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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

1章・螺旋の想い

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1章・螺旋の想い(2)

 アムル公国はカランダのすなわちアルカーティスの最東部に位置する国家だった。豊富な降水量を利用した水稲農業が盛んで、カランダ平原に並んで高い生産力を誇る。
 アムル公国はカランダに従属的であったとはいえ、アルカーティス北東部で最後の独立国家であった。そしてリヒャルト三世の英雄伝のエピローグとなった舞台でもある。アムル公国が滅んだのは今より四年前。すなわち、リヒャルト三世が急死する一年前の事である。

 端は些細なことであった。
 アムル公国はカランダに親密の印として、毎年なにがしかを贈っていたが、その品に呪いがかかっていたと言うことでリヒャルト三世は軍を差し向けた。
 言いがかりと言ってよい話である。彼にとって口実はどんなことでも良かった。

 とにかく彼はアムル公国の領地を欲していた。
 アムルを攻略すればアルカーティス北東部に敵はいなくなり、後背の憂いはなくなる。大陸統一は無理でも、アステ・ウォール併合ぐらいは夢ではないと考えた。
 アムル公国はリヒャルト三世の野望の生贄だった。小国のアムル公国はカランダの大軍の前に蟷螂の斧とも言えるべき抵抗を見せ、僅か二カ月で城は陥落。アムル市民三万の半数は死亡、半数は奴隷となった。そして再建できぬよう土地には塩を撒かれ、アムル公国は文字どおり死んだのであった。



 旧アムル公国の西部、すなわちカランダとの国境にあった町、ノープルは人口四〇〇〇余りの小さな町である。
 しかしカランダの東の大動脈、ヴァルハナ街道の重要な中継地点として、商業の町として栄えていた。なにしろ南はライゼル地方さらにアステ・ウォールへ、北はカランダ第二の都市、ヴァルハナへと続くのだ。

 そのノープルは大嵐に襲われていた。

 夏の終わりから秋にかけて、アムル地方には「竜の城」と呼ばれるこのような暴風雨がたびたび襲う。アルカーティスの東南岸、南岸に広がるオリハ海の遥か南洋で生じた低気圧が発達して、この地方を襲うのである。
 「竜の城」という語源は、かつて空を飛ぶ魔法技術を擁し、滅びた一族が、空からみた雄大な積乱雲の塊を「まるで竜の住む城」と表現したことにある。
 その「竜の城」がいま、ここに訪れていた。



 町外れの旅道具屋に一人の旅人が飛び込んで来た。
 この暴風雨に巻き込まれたその旅人はタールで防水加工した外套を羽織っていたが、その防水効果も余り役には立っていないようだった。

「珍しいな。こんな大嵐の日にお客がくるなんてね」
 店の主人はのんびりした口調で、旅人を向かえた。まだ若く、三十には達していまい。
 この地方の人間にしては珍しく、黄金色の髪をしていた。アムル公国の住民は八割ほどが黒髪で肌の色もやや黄色ががっているか、その混血だが、彼は明らかに肌の色も白色人のそれであった。

「酷い嵐ね。全くついてないわ……」
 旅人はフードを外して、外套を抜いだ。雨水が染み込んで、中の旅装束までぐっしょりだ。そして、意外なことには旅人は白亜麻の髪の美女であった。長い髪を後ろで結わえて邪魔にならないようにしている。
 女性の旅人はそれほど珍しくないが、一人旅は珍しい。この辺りも、戦役の後で決して治安がいいとは言えない。

「少し、休ませて貰える?」
「ああ、別に構わないけど、この嵐は今夜中には抜けきれないんじゃないかな? 別に泊めてあげてもいいよ。料金を取ろうって腹じゃない。困った旅人を助けるためにこの店を開いているわけだしね」
 店の主人は柔和な表情で話しかけた。おそらくは本心なのだろう。旅人の女はそう感じた。

 だが、だとしたら彼は相当のお人好しである。得体も知れぬ流れ者を泊めるなど無謀備極まりない行為である。それとも、別の意図が彼にあるのか……
 彼女は彼の心の奥を見破ろうと瞳を見つめたが、そこにあったのはぼんやりしたコバルトブルーだけだった。

「ハンガーならそこにあるから、使ってもいいよ。ずぶぬれのままじゃ、寒いだろうし」
「え? じゃあ、そうしようかな」
 とにかくおそるべき人の良さを誇る店の主人の言葉に彼女は従った。別に、人の良さなど、おそるべき物ではないかも知れないが……

