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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

5章・野望の大陸

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5章・野望の大陸(6)

 その日は風が強く、雲が空を駆けるように現れては消えていく。
 その間にも雲模様は刻々と変化を見せて、見る者を退屈させなかった。少なくとも、素朴な人間にとってそれは芸術的な刺激があった。

 それをぼんやりと眺めながらラルフは歩いていた。
 傍らにはファティマやルシア等もいる。彼らはヴァルハナから落ち延びて、ライゼルのジルを頼って街道を南下中だった。が、ラルフは空を見上げていたために、足元に転がっていた大きめの岩に足を取られて転んでしまった。
 迂闊を絵に書いたような格好で彼はひっくり返っていた。
 ルシアとシレーヌは腹を抱えて爆笑し、ガルドは額に手を当てて呆れかえり、ラルフを敬愛して止まないファティマさえ、笑いがこぼれ落ちるのを堪えるので必死だった。



「あれがラルフォードの現状か……つまらぬ。環境は人をこうまで変えるのか」
 ラルフの迂闊を遥か遠方からその神眼を持って見つめるものがいた。
 その男の背には背丈に近いほどの大弓がある。この弓こそ彼を象徴する最大の一つで、その弓威は神の領域に達していると言っても語弊ではない。
 彼の名はジャッド。二つ名に「疾風」を持つ男だ。
「あれならば、ルシアを奪うのは訳はない。奴の方が厄介な存在……か」
 ジャットは不敵な笑みを浮かべて、気配を景色に溶け込ませた。



 ラルフ達はすでにノープルをさらに南下していて、ライゼルまでは後僅かであった。
 小さな宿場町の宿に一晩の宿を取り、旅の疲れを眠りで癒しているの時であった。

 冬の夜は冷えて静寂である。
 ふとラルフはその眼を開けて、宿から出て行った。
 宿と言っても小さな民家のようなものだ。彼らの部屋からすぐ外に出ることができる。宿は町外れで、外には遥かな平原が広がっている。

「まんざらふ抜けた訳ではないらしいな。私の気配を悟るとは」
「余り買いかぶらないで欲しいな。私はもはや過去の私ではないよ。かつては最強と言われた私だが……もはや、今の私にその力はない。私を殺しても、無意味だと思うが」
「事実など大した意味を持たぬ。それに私がおまえを許すと思うか」
 闇から湧き出るように人影がラルフの後ろに迫った。
 端正かつ妖艶な姿は二十代前半の女性で、それとは裏腹にまがまがしい殺気が纏われていた。
 暗殺者カーミラである。

 刹那に闘い始まった。裏を取ったカーミラが長剣を振りかざす。ラルフは振り返る時間的不利を犯さず、後向きに彼女の剣を受けた。
 まるで背面に眼が付いているかのようだった。
 彼らほどになれば剣気を悟るぐらいは訳はない。

 ラルフは跳んだ。
 彼を追い、カーミラが短剣を立て続けに投げつけた。狙いは一分も狂ってはいない。
 逆にその正確さがラルフにとって簡単に叩き落すことができた。
 が、彼が気付いた瞬間、カーミラは彼を捕らえる距離にいた。
 突いた剣はラルフの髪を一房切り落としていた。
 ラルフは愕然とした。

 反応力がこれほど違うとは――。

 衰えと、成長。それは圧倒的な実力の差を産み出していた。
 とても勝てないな……彼女はおそらく今世界最強だろう。あの男と並んで……
 ラルフはその時、もう一つの気配を気付いていた。
 暗闇のラルフォードとは彼が過去に持っていた二つ名である。闇は彼の領域だった。闇は彼の精神を拡張させ、感覚器を鋭くさせる。

 しかし、彼が参戦しないところを見ると、カーミラと連携しているわけではないのか……?

 ラルフは漠然と考えたが、戦いの最中に他事に思考を回してしまった自らを呪わずにいられなかった。
 彼が戦闘に意識を戻したとき、カーミラの刃は彼を捕らえようとしていた。
「くっ!」
 が、彼も百戦錬磨である。
 カーミラの視界にラルフが急速に接近する。
 正反対の方向に疾走する二者の距離は一瞬に無となり、ラルフの身体がカーミラの身体を突き抜けて消えた。

 幻術だった。
 幻術とは魔法とはちがう。精神波を操ることによって相手の脳に直接感覚を与える技術である。
 脳の中までは誰も鍛えることが出来ないので、幻術を受けた者は必ず幻覚を視る。
 魔法のように実害を与えることはできぬが、陽動などには極めて有効な技術である。
 ただし精神波には指向性がないために、効果の及ぶ範囲内、全ての生き物が幻覚を見せられる事になる。

「く! 幻術か!」
 幻術は暗殺者の中では知られた技術である。そして使う者も多い。カーミラも一瞬、幻術に惑わされたが、その隙に間合いを開けた本物のラルフを追って跳んだ。彼女も幻術使いなのだ。幻術についてはよく理解している。

「ラルフさんっ?」
 刹那、闇に少女の声がこだました。ファティマだ。
 明敏な彼女は外での異様な雰囲気を感じ取り、目覚めて様子を見にきたのだ。
「くっ! ファティマ、来るなっ!」
 ラルフは珍しく声を荒げて彼女を制止した。
 カーミラに彼女を狙われたら、彼女に逃げるすべなど完全にない。
 その声が終わるか否かの瞬間にカーミラはファティマに気を取られたラルフを捕らえていた。
 神速の剣が閃く。
 ラルフは辛うじてそれを剣で受け止めていた。
 しかし、全身を鍛えぬかれたカーミラの膂力はすさまじく、体格で勝るラルフも踏み込まれたため体勢が悪く、身動きが出来なかった。

「ふん……あれがおまえの愛する者か? 私から感情を奪ったおまえがいい気な者だ。私の野望はその恨みを晴らすことだ。楽には殺さぬぞ」
 剣を合わせたまま、カーミラは妖艶に微笑んだ。
 次の瞬間、彼女はぼんやりと揺らめいて消えた。
 剣圧がなくなったラルフは愕然とする。カーミラの行動を悟ったからだ。

 カーミラはファティマに向かって疾走していた。
 彼女はまずラルフの親しいものを殺し、精神的苦痛を彼に与えようとしたのである。
 実力の差が生んだ「余裕」であった。
 闇を駆ける彼女の速さに、ファティマはどうすることも出来ない。呪術について修練を受けた彼女だが、身体能力に関してはただの少女と大差ないからだ。
 闇の中で煌かないようにできた漆黒の剣が彼女を襲う。ラルフは追ったが、絶望的な彼我の差だった。

「夜中に騒ぐと近所迷惑なんだぞ!」
 そのカーミラの横腹を殺気を伴った鋭い剣気が迫った。
 未塵の躊躇もないそれはカーミラでさえ、恐怖を覚えずにはいられなかった。
 その剣気を避けるため、彼女は前方へ大きく跳躍した。彼女はそのままファティマの遥か後方まで跳んで、体勢を整えた。

「シレーヌさん!」
 ファティマを助けたのはシレーヌだった。
 彼女の特徴はその美しい姿とそれに劣らぬ剣の腕である。彼女は、外で繰り広げられる剣気の応酬を感じていたのだ。騎士ガルドも同様に目覚めている。

「シレーヌ! 気を付けろ、敵はもう一人いる! ルシアを狙っている!」
 ラルフが叫んだ。
 と、同時にファティマとシレーヌに銀のきらめきが見えた。
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