第20章:「戦の副産物」
「すまなかった」
戦は思った以上に早く終わった。
そもそも長期戦になるような距離ではなかった上に、ルージュが長期戦になったら中央フラムは負けると目算していたからである。
そのルージュが今、村人たちの前で謝っていた。
「どうしたのですかな?ルージュよ」
長老は尋ねる。
兵たちも何が何だか理解してはいない。
それほどに戦においてのルージュの思いは初々しく、また罪悪感に覆われていた。
それは彼が指揮官と言う立場に立ったからである。
「オレは・・・たくさんの兵たちを死なせてしまった」
理由はそれだった。
おそらく外部から見ればとてつもなく素晴らしい戦であったに違いないが―――作戦や戦法において―――ルージュが関わった者が死んだのだ。
少なからず彼はそれを意識していた。
「それはしょうがなかったことですよ」
「それに悪いのはあなたではないのですから」
しかし、村人たちの対応は温かいものだった。
実際に死んでしまった兵たちの家族や友人は嘆いたが、そんな人たちもルージュのおかげで犠牲が少なくなったという事を、重々理解していたのだ。
「すまない」
だがルージュは、家族や友人を失い嘆いているはずの彼らから優しさをもらう度に、より深い罪悪感を味わい、一種の後悔の念に苛まれるのであった。
未だに深刻な顔をしているルージュを、ヴェントやセレ、はたまたネピアが見ては元気づけるのであった。
「お前がいなけりゃもっと死んでいたかもしれないぞ。だからお前はその他の村人を救ったんだ」
ヴェントが横になりながら話しかける。
まだ疲労は取れていないらしかった。
「貴方、私にあれほどきつくいったでしょう?それならしっかりなさい」
すでにネピアは彼女自身の山を越えていた。
それもこれもルージュやヴェントのお陰だった。
「ああ、すまない」
(我ながら細い神経だなオレは)
ルージュにはそんな思いが浮かんでいた。
ルージュの神経は孤独に大してはかなり太かった―――そう表現できるのならばだが―――。
自らのために一切を切り捨て生きていく。
それについてルージュは鋼の心を持っていた。
己が経験から、と言えば簡単だが、それが身につくのは容易なことではなかった。
度重なる苦労、嘆き、悲しみ、恐怖、深い戦慄、その他諸々の"負"をルージュは経験した。
それらの対象はほぼ自分への戒めだった。
だが、今、それは違う形で現れた。
ルージュには今までにほとんどなかったような"繋がり"を持っていた。
ヴェント、ネピア、セレ、そしてここにいる戦友。
"負"を感じる対象が自分じゃないだけでここまで辛いものか、初めて味わった悲哀にルージュは嘆いた。
ルージュの心に新しいガラスの一面が表れた時だった。
いつの間にか現れたそれはルージュの仲間に対する"情"を宿したのだった。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
それから一夜、南フラムは予想通り降伏した。
これをもってフラム・ガルフに存在していた紛争は解決、和平へと結びついた。
「国の中で和平か。なんか不思議だな」
ヴェントは村の中を歩いていた。
昨日の戦で生じた家々の破損はほとんど修復されている。
さすがというべきか、フラム人の特徴が大いに役立ったのである。
彼らの器用さは筋金入りだった。
「国の形態に問題があるんじゃないの?それにしても村の人たちは物を作るのが上手いね」
ルージュも一夜明けた今日は立ち直っていた。
あれから散々ブリューナクとファフニールにもガミガミと話を聞かされたおかげで、切り替えができたのだろう。
「そうです。ルージュさんの言う通りなんですよ。フラム・ガルフは大規模な統治国家ではないのです。つまり、列記とした最高権力者がいないんですよ。言うならば国の中がさらに国に分かれているというところでしょうか」
セレの言う通りである。
実際中心都市といっても複数あるうちのひとつ。
フラム・ガルフは古い国であるが、それにしては昔のような縦社会があまり存在しないのが妙である。
貴族やらなにやらがいない代わりに、それぞれ"村"を形成し、各々で統治。
