第15章:「策士」
いつの間にか戦に向けて準備をし始めてから4日が経っていた。
セレの指揮のもと、例のカタパルトはすでに4台出来あがっていた。
兵たちも4台も作り終えると作業に慣れてきて、作るスピードも徐々に早くなっていった。
その仕事に携わっていない兵はフラム・ガルフの伝統職でもある鍛冶によって金属製の剣や槍、はたまた防御のための盾などを続々と生み出していった。
「雨が降ってきそうですね」
兵たちが作り方を覚えてくれたおかげでその場で指揮する必要がなくなったセレは、ルージュと共に戦術会議に参加していた。
そこでひとつ、セレの能力が役にたっていた。
「そうだね。当日降ってくれるとさらにやりやすいんだけどな」
長老の家でセレとルージュ、さらに前指揮官と長老である老婆は会議をしていた。
「それにしてもセレさん、貴方の能力は使い勝手がいいですね」
前指揮官である男が言った。
「たまたま思いついただけですよ。やろうとすれば案外できるもんですね」
2人が問答していたのは目の前の机の上に存在する立体ホログラムの地図についてだった。
まるで本物の景色を机の大きさに縮尺したかのような微細な地図は戦略を立てるのに大いに役立った。
その上、使用者の頭に地図さえ入っていれば具現化できるのでセレが使用することでとてつもない情報処理を可能にした。
「要は使いようですね。映像は光を基にするのですからそれをイメージすればできると思ったんですよ」
セレが自らの豊富な知識の中から黄色に最適なイメージとして選んだ物の1つは"光"であった。
「知ってますか?もともと黄色は撹乱や妨害、情報工作に向いているらしいですよ」
「それもまた古代先人たちの培ってきた"固定観念"だと思うよ」
ルージュはセレの問いに答えた。
「そうかもしれませんね」
「それじゃあ本題に入ろうか」
と、その時だった。長老の家の扉が大きな音をたてて開いた。
木で作られているその扉はミシミシと音をたてた。
「出来たぞ!ルージュ!」
そこに立っていたのはヴェントだった。
ここ数日食料を持ってどこかに出かけているのは知っていたが、何をしているのかはもちろんわからなかった。
「いつも言うけどもう少し静かに入ってきたらどうなんだい?ヴェント」
「ああ、悪い。でもついに樹木を扱えるようになったんだよ」
ヴェントは満面の笑みで言った。
すると次に、右腕を今入ってきた扉に添えた。
扉はヴェントが開けた衝撃で少し崩れていた。
が、次の瞬間、ヴェントが掌に"何かの"力を送ると欠けていた扉から、どこからともなく"木"が生えてきた。
「おお、素晴らしい」
感嘆の声が上がる。
セレとルージュも目を丸くしてそれを見ていた。
「すごいね。ヴェント」
「それは使えそうですね。何より凡庸性が高そうです」
ヴェントはどんなもんだい、といった表情をして拳から親指を立てた。
もちろんその扉は壊れる以前よりも少し不細工になったが。
どうやらまだ丁寧さに欠けるらしい。
「じゃ、ヴェントの能力を含めてまた作戦を立てるからこっちへ来て」
ルージュはそう言うと考え始めた。
「正確な人数まではわからないけど、確定してる事実として言えることは南フラム側の兵力はざっと中央フラムの3倍。元の人数が多いだけあって力押しでは99%敗戦だ。そこで、こちらは"削り"に偏った策を取る。これはもう理解してますよね?」
ルージュは4人を見回した。
皆一度うなずく。
「うん。それで具体的な策だけど・・・中央フラムの兵をまず7つに分け、その中でさらに、5・1・1に分ける。まず最初の5は、この中で最も一般的な奇襲部隊。役割はこうだ―――」
ルージュはセレが机の上に投影している立体地図の一部を指さして続けた。
「今日から6日後、朝日が半分姿を現したら作戦開始。それまでは南の森で待機してもらうしかないね。まず第1陣―――5つに分けたうち1つ―――が南フラム勢の拠点から目視できる位置へ移動、少し経って突撃。相手はその日来るとは思っていないわけだから焦り、即座に拠点正面に兵を敷くだろう。南フラム勢の拠点は一日に3キロ移動してるから当日には拠点までの距離は数キロしかない。第1陣の先頭に視力の良い者を配置し、相手側が正面に兵を敷いたと確認したら―――第1陣はそこで引き返す」
「引き返す?なんで!?」
ヴェントは驚きの色を隠さずに抗議した。
「あの兵力で正面突破する気かい?質問はオレの意見をすべて聞いてからにしてくれ」
