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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

5章・野望の大陸

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5章・野望の大陸(2)

 真夜中に異常な態度を見せたセレナはついにその夜、部屋から出ることはなかった。
 だが、次の朝には笑顔を作りなおしてアーディル達の前に現れたのだった。しかしそれが常の物ではないと察するには十分すぎた。
 珍しく、化粧をしていたのである。
 くたびれた肌を顔料で多い、一晩中泣き明かしたのかはれぼった眼を目張りで隠し、荒れた唇には微かに紅をさしていた。それは美しかったが、痛々しくも飾り付けた美しさは彼女に不似合いだった。

 セレナが明るく振舞おうとすればするほど、アーディル達は昨夜の出来事を聞くことをはばかれた。明るくする事がセレナの暗黙の拒否だったのだ。
 セレナが朝食の団欒から一時退席したとき、
「機会を見て、私が聞いてみる……」
 と、ミナがつぶやくだけしか出来なかった。

 とにかく、セレナの傷ついた心にさらに塩を塗り付けようなど出来るはずもない三人は、セレナの不思議なくらい取り戻された笑顔と共に一路カランダを目指したのである。

 ヴァルハナを出て二十日目、ミナの怪我をいたわっての行程で一行はカランダ市に到着していた。兵士達が慌ただしく動いており、郊外では演習があちこちで行われていた。
「まるで戦争でも起こるみたいだな」
 アーディルの率直な感想が真実であるとは思いも寄らぬ彼らである……



 王宮の廊下を歩いていたラッツウェルの目の前にすっと影が走る。その幻妖はたちまち人の形をなし、妖艶たる女性を生み出した。カーミラである。寡黙な女暗殺者は跪き、臣従の証を見せた。
「陛下にお願いがあります。しばらくの間、暇を貰えぬでしょうか」
「暇? これから戦が始まろうと言うのにか?」
 ラッツウェルは小さく首をかしげた。カーミラが私情で動く女ではないことを彼は十分理解していた。故に、この発言も裏に何かがあると推測していた。
「はい、いずれは陛下に驚異を加えかねぬ男を知っております。その者を私は殺したいのです」
「殺す、か。余り穏やかではないな」
「はい、しかしこれは私事であります……我が復讐。はらざずにはおられませぬ」



 ラルフはぼんやりとルシア達とライゼル地方を目指していた。ヴァルハナで衰弱したルシアをその妹であるファティマは呪術の心得があって、姉に治療術を施しながらの旅であった。
 その二人をかばいながらの旅であったために、行程は順調ではなかった。
 しかし、確実に移動せねばならない。彼らは追われる身なのだ。ドゥルジ伯領は過ぎ去ったとはいえ、東カランダにはドゥルジ伯の息のかかった諸候は多い。

「へっくしょっ!」
 緊張間のないくしゃみがラルフから発せられた。
「風邪ですか? ラルフさん」
 ファティマは敬愛する人を心配することには事欠かなかったので心配そうな表情で彼をのぞき込んだ。

「いいや、多分誰かが私の事を噂してたんだな」
 ラルフは悠長に笑って澄ました。
 しかし、彼は知らぬ。今の彼より強く成長した二人の暗殺者が彼を襲うことを。その脅威から自身を、そして大切な人を護るには彼自身が、かつての修羅に戻らざるを得ないことを。



 淫眉な香が立ちこめている。女の香だ。
 先王リヒャルト三世の三男「愚鈍王子」ミハエルは、後宮の女を侍らせて、自らは性欲の限りを尽くしていた。
 一説によるとこのとき彼は二十四歳であるが、彼は全ての欲望を満たすべく、薬物以外のこの世の快楽をすべて経験していたと言う。しかし、それでなお自我の精神を失わぬ彼は常識を越えていると言ってもよい。意外にも彼の精神はラッツウェルに勝とも劣らぬのであった。

 しかし、彼に欠如しているのは愛情であろう。
 そうして快楽を求めている彼には感情が育つわけもない。常に浮かべる冷笑。それが何よりではないのか。今、彼の下で快楽に喘ぐ美女もまた、彼に快楽を与える道具でしかない。
 やがて絶頂に達してそれは力なく横たわった。ミハエルだけが空しさの心を虚無の内側に漂わせていたが、突如現れた声に気が付く。

「ミハエル様」
「ジャッドか。ふん、待っていたのか?」
「いえ」
「よかろう。で、ルシアの動向は?」
「ドゥルジ伯の手からは逃れました。しかし……今、彼女にはラルフォードと言う者が付いております」
「ラルフォード? 何者だ」

 ジャッドは一拍置いた。それは彼がラルフを恐れているのではなく、演出だった。
 ラルフの強ささえ、彼は引立て役にする。
「『暗闇のラルフォード』かつて、世界最強の暗殺者と呼ばれた男です」
「かつて……か」
 ミハエルが言った。ミハエルの鋭敏さにジャッドは口元に笑みを浮かべた。

「勝てるのか? お前は」
「勝てます。今ならば、確実に」
「ふ、面白い。ではルシアを奪え。俺も行動に出る。時代は面白くなるぞ」
 ミハエルは性癖となった冷笑を浮かべた。しかし、それは普段の下卑た笑いではなく、狡猾な知性を放った微笑みだった。
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