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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

7章・それぞれの道標

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7章・それぞれの道標(4)

 旧敵同士がそれぞれのわだかまりを清算し会い、共に酒を飲み交わす……
 古くから大衆の読み物にある一つの定石であった。
 しかし、現実は名作を生み出す作家の創造物ほど甘く、単純ではない。
 実際の英雄とは悪魔も鼻白むような陰謀を繰り返してその名声を得るに至る。
 だがこの時、旧敵同士がこの会食で向かい合っていた。もっとも、それぞれの過去のわだかまりを捨て切れているとはいいがたかったが……

 この場所はアムル城の高級客室の一つである。
 高級客室とは言えアムル戦役の後、この城は放棄されて四年近くにもなり、その修復も未だ行き届いてはいない状態だった。

「それにしても運命の女神とはよほど気まぐれな人らしい。人の予見とは、どうしてこれほど迄に貧相なのだろう」
 ガルドが呟いた。
 ミハエルはそれはお前の才覚が足らぬせいだ、と言いたげであったが、余計な波風を立てることをこの場は避けた。またそのガルドは一般の騎士の水準から遥かに高い位置ある。分野によってはミハエルの才能を凌ぐところもあるだろう。それを彼は知っていた。

「しかし、どうするのですか? アムル一国でカランダを相手に出来るとは思えませんよ」
 ラルフには政治、戦略の才能は乏しかったが、その指摘は正しい。
「別に俺はカランダを征服しようとか、真正面から喧嘩をしようとか、そう言う事ではない。小国でなければなせぬことするために、アムル公国が一番都合が良かっただけだ」
 都合がよいだけか。ルシアはもはや憤慨するよりも呆れかえった。
 私の一生を賭けたアムル公国復興とは、この男にとってただの道具に過ぎぬのか。
 彼女は結婚の相手が必ずしも愛すべき存在ではないことを知りはじめた。運命の糸などロマンティストの虚話でしかないのか。

「この国でしたいこと?」
 シレーヌが問いかけた。
 本来アムル公国に縁故はなく、流浪の剣士である彼女には関係のないことだったが、知識的欲求や好奇心の探索は彼女の好むところであった。

「民主政治というものを知っているかな? 共和制とも言う。そう、かつてアルカーティスがまだ大きな国という存在を知らなかった時代にそれは存在した。都市国家という小規模な国家形成でこそ、成りえた物なのかもしれない」
 ミハエルが語りはじめた。
 多くを語ることは彼の得意なことから外れていたために、言葉をかい摘んでのことになった。

「現在は世界の政治の仕組み王政か帝政となっている。これはあまりに不公平な立場である」
「披支配層と支配層の格差が激しく、支配層は特権をむさぼっているから?」
「民の税により、王侯貴族は彼らや彼らの土地を外的から保護する義務を負う。また民を導くための努力もしている。不公平と言いきるにはどうか」
 前者はシレーヌの意見で後者はガルドの意見である。

「俺が言いたいのはそうではない。俺の立場は特権階級にあった。それも王族としてその特権をむさぼっていたことは噂でも有名だろう?」
 ミハエルは皮肉に唇をゆがめた。端整な顔立ちだが、表情が変わる毎に安っぽい塑像にも見える。

「その俺が言うのはなんだが、王族貴族という身分に生まれたものは、大なり小なり為政者に成らざる得ぬ。市民は為政者を王族貴族であると決め尽きすぎている。俺は父を見た。兄を見た。何故、我等だけが政治や戦争を指導し、責任をとらねばならぬ? 民は我等に施しを求め、見返りを出さぬ。かといって、政治や戦争に失敗すれば暴動や不平をもらすが、時代や政治を変えようと言う意志はない。何故、我等だけが責任と苦労を背負わねばならぬ? 人は平等なはずだ。平民も奴隷も貴族も皆、為政者の一人となるべきだ。一人一人が政治に対する権力を持てば、その国の問題は一人一人の責任である。無責任にそれを王たちに押しつけて、政治がうまくいないことに不満を漏らす市民どもに一度権力を与えてやったらどうなのだ? その重責に堪えられる才能と忍耐力が彼らにあるのか?」

 ミハエルは一息付いた。多弁な自分がとても滑稽に見える。歪んでしまった自分が喜劇の俳優の一人であることを、自分自身で解っている彼だった。
「民主政治とはその点で優れている。その国に住む住民一人一人の手で方針が決まるのだ。市民による市民の政治だ。王が一人責任を負うことはない。皆が平等に責任と権利を得るのだ」

 壮大すぎて夢物語だ。
 ルシアは既に以前にそれを聞かされていたが、あらためてため息を付いた。
 それをなしうる政治力が何処に存在するというのだろう。ルシア自身にはその政治力はなかった。彼女が知っているその政治力の持ち主は、ラッツウェル一人であり、ミハエルは未だその能力に関して未知数であった。
 しかしすでに後には引けぬ彼女である。どういう形であれ、父の無念を晴らすことが彼女の存在理由であり、その為には手段を選ばぬと自身に誓っていた。

「で、あんたたちはどうするんだ?」
 ジャッドが聞いた。肝心な用語が抜けていたが、質問の意図はこの場では客である三人にはよく解ることだった。
 ガルドは騎士らしく即答した。
 ルシア様が思うところがミハエル殿下と同じであるならば、ミハエル殿下に忠誠を誓う、と。
 シレーヌはミハエルの壮大なシナリオに興味を抱いたが、今の彼女は自由人としての自分を気に入っているので、野に戻ると答えた。

 そして即答できなかったのはラルフであった。


「あなたにはもっと重要なことがあるでしょう?」
 個室に呼び出され、質問にラルフは困惑した。質問の主はルシアである。
「わからない。私のすべき事が何であるか……」
「本当は解っているのでしょう? あの時答えを出さなかった時点で」
 ルシアは辛辣だった。ラルフの下手な嘘すら許さぬかのごとく。
「すまない」
「私に謝ることはないわ。あの子はあなたが必要なのよ。あなたとあの子が思っている以上にね」
 ラルフは瞳を閉じた。その暗闇に可憐な少女の笑顔が見える。彼の意志は決まっていた。


「もう少し、闘いたかったものだ」
 ジャッドがラルフに呟いた。
「もう、私は暗殺者ではないよ」
 ラルフは少しはにかんで答えた。穏やかな声だ。かつて闇社会を震撼させ、幾人もを恐怖という闇の中へ葬り去った男の声色とは思えなかった。

「ああ、そうだな。お前は既に暗殺者ではない。あの時闘って解った。だが、それでももう少し闘いたかった。闘いは俺を悦ばせる。女を抱くことに近いな」
 ジャッドは笑った。その感覚はラルフのあまり知るところではなかった。彼にとって闘いとは煩わしいものだったし、女を語れるほど経験があるわけでなかった。

「行け。お前が暗殺者でなければ、俺達が必要とする人材ではない。勝手に生き、老い、堕落するがいい。それがお前の選んだ道だ」
「それでも、人を殺すよりはいい」

 二人はそうして別れた。かつての亀裂は修復されなかったが、それでも二人の心は穏やかだった。一つ、二人の心配事があるとすれば、カーミラの存在だった。
 あの時ミハエルとルシアの声で、彼女はラルフとジャッド、シレーヌとガルドを敵に回す羽目になったのだ。さすがに、四人の才覚の前に彼女も撤退を余儀なくされた。
 だが、まだ彼女がラルフの命を狙っているとすれば……
「仕方がない、暗闇のラルフォードに一つ貸しを作ってやるか」
 ジャッドはそううそぶいて風の中に気配を流した。
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