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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

4章・愛を苦抱く

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4章・愛を苦抱く(8)

 ミナは人並み以上の活力を持った少女で、ファティマの治療術も相まって、ミナの傷口は目に見えて回復して行った。
 シレーヌは街に出て、城に何か騒動があったという情報を仕入れてきた。セレナ達はそれをアーディル達の仕業であると確信し、街を出ることにした。
 ミナの怪我の回復具合を考えると少し不安であったが、行動は早い方がいいと判断した。ミナもそれに賛成だった。

 翌朝、四人は身分を隠してヴァルハナ市を出発し、西へと向かった。
 ヴァルハナ市からカランダ市へ向かうカランダ街道を西へ向かい、一日を歩いた。
 ミナの傷をいたわっての事だったので、ペースはさほど速くはなかったが、初めの宿場町である、カズナの街に付いていた。人口は一千ちょっとの街でヴァルハナ市の衛星都市の一つである。辺り一面は農耕地で、ヴァルハナ市の消費に応える農耕を中心とした都市である。

 その街で一軒の大きな宿屋でセレナ達は意外に早くアーディル達と出会うことが出来た。
「アーディル! よかった! 無事だったのね?」
「おまえたちこそ、よく無事で」
 セレナは酒場でアーディルの姿を見ると、無意識の内に彼の身体に抱きついていた。
 アーディルもそれを自然に受け止めていた。

「やれやれ……まいったな」
 その空気が恋人のそれであったために、ミナは小さくため息を付いた。
 彼女もアーディルに恋心を抱く少女であったのだ。しかし、この光景を目の当たりにして、傷つくよりも先に諦めがきてしまうのが考え方によっては幸福だった。

「ラルフさん……」
 ファティマはラルフの姿を見つけてその名を呼んだ。僅かに瞳が濡れているのは、気のせいではない。
「悪かったな。一人にして。でも、良かった」
 ラルフは罰の悪そうな表情をして頭をかいた。ぎこちない優しさをファティマは明敏に感じていた。それを見ていたルシアは小さくため息を付いて、不器用な二人を見ていた。
 姉の存在も恋心にはかなわない……か。
 ルシアは心の中でそうつぶやき、軽く微笑んで二人を見守った。



 再会の感動が止まぬままに一夜は過ぎた。
 眠りから冷めた彼らにはすでに今日の行動を決定しなければならなかった。
 なにしろ彼らはお尋ね者となっているのである。さほど悠長にはできない。
 とは言え、情報通信網の発達していないこの時代では指名手配されたと言っても、普通の旅には支障がなかった。ただ、街道各所にある関所などは身元ごまかさせねばならなかったが。

「で、これからはどうするんだ?」
 何処か悠長な声で尋ねたのはラルフだった。冷静なのか、緊張感と言うものが精神世界から欠如しているのか、妙に落ち着いている。
「そうだな。セレナがルドア神殿へ行くって言ってるから、そこへ行ってみるか。カランダ経由でアスブルクへ向かうことになるな」
 アーディルが大雑把ではあるが、基本的な方針を示した。

「カランダへは戻りたくないわ」
 反対の声を上げたのはルシアだった。
 もともとカランダ城内に三年以上も軟禁の状態に置かれてながかった彼女である。そしてカランダにはラウエルが居て、論理を越えて生理的に彼に近付くことは彼女に取って苦痛だった。

「まあ、そうだろうね。じゃあ、私たちはここから南へ向かって、予定よりは早いが、アステ・ウォールの方へ向かおうと思う」
 ラルフがルシアの意見に同意していた。
「じゃあ、ここでお別れか」
「ああ、じゃあ動くのは早い方がいい。俺達はお尋ね者だからな。縁があったらなら、また会おう」
 アーディルは自嘲気味に笑った。
 もともと、フェンリルにいた時点でお尋ね者に近い状態ではあったし、ラルフ達とてルシアをカランダ城から「誘拐」しているのだ。さほど状況は変わっていないと言えば、変わっていない。

 最後まで別れを惜しんでいたのはセレナ、ミナ、ファティマの三人の少女だった。
「ファティマ、元気でね」
「セレナも。これから寒い地方でしょ?」
「ありがとね、ファティマ。傷も十分良くなってきたのファティマのおかげだよ……また会おうね」
 同世代の少女ですっかり意気投合してしまった三人は、少し瞳が潤んでいたのは気のせいではあるまい。



