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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

8章・黄金の大地

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8章・黄金の大地(4)

「僕の名はセシル。こう見えても男だよ」
 ファティマが見つけた緑の髪の少女は、実は少女ではなかった。
 少年は少女と見間違えられることは慣れているのかもしれない。平然とした様子で答えていた。その美しい容姿はファティマがセレナと見間違うのも無理もない。

 セシルの話では彼は旅芸人一座の一員で、演劇の役者だと言うことだ。
 劇の中ではガイアの一族を演じている。
 アステ・ウォールではガイアの伝説が物語として活きている。土地によって印象は異なり、英雄伝であったり、畏怖を込めた神話であったりするが、庶民の中では良く知られた物語と存在であり演劇や文芸にも近しい存在だった。

「この髪は本物なんだけどね、でも役でおおっぴらにやってると、みんな本物だって信じてないみたい。ま、それを狙っているわけだけどね」
 少年は無邪気に笑って言った。
 きっと彼も大なり小なりセレナに似た運命を背負ってきたはずなのだ。

「でも、ホントに男の子なの? 失礼だと思うけど……とてもそうは思えない」
 ファティマが遠慮がちに驚いた声で尋ねた。
 セシルは音を立てて笑って説明をした。

「そうだね。お姉ちゃん達が僕くらいの男の子を演じろっていわれたら、多分無理じゃないかなって思うけど、僕みたいな声変わりをしてない男の子がお姉ちゃん達を演じろって言われたら出来なくないでしょ?」
 三人はひとしきり納得して頷いた。
 なるほど彼の言うとおり、舞台演劇でその手の役回りは古くから存在している。

「で、お姉ちゃん達は? 土地の人じゃないみたいだけど?」
 セシルから敵意も後ろめいた腹黒さも微塵も感じる訳もない三人は、それぞれのいきさつを彼に話した。
 主に話の内容はセレナの事情だったが、セシルは無垢なその瞳を輝かせて相づちを打ちながら聞いた。

「すごいや、まるでなんかの物語みたいだよ」
 他人事だから、笑える。だがそれに悪気はなく、セレナはセシルは心から感動しているように思えた。
「でも、セシル君も気を付けた方がいいと思う」
「え? なんでさ? 僕を利用しようなんて奴はいないと思うけどな。第一、みんな僕のこと本物だと思ってないだろうし」
「そうじゃないの。例えば私と君が引き合ったように、ガイアの一族同士で引き合う何かがあるんじゃないかな。他のガイアの一族が常に好意的ってわけじゃない……」

 セレナはシンシアの顔を消して古くない記憶巣から取り出した。それだけで悪寒が走る。
 思えば、彼女たちの引き合いもガイアの一族同士の引き合いだったのだろうとセレナは思う。
 ただ今までセレナやセシルが他のガイアの一族と出会わなかったのは、単純にガイアの一族の絶対数が少ないだけなのだ。



 四人は意気投合して表通りを歩いていた。
 ジークの待つ宿へ帰ろうとミナが提唱したからだ。セレナ達は反対する理由は欠片もなかったし、セシルも興味を持って会いに行くと言った。

「あとはアーディルだけね」
「大丈夫だよ、アーディルが来ないはずないよ。そうでしょ?」
 セレナが寂しそうに彼の名前を口にすると、ミナが活力に満ちた声でなぐさめた。その励ましはセレナにとって大きな力となるのだが、彼を信頼しきる彼女の心に微かに嫉妬を感じた。

「そのアーディルって人、やっぱり、セレナのいいひと?」
 セレナが問いかけた。毒のない意地悪な表情は、彼の勘が鋭いことを表している。
 あからさまにうろたえるセレナを見て、ファティマはくすくすと、ミナはケタケタと笑いはじめた。

 その時――。
 ざらつくような魔力がこの場を支配した。「粘りのある漆のような魔力」と、後にファティマは表現している。
 まずセレナとファティマがそれに気付いた。
 魔法の心得のないミナとセシルはそれに気付くことは出来ない。

「えっ?」
 ファティマが声を上げた。
 突如、黒馬と黒塗りの馬車が現れて接近してくる。
 まるで質量を持っていないかのような速さだ。
 セレナとファティマはそれに驚愕した。

「どうしたの?」
 異様な雰囲気だけを感じ取ったミナが鋭く問いかける。
「ミナ! 馬車が来るっ!」
「馬車? 何処に……うわっ?」
 ミナは何か鞭のようなモノに腕を叩かれた感覚に悲鳴を上げた。その力は相当の強さで、突然のことに彼女はよろめく。
「ミナ達に見えていない?」
 セレナはミナの反応を見て驚いた。

 その刹那、黒馬車から黒い触手のようなものがセシルを巻き付けた。先ほどミナを殴ったそれだ。
「うわああっ?」
 セシルの身体が宙に浮く。その黒い触手が馬車の本体に取り込もうとしているのだ。
 それが見えないミナにはセシルが霧に消えるかのように薄らいでいく。

「くっ!」
 セレナはとっさに対抗呪文<カウンター・スペル>を唱えた。ファティマも同時に「解呪」の符を打つ。相手が魔法的物体ならば、この両者どちらかが対象を消すはずだ。

 だが。
「きゃあっ!」
 二人がほぼ同時に悲鳴を上げる。
 魔法、呪術の発動と同時に黒い衝撃が彼女らの精神を激しく打った。魔法の強さが違いすぎて、対抗呪文や解呪ははじき返されたのである。

 黒馬車はセシルを取り込み、通りを消えていった。
 往来はかなりあるのに、それに気付いた人の様子はない。ミナと同じく見えていないのだ。

「今の感じは……」
 セレナは驚愕していた。
 シンシアと対峙したとき、薄い記憶の中で彼女の波動と同じ者をあの黒馬車に感じたのだ。
 セレナは弾かれたように走り出した。セシルを助けねばならない!

「セレナ? 待って!」
 ミナがセレナを追って駆け出した。
「ファティマ! 兎月亭だ! この通りにある。ジークを呼んで来るんだ! セレナの魔力を追跡できる?」
 ミナは駆けながら一瞬振り向いて叫ぶ。
 ミナの判断と指示は正しい。ファティマは一瞬の間をおいて素早く頷いた。
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