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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

5章・野望の大陸

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5章・野望の大陸(3)

 ハインツの予想は事実と同類項に収めて恥じないものとなった。
 ドゥルジ伯ケッツァーは、ラッツウェルに出頭を命じられると、それを拒絶したのだ。先見を持たぬ彼は、出頭すれば殺される、と思ったのである。
 大貴族の長男として生まれ、なに不自由なく生きてきた彼の恐怖は屈折していた。

 ケッツァーは事もあろうに急ぎ、領邦に戻ると兵を集め始めたのである。
 彼は決して戦略的な思考に秀でた才能を持ち合わせていたわけではないが、反乱をかねてより企てていたのだった。
 それがハインツの唯一の誤算であった。
 しかし、致命的ではない。が、無視できるほどの事でもなかった。

 ケッツァーは自己の能力の中でも長けている部分である弁舌を活かし、同盟諸候を募り始めた。
 カランダ王国は絶対王政制ではなく、封建国家である。
 王は各地に領地を持つ貴族たちを従えている存在であり、絶対的な存在ではなく彼らの代表という位置づけだ。従える貴族が多ければ多いほど王の力は強くなるが、貴族らが反発するとその力を失うことになる。

 カランダ王国は巨大化してまだ若いが、中枢部は古い国家である。オーベルハイム公を初めに門閥化の著しい階級制国家だ。その門閥で最有力のオーベルハイム公との友好関係にあるケッツァーは同盟を募るのにきわめて有利であった。

 ケッツァーはこの反乱を起こすに当たって、必ず味方に付けねばならぬ二人がいた。
 オーベルハイム公とライゼル辺境伯ハインリッヒだ。
 前者はカランダ以北に勢力権を持ち、後者は南部カランダに勢力権を置く大貴族だ。
 そしてその位置関係は戦略的にきわめて重要である。
 戦術において最も有利とされるのが包囲戦術だ。それを戦略レベルで包囲出来るのである。有利は絵に書いたような有利さであった。彼らを味方につければ、ラッツウェルらカランダの勢力を南北で挟み込むことができる。
 そして、ケッツァーは以前よりこの二者には親密に接している。盟友となるに僅かの努力さえ必要なかった。



 しかし、ケッツァーの早すぎる対応はオーベルハイム公ら、彼に味方する諸候らにとって逆に奇襲となっていた。
 この時代、兵士は府兵制と呼ばれるシステムで動員される。
 それは有事の際、地域毎に徴兵されるシステムだ。
 その主体は都市よりはなれた地方に住む農民達であり、軍事行動は農閑期に限られる。農繁期の動員は著しく田畑に影響を与えるからあ。
 なお、この時代の騎士階級を中心とした常備軍は総動員数の一割にも未たず、戦力として数えられる数字ではない。農閑期とはいえ、十分な戦力を得るにはおよそ一カ月の時間を必要としていた。

 これが準備をかねてからしていたケッツァーはすぐに戦力を動員できた。
 それは彼の蜂起を予測していた、ハインツ、ラッツウェル等も同じである。
 が、オーベルハイム公らは準備が不十分であった。
 彼らが戦力として数えられるまでにはまだ一カ月の時間が必要だったのだ。それがハインツの戦略において重要な所であった。ケッツァーの戦略はその時間差によって誤算が生じることになる。

 彼が上記のような自己中心的な戦略をとる、とハインツは予測した訳ではない。
 しかし、この事態を予測したハインツの先見はおそるべきものである。
 ラッツウェルは驚嘆せねばならかった。

 この時、ケッツァーの動員できた兵力が三万。
 ラッツウェルの動員できた兵力は五万余。
 この数字にはハインツ伯の兵力も含まれている。数の上では圧倒的にラッツウェル有利である。
 しかし、ケッツァーはまだ自分が有利であると確信していた。

 その理由はこうである。
 ラッツウェルがその全兵力を自分に向ければ、一時は不利であるが、しばらく耐えしのげば、ハインリッヒからの援軍が訪れるであろうし、ラッツウェルらの後背から、オーベルハイム公の軍が彼らを襲うであろう。そうすれば、一気包囲閃滅はたやすい。
 もしくは、オーベルハイム軍がカランダ市を占拠すれば、ラッツウェルの軍は根拠地を失い、その士気は地に落ち、やがて長い時を待たずして瓦解するだろう。ケッツァーはすでに自分の勝利を信じて疑わなかった。
 しかし、ラッツウェルがドゥルジ伯ケッツァー討伐に向けた兵力はその半分であった。それは信じられぬ兵力分散の愚であると見えた。



「私をなめているのか? 人を馬鹿にするにもほどがある!」
 その報を聞いたドゥルジ伯ケッツァーは激怒したが、この時彼は気付いていなかった。
 ラッツウェルの本隊二万余がカランダ市に滞在して動かぬと言うことで、オーベルハイム公が彼の後背を付くことは不可能となったのである。
 それどころか、オーベルハイム公が軍事的な動きを見せたならば、その準備が整わぬうちにラッツウェルはオーベルハイム公を攻め、制圧するだろう。オーベルハイム公は戦わずしてその力を無力化されたのだ。

 しばらく時間をおいて事実を知ったケッツァーは愕然としたが、楽観を絵に描いたように彼は述べた。
「ならば、各個撃破に出るまでだ。奴らの一つ一つを別々に攻撃するのならば、兵力は我が方に有利だ」
 それは正論であったであろう。
 ケッツァーの持つ兵力は三万を越す。
 その彼を討伐に向かうラッツウェル側のゼフルト元帥の軍は二万五千を僅かに割り、兵力差は歴然である。
 この二者がぶつかり合えば、それは戦略家でなくても自明の理である。さらに、ケッツァーにはまだハインリッヒと言う強力な味方がいた。

「オーベルハイム公の動きを封じることはまあ出来た。しかし、戦術レベルで負けてしまっては、私はただの愚か者でしかないな」
 と、自らを皮肉ったのはこの戦略を考えだし、ラッツウェルに進言したハインツである。
 彼は現在、ドゥルジ伯討伐軍の参謀長の地位にいて、司令官ゼフルト元帥の傍らにいる。
 副指令官にはハインツの希望もあって、ローズハルト准将が当たっていた。前線を指揮する中間指揮官の人事についてはローズハルトが担当してたために、門閥貴族の息のかからない部将達が揃っていて、ハインツとしては思惑通りの編成となっていた。

 また、ゼフルト元帥は先王リヒャルト三世から使えている宿将で今年六十五歳になる老将だった。
 老齢による威厳の喪失は未だなく、鋭い眼光は大将として十分な力を秘めている。やはり、ちがうな。などとハインツは呑気に思ってしまう。
 そしてゼフルトは、経験豊かだが頑固そうな老将軍という外見とは裏腹に、若輩ながら戦功奇功を上げているハインツを高く評価していて、作戦面ではおおよそ彼の意見を取り入れていた。

 部下と上司に恵まれたハインツは自分の思い通りの戦術を取れることになったが、ここに誤算が生じた。
 ライゼル辺境伯ハインリッヒは驚異的な動員速度で兵をかき集め、ライゼル地方特産である軍馬を駆り、一万二千騎をこの戦闘に間に合わせたのである。
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