 旅人の女はせっせと服を抜いで、スリーブのない薄手の服一枚になった。そこまでは雨に侵されていなかったようだ。
 そこから垣間見れる彼女の身体から彼女が一人旅をしていた不自然さは消えた。全体的に細い身体付きではあったが、無駄の無い筋肉で覆われているのだ。見れば中剣と長剣の間くらいの大きさの剣を持っている。

「へえ、女剣士か……」
「ん? ああ、まあそんなところ。そうだ、ここからヴァルハナまではどれくらいかかる? その分だけの食料が欲しいんだ」
「そうだね。嵐で道が荒れて無ければいいんだけども……徒歩なら十日前後かな? 大した行程ではないよ」
「そう……じゃあ、その分だけ頂戴。銀貨五枚。こんなところかしら?」
 女はランプに淡く照らしだされて、妖しく輝く銀貨をちらつかせた。長く旅をしているらしく、物の相場をわきまえている。
「うーん、そんなところだね。まあ、美人だし銀貨四枚に負けておこう」
 店の主人は人のいい笑みを浮かべて、極簡易的な商談を成立させた。女は思わず失笑を禁じ得なかった。これ程までに人が良くて、商売はやって行けそうもない、と彼女は思ったのである。彼女は商売の経験はなかったが、それでも彼よりはうまく経営できそうだ。

「おーい、ファティマ……あれ?」
 店の主人は奥に向かって、ひどく間延びした声で誰かを呼んだ。返事が無いのを怪訝に思った彼は、店の奥を覗いてみると、膝に何がしかの本を置いたまま、一人の少女が椅子の上で可愛い寝息を立てていた。絶世、とは言えないが、さわやかな感じのする美少女だ。柔らかなウェーブのかかった黒髪が美しい。

「なに? 奥さん?」
「まさか、年齢が違いすぎるよ。私とファティマは十二も年齢が違うんだ」
「じゃ、愛人?」
「私が幼女趣味ならね」
「妹?」
「ちっとも似てないと、自分では思っているけど?」
 旅の女の半ば冗談の質問に、彼はいちいち真面目に応えた。

 おかしくなった彼女は堪えきれずに「ぷっ」と笑みをこぼす。店の主人も笑って応えた。真面目な応対は振りだけで、実際は冗談を冗談と受け止めていたのだ。そこまで彼もお人好しではない。

「う……ん? あれ? ラルフさん……えと……」
「お客さんだよ。悪いけど、倉庫から干し肉を十日分。頼むよ」
 まさか、こんな嵐の日に客が訪れるとは思っても見なかったのだろう。彼女が何時の間にやら眠りこんでいたのも分かる。そのためか店の主人、ラルフも苦笑いをしながら、彼女に優しく接した。もともと、彼は「怒る」という行為に程遠い人間ではあったが。

「はいっ」
 寝起きでありながらも、爽快な笑顔を残して、ファティマは奥に消える。いかにも嬉しそうな表情が可愛い。実の所、彼女の一番の至福とは、ラルフに頼られることにある。

「なにも、起こすことはなかったんじゃないの?」
「まあ、それはそうだけど、私より、ずっとファティマの方が慣れているからね。私が取りに行ったところで、干し肉を何処に置いたのか、忘れているし」
 ラルフは飄々と答えた。
 その答えに一瞬、呆然としたのは旅の女である。世の中にはいろいろな商売人がいるものだと、彼女は改めて知ることになった。もっとも、このときの彼女の認識は後になって大きな間違いだと言うことを知るが。

「ところで、彼女はいったいあなたの何? とても、この程度の店じゃ、メイドを雇うだけの収入があるとは思えないけど……」
「失礼だな……まあ、その通りだけど。でも、実は彼女はメイドだよ」
「え? 嘘」
「私は滅多に嘘はつかないんだけどね。まあ、そう思われても仕方が無いか。正確は同居人兼メイドってとこかな。ちょっとした事件があって、その時に彼女を助けたんだ。それ以来、私の元を離れないんだ。給料だって、大した額じゃないのに……」
 ラルフは困ったような顔に笑みを浮かべて、首をかしげた。実は、ファティマは彼に惚れているのだが、鈍感なラルフはそれに一向に気が付こうとしない。けなげなファティマは今日もラルフのために働くのだ。もっとも、それは彼女にとって喜ばしいことでもあったのだが……
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