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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

8章・黄金の大地

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8章・黄金の大地(2)

 セレナ達はカイン市を発ち、ナルシャへと向かった。
 姿形を紛らわせるには好都合な道筋である。
 この街道は中央砂漠を貫いているので、砂漠を越えるだけの装備が必要となる。そのため、旅人のほとんどはハザとよばれる麻でできた毛布のようなローブを身に纏っている。砂を避けるためのフードも深く、それを深々とかぶれば中身の人間がどんな人間であるのか、よく調べぬ限りには解ることはない。
 正体を知られなくないセレナ達には好都合であった。
 無論、小柄で華奢なその体はハザの上からでも十分に少女のものだと解る物だったが……

 カイン市を出ると、すぐに大地は乾燥した土地の様相へと変わる。まだ砂漠と言うには優しいが着実に砂漠は広がっていると言う話を納得させられる。

 行程の途中、二人はとある岩場で野宿をしていたときだ。
 乾いた破裂音のようなものが無人の荒野のあちこちで不規則に音が鳴る。二人は不思議なこの音に驚き、最大限の警戒と不安を抱いて夜を過ごした。

 それは岩石砂漠とサバンナの中間のような土地で、乾きと昼夜の気温差の影響で岩が割れている音だった。精霊の鳴き声のような幻想的な音だ。
 道中、その曰くを土地の者に聞いて二人は胸を撫で下ろしたものだった。

 その日の夕刻、二人は街道を外れ街道からは岩場の影になる場所に野営地を設営した。
 野営地といっても、風を避けられる場所に焚き火を炊いただけの物だが。

 街道から外れたのは他の旅人に存在を知られぬ為だ。
 無論追い剥ぎ、野党の類と出会いたくなかったし、そうでなくても他社との接触による余計なトラブルは避けたかったのだ。
 念のため、ファティマの人避けの呪符あたりに貼る。呪い程度のものだが、人が寄り付いたことがないので意外に効果があるのだろう。

 日が暮れる頃、セレナは薪を拾いに野営地を離れた。
 幸い砂漠化に耐えきれなかった刈れてしまった木々は多く、燃料には事欠かない。

 手ごろな枝を拾い集めていたときだ。

 ざわと風が鳴った。

 精霊との接触力を持つセレナはその流れを明敏に受け止める。
 記憶にある力を感じた。
 肌の裏がざらつくような、自分の心を犯されるような感覚に襲われる。

「誰……?」
 辺りに神経を尖らせながらセレナが呟く。
 と、目の前の空間が歪み、緑が夕闇から染みだしてくる。

「久しぶりね……セレナ」
「え?」

 突如として姿を現したのはシンシアである。
 そう、ヴァルハナ山脈の麓の森でセレナにガイアの一族の事実を話したあの女である。

「私はオマエを殺したい」
 シンシアはにやと笑みを浮かべる。妖しげな微笑みだ。
 紅を塗った唇が妖しい光沢を放っている。緑の髪は風を受けゆらゆらと揺らめく。
「そう簡単に殺せるかしら?」
 セレナは精一杯強がった。
 暑さからではない汗が額から頬を伝って落ちていく。

「そうよ。こんなのが血を分けた双子の姉妹だなんて!」
 シンシアの忌々しそうな叫びにセレナは驚愕した。
「姉妹!? どういうこと!?」

 二人は似ていないとは言いがたい。緑の髪やライラックの深い瞳、体格なども似たり寄ったりだ。
 だが、年齢は違うかのように見える。
 シンシアの方がずっと大人びた雰囲気を纏っていた。

 シンシアはしばらくセレナを無言で睨みつけていた。
 セレナの目は不安げに細かく左右に揺れている。
「いいだろう、教えてやる」
 シンシアは先ほどの荒々しい口調とは対照的に静かに言った。

 シンシアが語りはじめた。
 二人の故郷はアステ・ウォール市よりも南の辺境の土地だった。
 古くからの文化が伝わる古い土地で、双子は忌み子として嫌われた。
 双子が生まれたとき、どちらかを捨てることが風習づけられた土地だった。
 不幸にも二人はその地に生を受けた。しかもその双子は更に特異な緑の髪を持って生まれたのである。

 両親は土地の掟に従った。
 そうでなければ、この地で生きていけないからだ。せめて気のいい旅人が拾ってくれるように銀のプレートに両親の名前と子供の名前を刻み、街道に置き去りにした。
 それが彼女――シンシアだ。

 しかし、緑の髪――ガイアの一族を示すその子供は土地の人々に気味悪がれ、結局家族はその地に留まる事ができなかった。
 家族は土地を逃げ出し、安住の地を捜した。
 南アルカーティスではガイアの伝説が不気味に残っており、彼らに安住の地はなかった。流浪の末、落ちついたのは遠く離れたライゼルの山村だったのだ。

「それでもオマエは幸せに暮らせたろう。あたしは地獄だった。奴隷商の間を売買され、耐え難き屈辱と陵辱を受けた。慈悲などなかった。捨てられたとき、死んでしまったほうがずっと良かったくらいだ」
 シンシアは苦しげに告げた。

「オマエは随分不幸を経験したつもりだろう。そんなものあたしにくらべればどうってことはない。そしてオマエはアーディルとか言う男に護られ、幸せそうに笑っている。あたしはオマエが憎い」
 セレナは告げられた事の衝撃に半ば正常な判断力を失って呆然と立ちすくんでいた。
 だが、シンシアの憎しみの光に満ちた視線を受け、首を大きく横に振って叫んだ。
「だからって……だからって!」
 セレナの紫紺の瞳が緋く燃えた。
 緑の風が彼女をとりまき、鋭い気合いが彼女の額から放たれる。
 それは衝撃波となって物理的な威力を発現し、シンシアを襲った。

 だが、シンシアの前では簡単に弾け飛ぶ。シンシアの目にも緋色の炎が灯っていた。
「ふふふ……オマエもガイアの故郷に近づいて、いよいよ力を覚醒させつつあるのか」

 そのとき、二人はお互い以外の気配を感じた。
「セレナ?」
 ファティマの声だ。
 急激に高まった二人の魔力をファティマが感づいたのである。

「邪魔が入ったか……」
 シンシアはファティマに一瞥をくれると、夕闇にとけ込んで消えた。
 まるで人とは思えない妖しさであった。

「セレナ?」
 ファティマは心配そうに声をかけた。
 しかしセレナは気を高ぶらせたまま、行き場のない力を持て余している。
 ファティマが彼女の横顔を覗き込むと、緋色の瞳が輝いている。正気ではない。

 彼女は思わず生唾を飲み込んだ。
 だが喉は変わらず乾きを訴えている。
 寒さからではない悪寒が背筋を犯して走る。恐怖そのものを彼女に秘められた魔力に感じた。
 セレナがファティマの方を見た。
 その圧力をファティマは可哀想にも直接受け止めたのである。
「ひっ……」
 ファティマは自分の意識が遠くなるのを、いやにはっきり感じた。
 恐怖のあまり失神しようとしているのだ。
 視界が極端に狭くなり失う。そして彼女の意識は闇へ堕ちていった。



 次の朝、冷たい風にファティマは目を覚ました。
 彼女は普段どおり毛布替わりになるハザにくるまって眠っていた。隣ではまだ眠りの中にいるセレナの横顔がある。今の彼女から昨夜の魔力は感じられない。
「夢? いえ……あれは……」
 ファティマは独語した。
 セレナ自身からガイアの一族のことは聞かされていたが――。
 ファティマはセレナを見つめながら、記憶に残るセレナの瞳を思い出していた。
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