よってその村間で弊害が生じるのも無理はなかった。
彼の言う通り、言うならば"国の中の国"である。
「でもなんで長老が・・・長老なんだ?」
「うん、言いたい事はわかるよヴェント。でも言葉になってないよ」
「同感です。言うならば、民族の長だから、というところでしょうか。偶々長老が中心都市にいたというところでしょう」
彼らは長老の家へ向かっていた。
「参りましたよ長老」
セレが恭しくお辞儀をする。
すでにネピアは長老の家にいた。
いつもの茜髪が光にあたって輝いている。
「あら、遅いこと」
「君が早いんだよ」
セレの後からルージュとヴェントが入ってきて、同じように長老に挨拶した。
「それで話とは?」
「うむ、お主たちも先を急ぐ身だ、手短に終わらせようかの。―――鍵はもちろん渡す、そしてお主たちにはさらに、フラム国"騎士"の称号を与えよう。」
「騎士!?」
ヴェントが目を丸くして飛び上った。
騎士と言えばまさにそれは貴族であった。
いわゆる騎士候である。
下級の銘ではあるが十分貴族としての力を発揮する物だった。
もちろんそういう文化の地ではの話だが。
「鍵の上に騎士候まで・・・・ありがたく承ります。」
4人は曲げた左腕を胸の位置まで上げ、水平に保ち、さらに左膝をついて言った。
ルージュとセレは"権力者に忠誠を誓う"、ということを体現するこのポーズを知っていたが、ヴェントとネピアは最近セレに"こういうこと"のために仕込まれた物だったので少し動きがぎこちなかった。
「よいよい、そのような固いものではないのじゃ。この国ではの」
先の型から立ち上がり、4人は貴族の証明となる紋章を受け取った。
その紋章はフラム人らしく微細なところまで作りこまれており、それだけでも価値を持ちそうな代物だった。
「あれ?オレのだけ少し違う」
ルージュの手に納められているものは他の3人とは少し違う柄であった。
真中には綺麗な鉱石が埋め込まれている。
「おお、言い忘れておった。ルージュよ、お主はいまより"候爵"じゃ」
「・・・侯爵!?」
一番早く、そして大きく驚いたのはヴェントだった。
彼は身分上"そういうこと"はよく知っていた。
「待て待て待て!侯爵と言えば・・・上から・・・えっと―――」
「3番目ですよ」
「そう!3番目だぞ!」
セレとヴェントの言う通り"侯爵"は並の爵位ではない。
大公・公爵・侯爵ときて上から3番目。
国によってはそれだけで絶大な権力を発揮するのだ。
外部からの人間で侯爵を貰い受けるなど前代未聞であった。
だが、ルージュがもらいうけたのは正にそれだったのだ。
ちなみに侯爵と辺境伯はほぼ同じ位である。
「オレが・・・侯爵?」
「そうじゃ、おぬしがいなければ中央フラムは滅び、フラム・ガルフは南フラム司令官による独裁政治になっておった。独裁政治など・・・この国には似合わんのじゃ。このフラム・ガルフに点々と数多存在する各村を統治するなど不可能であり、愚かである。この国はこのままが一番よいのじゃ。それをおぬしは守ってくれた。それだけで十分それをもらい受ける資格がある」
「ありがたく・・・・」
ルージュは丁寧にお辞儀をし、それを貰い受けた。
「それで、この後はどちらへ向かわれますのでしょうか?」
前指揮官は長老の隣から話しかけた。
昨日のような分厚な鎧はすでに脱いでいる。
しかしそれでさえ前指揮官の体はたくましかった。
「これから数日休んで東へ向かいます。彼の体が治らない内は無理はできないですからね」
ヴェントの歩き方は一晩経っても未だにぎこちなかった。
戦闘時に完全燃焼したためであろう。
一種の慢性的な疲労になりそうだった。
「う・・・早く治すって・・」
ヴェントは3人の視線を感じ、弁解気味にいった。
もちろん3人にヴェントを責める気など少しもなかったのだが。
すると、
「私に任せなさい」
突然ネピアが言った。
ヴェントを含む3人には何のことかわからなかった。
彼女の顔は少し嬉しそうだ。
時折隠しきれない笑顔がこぼれ、日に美しく輝く。
「任せてって?」
「ついに効果が表れたのよ。私の"能力"に」
青空の下、白い陽光が彼女を一層照らし出した。
|