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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

2章・開扉の刻

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2章・開扉の刻(1)

 アルカーティスの文化レベルは低い。
 とは言え、鉄器が発明されて千五百年余りしか経っていないのだ。その文化の熟成にはまだ、時間的作用が働いていない。

 アルカーティスにはガイア教とルドア教の宗教が存在するが、小乗的な宗教であるために、一般市民の信仰は薄い。それが幸いしてか、科学の発展は駆け足である。
 羅針盤、活版印刷はまだ姿を見せていないが、早くも原始的な火薬は存在していた。もっとも、それは激しい閃光や音をたてるぐらいの物ではあったが。とにかく、羅針盤が存在しないので、アルカーティスの人々にとって、世界とはすなわち大陸アルカーティスのみを指した。そして、その大陸には科学とは異なる技術が存在する。

 魔法。

 それはそう呼ばれた。生命の内なるエネルギー、霊子力を引き出すことの出来る技術、それが魔法である。この大陸にはその技術がある。
 だがその技術を使いこなす者は、極希少である。
 元来、天性の才能を持った者が、修練を重ねてやっと使えるようになる。
 また伝承方法も貧弱で、学問と言う系統だった指導方法はなく、師匠から弟子へ、とただそれだけである。
 魔法文明は社会の中で淘汰されつつあるのが現状だった。



 ファティマは数少ない魔法を使える人間の一人である。
 しかし彼女を魔道士と呼ぶにはやや語弊があり、性格には彼女は呪術士である。祝詞や真言、札や薬草を使った物を得意とするのだ。

 彼女は八歳の時奴隷になった。
 無論、自ら望んで奴隷になる者はいないので、ならされたと言うのが正しい。

 その原因は伏せるとして、彼女がまず買われたのは、中流の富豪だった。その男はやさしげな人格の持ち主であったために、彼女は奴隷であったに関わらず、幼さもあり比較的優良な環境で働くことが出来た。

 だがその男はその二年後に没落した。ファティマはやはり中流の貴族に売られた。
 その貴族は前の男とは正反対であり、抵抗の出来ぬファティマをまるで家畜のように扱った。辛辣な日々にファティマは悲鳴を上げる事なく、一年を過ごした。そしてやがてその貴族も没落した。

 行く宛を失った彼女はカランダの王宮に仕えた。
 そこで有名な老呪術士、カール・ハイフェッツに出会ったのだ。
 彼は王宮の呪医として仕えていた。この時代、医術と呪術のはっきりした分離はない。

 その彼の世話係になったファティマは、老体ながらもその呪力で病を解くカールにうたれ、その知識を彼から教わったのである。ファティマは優秀な弟子だった。天性の才能と言うものがあったのだろう。その飲み込みの速さは特筆に価した。特に治療呪術に関しては目を見張るものがあった。

 そうした二年が続き、七十六歳になったカールは死の床についたのである。
 カールの死によってファティマはやはり居場所を無くした。
 次に彼女を買ったのは奴隷商であった。

 彼女は薄々気付いていた。自分を買った人間を、常に不幸を招いていることに。やはり、彼女の予感の通りに、その奴隷商は二年後に山賊に襲われてその命を落とした。
 その時、ファティマは山賊の一人に処女を奪われていたが、ファティマは呪術を使うことがなかった。彼女は治癒の呪術を学びたいとカールに懇願したが、彼は「人を活かす呪いを活かすには、人を殺める呪いも覚えなけれればならぬ」と彼女に負の呪術を教えた。
 その試験に野兎を実験台にしたのだが、やはり優秀なファティマはその野兎を見事に呪い殺してしまった。
 その夜、ファティマは一晩中泣き明かした。

 その時彼女は二度と負の呪術は使うまいと心に誓った。そして、それを彼女は守った。守り通したのだ。それが愚かであったか、賢明であったかは別にして。

 だがそのかいあってか、その時彼女はラルフと出会う。
 暗闇のラルフォードと恐れられた男だ。その「暗闇のラルフォード」はすでに過去形であった。彼女はその現在形のラルフと出会うことで、闇の八年間から光の未来への開扉を始めたのだった。
 腰の周りに申し訳程度に衣服の残骸と言えるべき布きれを付けたファティマはラルフを見ておびえきっていた。無理もない、彼女にとって彼は山賊より強い残虐な男に映ったのだ。さらに彼女は下半身の痛みと恐怖で立ち上がることすら出来ない。

