挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

8章・黄金の大地

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

56/58

8章・黄金の大地(6)

 完全に剣の間合いだった。ミナは勝利を確信する。
 相手は素手だ。受ける術はない。

 彼女の剣がエレインを斬る感触を得ることは出来なかった。
 幻影のように彼の姿がかすむ。刹那、彼の巨体は身体はミナの腰下まで沈んでいた。至近距離、地を這うような体勢から、天を打ち上げるような拳がミナの腹部を捕らえた。

「ぐはっ!」
 衝撃はミナの腹部を捕らえて、背中に突き抜けていくかのようだった。
 胃液がこみ上げ、肺の中の空気が押し出される。意識は一瞬にして遠ざかる。

 ――しまった! 武器を持ってないんじゃない。武器を必要としないんだ!

 ミナは自分のうかつさを呪った。相手は素手での攻撃手段を得意としているのだ。
 武器を持たないが、素手が指揮と同等である。それはほとんどが初見となる実戦において大きな武器となる。
 相手の油断を誘えるからだ。ミナが今それを身をもって実感をしている。

 ミナは苦痛に転げながらも、間合いを取った。
 激しい痛みに意識を持っていかれそうになりながらも、それを耐えて剣を離さなかったのは剣士としての矜持であろう。
 だが立ち上がった彼女の両足は、力強く大地を捕らえることは出来ていなかった。

「ちっくしょォ!」
 痛みにかまわずミナは突進した。
 弱味を見せる訳には行かない。剣を振りかぶり、勢いのままにたたきつける。
 だがその直線的な攻撃はエレインに完全に見切られていた。

「がはっ!」
 絶望的な声が空気の塊と共にミナの口から吐き出される。
 カウンターで膝蹴りがミナの鳩尾にめり込んでいる。二度の腹部への強打にミナはよろよろと後ろずさった。

 そこへ足で剣を払われた。
 苦痛で力の入らないミナは簡単に剣を弾かれてしまう。乾いた音が石造りの部屋に広がった。
 ミナは愕然する。
 それでも彼女は身構えた。身体能力に優れた彼女は実は素手での戦いは苦手な方ではない。だがエレインは素手の戦闘を専門とする。もはや彼女に勝ち目はなかった。
「くっ……」
 ミナは後ずさった。
 しかしセレナは奥に消えたままだ。彼女が心配だった。諦めるわけには行かない。

 ミナは焦る心を沈めて隙を伺った。
 なんとか一撃を入れ、その隙に剣を拾う。その瞬間にミナはすべてを賭けた。
 飛ぶ。
 俊敏さは彼女が得手とするところだ。エレインもそれに合わせて拳を振るうが、それをかいくぐってミナの当て身がエレインの巨躯へ決まる。さしもの彼もよろめいた。

 ミナは確かな手応えを感じると、躊躇なく床に転がっている剣へ飛びついた。
 剣を拾い上げながら、立ち上がる。
 一瞬、悪寒がミナの背筋を走った。エレインの気配を間近に感じる。

「見え見えの手だな。まあお前にはそれしか手がないだろうが」
 エレインの巨体から延びる長い足が彼女の頭上に来ていた。そして死神の鎌のごとく、それは放物線を描いてミナの後頭部へと吸い込まれる。

「あぐっ……」
 その衝撃にミナの意識は揺らいだ。
 思わず手にした剣を落とし、そのままの勢いでミナは石床に叩きつけられる。
 目の焦点が定まらない。いや、意識を失わなかっただけ彼女の精神力と打たれ強さを褒めるべきだろうか。
 その倒れた彼女の横顔をエレインは右足で踏みつけた。

「どうした? それまでか? 私怨はないがな」
 エレインの笑みはそれまでの格闘家の自身に溢れたそれとは違っていた。余裕と支配的な笑み。もはやミナに抵抗力はない。そう彼は確信していた。

「くっ」
 ミナは屈辱に気力を集め、這い蹲った体勢のまま身体をひねって蹴りを放った。類稀な身体能力と柔軟性の成せる奇襲だった。

「ほう!」
 エレインは感嘆の声を上げたが、既にミナから本来の速度は失われていた。その蹴りに彼を捕らえるだけの速さは無い。
 彼はミナの足をエレインは左腕で裁くと、自らの身体をミナの背後へすべりこませ、そのまま彼女を巻き込みながら倒れ込んだ。
 そして足を脇に抱え込み、太い腕をミナの首に絡ませて締める。そして右腕で強烈に締め上げた。次いで両足はミナの胴を万力のように絞っていく。

「うあっ?」
 ミナは苦痛の悲鳴すらあげられなかった。
 両腕こそ自由なれど、自分の足が頭の所まで来て、首を激しく締め上げられる。股関節が不自然な方向に曲げられ、頚動脈が圧迫されて頭部の血流が著しく滞る。極めと締めにミナは意識が絶望的な暗闇に沈んでいくのを憶えた。

 と、急に締めがゆるみ、身体を解放される。
 ミナはそれが何の意味を示すのか解らなかったが、肺に空気を送るために四つん這いになって激しく咳き込んだ。

 その横っ腹に強烈な蹴りが叩き込まれた。
 もはや小さくなった悲鳴とともにミナが石床を転がっていく。
 激痛に身を縮めた矢先、今度は顎に爪先から蹴りあげられた。口の中に鉄錆が広がる。
 ミナは大の字に寝そべって、激しく息をした。小さな胸が激しく揺れる。それを愉快そうにエレインはミナの胸に蹴りを何度も入れた。
 徐々にミナの衝撃への反応が鈍くなっていく。
 ミナは意識こそ失ってはいなかったが、痛覚が徐々に麻痺しつつあった。自分の身体が何処か遠くに存在するかのように彼女は感じていた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