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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

7章・それぞれの道標

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7章・それぞれの道標(3)

 ジークらを乗せた旅船は嵐をなんとか乗り越え、カイン港に入港した。
 アルカーティスの中央部に位置する宝石カイン。人口はおよそ四万を誇り、カイン市内は人口以上に活気に満ちている。
 海路、陸路の要衝であるこの都市はアルカーティスの流通の心臓部であり、中心点である。そのため古くから貿易都市としてその富を蓄えてきた。

 現在カイン市はホーエンツ公国の支配下にある。
 ホーエンツ公国はこの地の土着の貴族であるが、四百年前より、アステ・ウォール帝国より自治権を得て、事実上、独立していると言っても過言ではない。ホーエンツ公国の版図自体は路傍の小国に過ぎぬが、同時にこの国を無くしてはアルカーティスの経済は成り立たぬのである。


 ジークとミナは街から溢れる活気に圧倒されていた。
 整然と整備された通りの両側には様々な露店が並んでいて、そこには小さな小集団が幾つもできている。街全体が大きな商店のようなものだった。

 ミナはこう言う商都を見るのは初めてだった。
 彼女もヴァルハナやカランダと言う、活気に満ちた都市を幾度も見てきたのだが、カインはまたそれらとは違う空気に包まれていた。
 ただぼんやり歩いているだけで、気が付けば商人の商品の説明を受けていたのも何度かだ。流石にジークは慣れたものだったが、好奇心豊かな少女には少し刺激の多すぎる街でもあった。

 街を見物しながら歩いていく二人であったが、突然、背後が騒がしくなった。
 すると、人波が中央を中心に分かれていく。
 不思議に思ったが、二人は人波に流されるように路側へと身を寄せた。
 その数瞬後にけたたましく走り去ったのが一頭の早馬だった。兵士らしき男も乗っていた

「ホーエンツ家の早馬だな。紋章が付いていた」
「ジーク、知ってるのの?」
「まあな」

 すこし時間をおいて、少し離れた場所から突如甲高い悲鳴と、その後に女の号泣する声が聞こえた。
 早馬の通った後の暫しの静寂の中だったので、それはかなりの距離に響き渡った。
 当然、それはミナ達の耳にも届き、好奇心が行動である彼女の体を動かし、次いで面倒くさそうな表情のジークを動かした。

 二人が野次馬の中心にたどり着くと、そこには若い浅黒い肌の女性と、赤ん坊がいた。赤ん坊の頭からは痛々しい量の血が流れていて、それを女性がどうにか止めようとするがどうすることもできず、ただただ号泣していた。

「赤ん坊が馬にひかれたのさ」
 野次馬のひそひそ声が耳のいいミナにも届いてきた。
 未だ少女の慈悲的な良心を失わぬ彼女はおそるおそる泣き止まぬ女性へと近づいた。

「はやく医者に診て貰った方がいいですよ」
「しかし、医者に診て貰うお金がありません」
「そんな! 赤ちゃんが死にそうなのに! 誰か、はやく医者を呼んできて下さい!」
 ミナは精いっぱいの声で叫んだ。
「その女は奴隷だ。奴隷に正式な診察料を払える金があるわけないさ」
 どこかから冷たい声が帰ってきた。経済的に突出した成長をつづけるカイン市では経済的弱者、奴隷はきわめて立場が低いのである。
 愕然とするミナにジークが近寄って助け船を出した。

「ならば、役所に行って慰謝料を貰えばいい。あの早馬は公爵家のものだからな」
「早馬の前にいたこの子が悪いんです。役所へ行っても掛け合ってはくれません」
「そんな……ヒドい」
 ミナは憤慨したが、女はただすすり泣くだけで、わが子を抱えたまま、うずくまってしまった。
 と、野次馬が他の方向へ注意を向けはじめた。それと同時に周縁部の一部が中央から路側へと分かれはじめたのである。その先にあるのは白馬の二頭立ての豪奢な馬車だった。その馬車には先の早馬と同じく、ホーエンツ家の紋章が高い太陽の光を受けて輝いていた。

「おい、お前たち! 早く道を空けないと手打ちにされるぞ!」
 野次馬の男が叫んだ。それは彼にしてみれば厚意の一つであったらしい。
「今動かしていい状況かどうか解るだろ!」
 ジークは冷静に反論していた。赤ん坊の様子が危なくなっているのだ。
 そうしている間に馬車は彼らに近づき、彼らの前で馬車は止まらざるを得なり、御者は舌打ちして馬車を止めた。野次馬たちにただならぬざわめきが起こった。

「そこの! 早く道を空けぬか。ジェシカ様の御車であらせられるぞ」
 御者は高圧的に彼らに向かって呼びかけた。
「馬鹿か! これを見て事情が解らぬとはいわせんぞ!」
 ジークがこれに反論した。彼の巨体から強烈な意志を持って言葉が発せられると、無形であるはずの言葉が、物理的な威力を持ったかのように御者を貫いた。

「どうしたのです?」
 馬車の奥から澄んだ声が聞こえた。
「は、それが……その、道を塞ぐ奴隷と旅の者らしき輩が……」
 御者は何とか平静を取り戻して、彼の主人であろう女の声にしどろもどろと答えた。
 と、馬車の扉が開き、独りの女性が降り立った。

 ミナははっとした。美的感覚に優れる彼女はその女性の美しさに一瞬、全ての感覚を支配されたのである。白いドレスに包まれて、おそらく理想的な体型であろうその体。エメラルドの瞳とブロンドの長い髪が形の良い卵形の輪郭を美しく強調していた。まるで白磁の彫刻のようだ。
 彼女と同等たるひとはアリアひとりしかミナの記憶になかったが、今目の前にいる彼女は、アリアにない存在感と激しさがあった。

 彼女はその事件のきっかけである奴隷の女とケガをした赤ん坊を見て、その優美な眉をひそめた。
 美しさ故に冷たさを感じたミナは、それに恐怖を憶え、
「そのような下賎は切り捨てておしまい」
 そのような声が降り懸かるのではないかと懸念をしたが、それは杞憂に終わった。

「フォスター、早く彼らを馬車に。医者に見て貰わねばなりません」
「し、しかし、あのような奴隷を……」
「早くしなさい! 奴隷とて大事な市民の一人です。その赤子が危険なのですよ!」
 彼女、すなわちジェシカ・フォン・ホーエンツであるが、毅然とフォスターと言う御者に命令した。同じ貴族であるが、ルシアやアリアにない激しさと人の上に立つことを知っている女性であった。
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