「ああ、すまん」
ヴェントは少しションボリして椅子に座った。
「まぁ引き返すのは少々手間取るかもしれないけど、第2陣は第1陣の最後方の兵が足を止めたのを確認したらその部隊に入ってもらう予定のヴェントに通達。ヴェントはその報告を受け次第"能力"を使って・・・そうだな、この一番背の高い一本樹のてっぺんにオレにわかるような合図を"付加"してくれ。くれぐれもそれ以外の合図は絶対にしてはダメだ。相手に位置がバレてしまう」
ルージュは南の森で一段と勇ましく立っている背の高い木を指さして言った。
「それが確認できたら、5軍とは別に分けたていたさっきの1軍に合図。どうせ相手には何の合図かわからないんだから堂々と煙でも上げてしまってもいいだろう。で、ここが大事だ。さっきの5・1・1に分けた内の1と1は拠点西部の渓谷、東部の丘に潜んでもらう。まずは・・・渓谷からだな。合図が上がり次第突撃。ここは"戻らなくていい"。力の見せ所ですよ前指揮官」
「任せてください」
前指揮官の男は胸をどんと叩き誇らしげに叫んだ。
「お願いします。相手側は"必ず"その奇襲部隊に兵を割く。残りの南フラム拠点の穴は後方と、もう側面。そして、続けざまに丘の部隊が他側面から奇襲をかける。おそらくあの丘を下るのには少々のタイムロスが生じるだろうから、渓谷部隊と同時―――つまり煙が上がったら突撃で問題ない。これで穴は後方のみとなる」
ルージュの作戦説明に耳を傾ける4人は緊張の面持ちをしている。
ゴクリと唾をのむ音さえ聞こえてきそうだ。
「両側面にそれぞれの部隊が到着したのを確認したら、正面の5部隊が"一気に"突撃。最初に1部隊で姿を見せたことで予想外の兵の増加に驚くだろう。5部隊の戦い方は相手部隊を"削るように"。5部隊は拠点まで到着したら1部隊ずつ両側面に加わってもらい―――押し切る。・・・・が、さすがに地で勝る南フラム勢が徐々に押し返し始めるね。よって、目標は"時間稼ぎ"になる」
「なんの時間稼ぎ?」
さっきルージュに言われたことをすでに忘れているヴェントが問いかけた。
だが、ルージュもそれは強い好奇心の表れだということにして、とやかく言わないようにした。
代わりに大きなため息を吐いてその問いに答えた。
「ここ数日の南フラム勢の動きを観察しているとあることに気づいた」
「あること・・・ですか」
ヴェントに便乗して今まで黙っていたセレが目を輝かせて訊ねた。
「ああ、どうやらあっち側は意外にも"統率がとれている"らしいんだよ。それで、2人に聞くよ。そうだな―――動物は、"頭"を壊しても体が動くと思うかい?」
「いや、普通動かないだろ」
即座に答えたヴェント。
セレもヴェントの意見に一度頷いた。
「そうだ、動かない。それは動物の"頭"が体をコントロールしているからだよ。つまり、統率がとれている軍も同じなんだ。統率がとれていればいるほど頭を壊しただけで簡単に動かなくなる。だから残った後方からはオレとセレが忍び込むのさ。"頭を盗るために"」
最善の策―――まさにこれはルージュの稀に見る戦術眼の高さが生んだ賜物であろう。
それが自明なほどにその作戦は素晴らしかった。
「そうだ、言い忘れてたけどセレ特製カタパルトは予想以上に攻め込まれたときだけ使ってくれ。変に連発して大事な時に使えないようじゃ意味がない。もちろんこちらとて村の頭が取られてはいけないのは同じだがね」
ルージュは長老を見ていった。
「私の老いぼれた命なぞ惜しくはないぞよ」
長老は言い切った。
だがルージュは、
「ダメですよ。村人は皆、貴方を必要としているのですから」
「そうですよ長老!」
前指揮官はすかさずルージュの意見に賛成した。
「村人にも盾くらいは持たせておいた方がいいかもね」
いきなりそこで何かに気づいたようにヴェントは叫んだ。
「まさか村は兵以外の者だけで守らせる気かよ!?」
それはヴェントのまっすぐな正義感―――と表現するのが適切だろうか―――から自然に発せられた言葉だろう。
長老の家に声が響いた。
「まさか、そのために"君が"ここを守るんだよ」
「え?」
「だから、合図をした後、君はここに戻ってくるんだ。森に囲まれたこの村を守るのは"樹木"を扱える君なんだよ。頼むよヴェント」
確かにその理由は理にかなっているものだったが、ルージュにはその他にも思惑があった。
それはヴェントの"成長"であった。 |