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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

6章・心の絆

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6章・心の絆(6)

「討伐軍の司令官はラウエルだと? ふん、あのような小物では俺の相手にはならぬ。何故ハインツが出てこないのだ?」
 ミハエルは不適に微笑んで部下の報告を聞いていた。
 彼の部下であるジャッドは多数の暗殺者を配下に従えており、その中には情報収集に長けた者も多数いる。そのためミハエルは情報の質と量に困らなかったのである。

 ――しかし、ハインツも本質としては参謀。司令官ではないが。

 ミハエルは腕組みをしてその知性をもって未来を読み始めていた。
「そろそろラルフもここにつくころでしょう」
「報告があったのか?」
「いえ、俺の勘ですがね」
 ミハエルはラルフをあわよくば登用しようと考えていた。
 しかし実は彼はラルフ個人を欲しがっていたわけではない。暗殺者なら、ジャッド一人で十分である。が、ラルフはルシアとの過去のつながりを持つ男である。もしラルフを味方につければ、ルシアがこの地から離れることはないと企てていた。

 彼がルシアを必要とするには訳があった。
 ルシアには彼に無い物がある。それはカリスマと呼ばれるものだ。
 身から出た錆ではあるが、彼は愚鈍王子と呼ばれれた男である。
 彼の人望はわずかな人間を除いて地に落ちていた。人を従えるには能力だけでは成し得ない。
 そこでアムル公国第一公女ルシアに目を付けたのである。
 彼の計画は成功し、亡命し流民となっていた旧アムル公国民はアムル領内に帰りつつあり、その中で総勢一万余の兵力を得ることができたのである。

 今、まさにアムル公国は復活せんとしていた。



 復興が急速に進む街の夜陰を縫うように影が動く。
 そう、彼は闇の中をもっとも得意とする者だった。「暗闇のラルフォード」ラルフである。
 ここは旧アムル市街。
 かつては三万人ほどの人口を擁した都市であったが、リヒャルト三世のアムル戦役により、完全に破壊されたほぼ無人となったはずだった。
 それが今、アムル公女ルシアの呼びかけにより、その半数を取り戻しつつあった。アムル公国民の愛国心とルシアの求心力の表れだった。

 ――恐らくルシアが本心でアムル復興を呼びかけねば、このような復興はありえないだろう。

 街の様子を見てラルフは心の中でつぶやいた。
 しかし……これはルシアが真に望むものなのだろうか。ラルフは疑問に思ったが、ラルフはそこで思考を止めなければならなかった。銀の閃光が闇を咲いて彼を襲ったのだ。
 まさしくそれは閃光で、ラルフの超反応をもってせねば避けられなかっただろう。弓勢は恐るべき威力である。

「ジャッドか!」
 ラルフは矢の方向から弓手の位置を正確に把握した。
 家屋の屋根に不敵な笑みを浮かべるその姿があった。
 彼の者の名はジャッド。神弓と疾風の速さを持つ男。

「俺を倒すことができれば、ルシアはあんたのものだ」
 ジャッドは笑った。ジャッドがラルフに倒されれば、もはや彼を止められるものなどミハエルの手元には存在しない。
 しかし、ジャッドの笑みには今のラルフには負けぬという自信が表れていた。

「ラルフ殿!」
 ラルフと少し離れた位置に居たガルドが声をかけた。
 彼もまたルシアにその命運をかける騎士である。

「ガルドさん、後ろにも敵がいる。気をつけて」
 ラルフは静かにつぶやいた。
 闇は彼のテリトリーである。闇に包まれている空間は、彼の感覚器と同様だった。
 ガルドは驚愕して後方を確認した。
 その闇からゆらりと気配が現れた。幻と見間違えるような滑らかな動きを見せるそれは「幻妖のカーミラ」。彼女もまたラルフやジャッドと並ぶ希代の暗殺者である。

「ラルフォード……お前を殺す」
 カーミラがつぶやいた。甘いアルトの声が闇の中でおどろおどろした地獄の声に思えた。ラルフはそれを聞いて小さく悲哀の表情を浮かべた。

「カーミラ、横取りはよくないな、ラルフォードは俺の得物だ」
「ふん、私はお前のような遊び半分ではない! ラルフォードを殺さねば、私は過去から抜ける事ができない」
「くだらねえな。しかし、ラルフォードのほうは俺と闘いたい見てえだぜ」
 ジャッドは不敵に笑ってラルフを見た。

「カーミラには悪いが、私はジャッドを倒してルシアを取り戻さねばならない……」
 ラルフの声だった。そこにはファティマが聞けば泣き出しそうな、殺気が多分に含まれた迫力があった。
 かつて、権力者たちを震え上がらせた暗殺者「暗闇のラルフォード」の気が彼に戻っていたのである。

「いいね、それでなきゃ、面白くねえ」
 すべてを圧倒するかのような彼の気迫すらもジャッドはうっすらと笑みを浮かべて楽しんだ。彼の強さが理由が何者にも臆せぬ精神にあると言って過言ではない。

「黙れ! ラルフォードは私が殺す!」
 叫んだカーミラに向かって、短剣が飛んだ。それはラルフからでもジャッドからでもなかった。
 意外な方向から意外な人物が姿を現した。

「ジャッドはこの際ラルフに譲ってあげる。けど、剣士としてあなたたちともう一度剣を交える。我が名にかけて」
 その声は馬上からだった。シレーヌである。
 彼女がカランダを出て、わずかに七日であった。

 シレーヌはカランダを出て早馬を飛ばし、この暗殺者達の決戦に間に合わせたのだ。
 この世界で最高峰の彼らの戦いを自ら感じたかったのだ。それはいわば「血」の騒ぎと言ってよかった。
 なぜなら、彼女もまた最強の血を引いた者だったからだ。

「我が剣聖の名に置いて、剣を折られたという屈辱を捨て置くわけには行かない」
「剣聖?」
「まさか?」
 シレーヌの言葉の響きにラルフとガルドが奇妙な声を上げた。
「そう……私の本当の名は『シレーヌ・アズ・シャーウッド』。シャーウッド家の生き残りよ」
 シレーヌの告白に周りの者達は愕然とした。カランダ王国に仕え、最強の剣士一族として知られる名高い「シャーウッド」の言葉がはっきりとシレーヌの声に含まれていたのだ。

「馬鹿な。シャーウッド家は数年前の大疫病で途絶えたはず。今は封領も無いはず」
「そうよ、シャーウッド家は滅びたわ。分家の末娘として生まれた私は当時、カランダ市に滞在していて難を逃れたのよ。けど、その時私は十四歳。正式な家督相続権もなく、後見人に立つ者もいなかった。そしてシャーウッド家は断絶。私は流浪の旅に出た……」

 そして、今の自分がいる。
 多分に独学が含まれる自分の剣は完全ではない。シレーヌはその言葉を飲み込んだ。
 だが、戦わねばならない。それは誇りだけではなかった。ふと、妹のようなファティマの顔が浮かぶのだ。
 ファティマのためにラルフを守らねばならない。せめてカーミラだけは封じなければならない。幾らラルフでもジャッドとカーミラを相手にして勝てるものではない。
「シャーウッドの名にかけて、カーミラ、あなたを倒してみせる」
 シレーヌは毅然として剣を抜いた。
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