イグニアス神に言われたことにショックを受けたようだった。
先祖がいない。
ならオレはなんだ?
どこから来た?
そもそもオレは人間なのか?
そんな思いが彼の中を駆け巡った。
「今はそっとしておきましょう」
彼らはルージュをそのままにして、村の復旧を手伝い始めた。
オレはいったい―――なんなんだ・・・。
何のために―――
夕方、日が沈み始め、復旧作業も中断し始めてきたころ、3人の元にルージュが現れた。
「ルージュ!大丈夫なのか?」
まっ先にヴェントが駆け寄る。
彼は心配そうな表情を浮かべ話しかけた。
このときルージュはヴェントに心底感謝した。
今までに経験したことのない感情。
今までに心から心配されたことは何度あっただろうか。
今までにこれほどまで"友"というもの大切に考えたことがあっただろうか。
今、セレ、ネピア、そしてヴェント、彼らに助けられていることは疑いようもなく、そしてルージュは自我を取り戻した。
「大丈夫」
「その割には大丈夫そうな顔じゃあないな」
笑いながらヴェントは言った。
「ルージュに何やらかしてんのー!」
「げ」
遠くから凄まじい勢いでネピアの持っていたトンカチが飛んできた。
彼女自身も全速力で走ってくる。
トンカチを慣れた身のこなしで避けたヴェントはルージュを一瞥してさらにネピアを見、そして逃げ出した。
ルージュのもとにネピアが着く。
少し息をあがらせて話しかけた。
「まったく、あのバカは調子に乗るから。それより大丈夫なの?それにあいつに何か言われなかった?」
そこでルージュはあることを閃いた。
そして口にした。
「実はさっきヴェントに―――」
ルージュはネピアの耳元で囁いた。
ネピアはそれを聞くや否やさっき投げたトンカチを拾ってすさまじい速さでヴェントを追い始めた。
「いったい彼女に何を言ったんです?ルージュさん」
セレが彼女の後ろからゆっくりと近づいてきた。
ネピアの様子を見ておもしろそうに尋ねる。
「ヴェントには悪いけど、彼女のトンカチによる強打がどれほどの威力を誇るのか見てみたくて、ヴェントがネピアの悪口を言っていたとデタラメを吹き込んだのさ」
「なるほど、それはおもしろいですね」
セレも満面の笑みを浮かべながら走り回る2人を観察した。
ヴェントはニヤけ面をしているルージュとセレに気づき叫んだ。
「おい!2人とも!笑って見てないで助けろー!この鬼バ―――」
その瞬間、ネピアの目から鋭い眼光が放たれ、ヴェントは凍った。
その後、はじけて砕け散った。
「あ〜もう少し粘ってほしかったな〜」
「ホントですよ。もう少し粘れば最大に溜められた彼女の悪魔の一撃が―――」
セレが言いかけた時、2人は背後に殺気を感じた。
「こ、これは―――」
冷汗を流す2人。
決して振り向くことができない後ろから、かわいらしくも殺気を含んだ声が届いた。
「あーら、あなたたち、まさか私を試そうとしていたわけではなくて?」
「ま、まさか。ネピアを試すだなんて、滅相もない。なあセレ?」
「え、ええ。もちろん。さあルージュさん。向こうでチェスでもしましょうか」
ルージュとセレは一度も振り向かずに遠くに見える小屋へ走り去った。
途中で2人を見かけた村人は楽しそうに手を振る。
今日運ばれてきたばかりの新鮮な木材からはその樹木特有の良い香りを発し、次々と家に組み込まれていた。
復旧作業も順調のようだ。
それより今は逃げ切らなければ。
走りながらルージュはセレに言った。
「ふう、もう大丈夫だ」
「それは今の殺気を放つネピアさんのことですか?それとも昨日のことですか?」
「どっちもだよ」
2人は顔を見合わせ大きく笑い、小屋まで歩き始めた。
―――その後、2人はチェスを始めるも、勝負はつかなかった。
なぜならあの後ネピアがものの数秒で2人に追いついたからである。
太陽はいつの間にか沈んでいた。 |