「……あ……あ……」
 すでに声にならない悲鳴は枯れ、ただ大粒の涙が幼い彼女の頬をつたって行った。
 恐怖と戦慄に精神を支配された彼女は、すでに正確な判断が付きづらくなっていた。

 ふわりとした感触を、いつもの数十倍の反応速度を持ってして気付く。
「え?」
 ファティマは怪訝そうに目の前の男を見た。彼は、やさしげな表情で、自身の外套をあられもない姿のファティマにかけてやっていた。このとき、やっと彼女は彼が味方であることに気付いた。

「やれやれ、こんな子供にまで……どうにかしてるな」
 山賊をものの数十秒で退けた青年は意外なほどに穏やかな表情で苦笑した。
 とは言え、彼は山賊を殺した訳ではなく、彼らの自慢の大剣をすべて彼の短剣でたたき落としていたのである。
 山賊も山賊で自分達の力量と領分を知っているらしく、かなわぬとみると一目散にその場から姿を消した。

「見たところ……奴隷なのかな? 間違っていたら、許してくれ」
「はい」
「じゃあ、そこで倒れているのが、君の御主人かい?」
 ラルフはやや離れたところでうつ伏せに倒れている少壮の男を視線で指して尋ねた。その男の周りにはすでに血の海が広がっており、土も彼の血を吸い込み切れないらしく、生々しく漂っていた。

「はい」
 ファティマはその姿を見て軽い嘔吐感を覚えたが、それを押し殺して答えた。
「そうか」
 青年は沈痛な表情でファティマを見た。無益な抵抗で命を落とした男は同情できるが、それ以上に同情するのはこの少女である。

 主を失った奴隷など、生きては行けない。主があってこそ、奴隷は生きて行けるのだ。主のいない奴隷などたちまち食いぶちを失って、野垂れ死ぬのだ。
 ラルフは奴隷商の男を埋葬した。旅の途中で命を落とした者を見かけた場合、埋葬をしてやるのが慣習であった。さまよえる霊が街道に充満させないためだと言う。

「君の名前は?」
「ファティマと言います」
「ええと、姓の方は? 生まれ付いての奴隷なのか?」
 奴隷の子は奴隷であるが、戦敗国の者や生きる糧を失って奴隷となる者も多い。
 その場合、彼らは性を捨てなければならない。奴隷は姓を持てないのだ。
 確たる差別が奴隷制度にはあった。

 なお市民や農民階級は性と名の二つの名前を、貴族や聖職者は性と名と階級などの三つの名を名乗る。王族や上級貴族は四つ以上の名と持つこともある。

「私、生まれ付いての奴隷ではありません。でも、言えません。姓の方は、言えないのです……」
「変わった子だな……ま、人に話したくない事も一つや二つ、あって当然か。しかし、それは困ったな。それでは君は奴隷のままだ」
「え?」
「私はさっき、彼を埋めたとき、金貨を五枚添えておいた。君の値段だ。安いかも知れないが、私は君を買った。奴隷をどうこうしようは、私の勝手だ。君を平民にしてやる」
 ファティマは驚愕に大きな瞳を見開いて青年を見た。このような者に出会ったことはなかった。あまりに突飛な発想は、彼女の理解の許容を越えていたのである。

「そうだ、私はラルフ=ラスティアスと言う。そのラスティアスの姓を君にあげるよ」
 ラルフはこまやかに微笑んで、驚いた表情を硬直させたファティマを見つめた。



 ファティマは夢を見ていた。そう、ラルフと出会った頃の夢だ。
 あれ以来、彼女は彼の元からはなれていない。
 ラルフが強制した訳ではない。彼女がそう望んだのだ。そして彼女が望む以上、ラルフも彼女を受け入れていた。

 そんな夢を見ていたのだが、不意に中断された。馴れぬベットであったせいか眠りが浅く、彼女は目を覚ましたのだった。星座の位置を確認すると、まだ夜明けは遠いことが分かる。

「ラルフさん?」
 彼女のとなりのベットで眠っているはずのラルフの姿がなかった。

 旅の後で疲れているから、早く眠ろうと提案したのはラルフだった。だが、今はそのラルフが忽然とす形を消している。
 ふと気付くとドアの鍵が開いている。
「ラルフさん? 何処へ?」
 静寂の夜の中でファティマは一抹の不安を搖れる瞳で闇に閃かせた。

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