 セレナ達はヴァルハナ市からカランダ市を結ぶ、カランダ王国で最も重要な街道のひとつカランダ街道を西へと進んでいた。
 山脈を越えると色付いていた広葉樹の森はやがて常緑の混合林へと変わっていく。その変遷は旅するものしか味わえぬ、趣が深いものだ。
 そんな情緒を味わいながらセレナ達の足は軽かった。誰もが無事に再会できたことが精神に活力を注いで止まなかったのである。

 数日が過ぎて、その日も森に囲まれた小さな宿場町に彼女らは宿を取った。
 アーディルやミナは目立つこともないし、セレナの髪はフードなどで隠すことが出来るが、どうにもジークの巨体は目立って仕方がなかった。
 しかし追手が現れることもなく、彼らの心配はここまで杞憂に終わっていた。

 その宿場町の町外れの宿屋にその一晩の宿を取ったセレナ達はすでに眠りの深淵にいた。昼の間は距離を稼ぐために歩きずめだから、夜はその体力を回復させねばならぬ。が、セレナはその日、眼が冴えていた。

 眠れぬ苛立ちに彼女はふと、ベッドを立った。
「セレナ? どうしたの?」
 同室のミナが気付いて眠そうな曇った声で尋ねた。
「ううん、眠れないから星を見てこようと思って……」
「気を付けてね。変な人がいるかも」
「だいじょうぶ」
 ミナの心配にセレナは微笑みを浮かべると、静かに宿の裏口へと足を運んだ。

 そこはすでに森の入口になっていて、闇が眼の前に迫っている。
 そこにあるのは漆黒の闇と、虫達の交響団の演奏である。そこはすでに森の茂りが空を覆っていて、星は覗けなかった。

 セレナは森の奥へと足を運んだ。
 危険だとは思わなかった。山育ちの彼女にとって、夜の森の闇も慣れ親しんだものである。よく肝試しに出かけたものだ。その時には森の小動物が自然の脅かし役になってくれる。これだけ人家に近い森では獰猛な大動物に出くわすことはない。

 森の精霊が彼女を導き、獣道を進んだ彼女は人為的であろう、少し開けた広場に出た。切株がいくつかならび、きこり達の憩いの場といった雰囲気があった。
 そこでは空が見える。セレナはここで星を占おうと思った。
 が、空は異様に速く流れる雲が星の輝きを彼女に伝えてくれそうになかった。地上ではほとんど風はないが、上空では強い風が吹いているのだろう。
 雲の隙間から、時折月光と星の輝きは地上の彼女の元へわずかに届くが、それでは星を占うことはできない。彼女は少しため息を付いて、宿に戻ろうとした。

 その刹那。風もなく森の精霊達がざわめくのが聞こえた。
 木の葉が激しく擦れあっているのだ。圧倒的な力が迫っている。
 セレナは明敏にそれを感じた。全身に緊張が走り、夜の寒さからではない震えが全身を回る。恐怖心が生理的に唾液を分泌させて、しかし、それでも喉は渇きを訴えていた。

 滑るように気配が流れてきた。セレナは恐怖に支配されながらも、精神を恐慌に走らぬように心を強く持とうと努力した。
 油断なくその気配をにらみ付ける。
 何か、人知を越えたものが迫っているのか。精霊や霊魂の類ではない。

 その気配は流体のように変化して実体化した。人である。
 セレナは驚愕した。その異質なる人を見てだ。
 その人物は緑の髪をしていた。そう、セレナと同質の髪だ。
 そして彼女は霊魂ではない。彼女は生きている人だった。

「ガイアの一族……いや……」
「な、何?」
 その突如現れた緑の髪の女、妖艶なる衣服に包まれた彼女は嘗めるようにセレナを見つめて暗く沈んだ声でつぶやいた。
「あなたは誰っ?」
 セレナは冷静さを失って、叫んでいた。

 生きているガイアの一族に出会ったのはこれが始めてである。
 目の前の女からは敵意は感じなかったが、人とは思えぬ異様な気配にセレナは動揺していた。
「私の名はシンシア……おまえは知らぬだろうがな。私と共に来るがよい……我が妹よ」
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