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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

4章・愛を苦抱く

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4章・愛を苦抱く(4)

 セレナ達は疾走した。脱出に一番必要な力が速さであることは彼女達も知っている。もたもたすれば数で劣る彼女らは囲まれてつぶされるだけである。
 ミナが先頭になってその巧みな剣術によって血路を切り開いて行く。十八歳の少女とは言え、ジークに仕込まれたしなやかな剣の裁きは大の大人も顔負けである。
 後背はセレナが請け負い、閃光状の炎を放っては追撃の手を怯ませている。魔法とは一般にはあまり知られてない存在なので、訓練を受けた兵士達とは言え、魔法を相手取るのには苦戦を強いられる。セレナはミナの後背の憂いを取り除くことによって、ミナの血路を開く速度を早めた。

 しかし、魔法は極度に精神と体力を消耗する。
 魔法の源は魔力。魔力は生命力を源とする。生命の源を消費すれば、無論体力も衰える。
 セレナは山育ちだったので脚力、体力ともに街育ちの少女よりも優れていたが、やはり逃亡戦と連続した魔法の使用で徐々に動きが鈍り始めていた。
 彼女たちの動きが鈍ればその分包囲はその密度を増し、二人にかかる負担は更に苛烈になって行った。

「セレナ! もうちょいだから。がんばって!」
 ミナが励ましながら剣を振う。彼女も突破口を開くだけでなく、セレナの護衛にも回っている。
 セレナの消耗は激しく、ミナの疲労も限界に達しようとしていた。
 疲労は判断をにぶらせ、身体から俊敏さを奪う。つまり、決定的な隙が生じるのだ。
 この時がまさにそうである。

「ミナッ!」
 セレナの金切り声がミナの耳にも入った。
 ミナは今しがた一人の兵士を切り捨てたところであった。
 が、その背後にもう一人の兵士が迫っていた。普段の彼女ならば返す刀で斬り伏せていただろうが、疲労が剣を数倍に重くしていた。
 反応の遅れたミナの肩に兵士の剣が突き刺さった。
 その剣はそのまま彼女の肩を斬り割いていく。

「うっ……あっ!」
 一瞬遅れて熱い衝撃が背中に走り、ミナは低い声でうめきを上げる。
 さらに数瞬遅れて鮮血が彼女の背中を染めた。
 出血の量からは軽傷だとは想像できない。セレナは絶望に眩暈がした。

「ミナーッ!」
 悲鳴のような絶叫がこだまする。それと同時にセレナは印を結んでミナを斬った兵士に向けていた。その刹那に業火が兵士を包み、彼はよろめきながら後方へ下がって行った。

 立っていることが出来ないミナがセレナに倒れ込んでくる。
 セレナはそれを慌てて受け止めたが、ミナの後背はおびただしい流血でぬらぬらと光を放っていた。
「ごめん、セレナ……もう……駄目かも……」
 ミナの声はいつもの美声を失っていて、低く枯れ果てていた。焦茶の瞳は常の強い光を失っている。息が荒く、喉から空気が漏れるような音が聞こえた。
「ミナッ! しっかりしてっ!」
 セレナは涙ながらに叫んだ。
 悲痛な叫びは皮肉にも彼女らを追う兵士達を呼びよせる。動けなくなった二人を挟み込むように兵士達が取り囲む。

 ここは狭い路地だ。逃げ場など無い。
 否、セレナは逃げる気力も失せて、ただ鮮血にまみれるミナを抱いていた。
 徐々に包囲が狭くなる。セレナは泣いている。ミナの瞳は虚ろだ。

 その刹那。セレナの長い緑の髪が風もなくざわめいた。
 突如、彼女の身体から赤い半透明のオーラが放たれる。
 セレナはミナを抱いて立ち上がると兵士達をにらみ付けた。ただし、彼女の瞳はいつもの美しいライラックではなく、燃え盛るヴァーミリオンの輝きだった。
 紅の瞳が輝きを増す。すると、辺りは熱くない緑の炎に包まれた。
 そう、セレナがハインリッヒに捕らわれたときのガイアの力だ。兵士達に恐慌が訪れた。

 次の瞬間、セレナから強烈な衝撃波が全包囲に渡って放たれた。辺りの兵士達が木の葉のように飛ばされる。セレナに最も近かった二人はそのまま絶命していた。
 セレナは空を見た。その刹那にセレナの身体は宙に浮き、上空を漂う。
「セレ……ナ?」
 ミナがもうろうとした意識の中でセレナをみた。彼女が見たものはセレナの顔をしたセレナではなかった。そう彼女は、感じたのだ。
 セレナ達は赤い光球に包まれて、晩秋の空を閃光となって駆けた。



 ファティマは実に巧妙に逃げていた。
 彼女に戦闘の経験はない。しかし、知性に長け、機転の効く彼女は実に効率的に自らの使える技術を投入していた。
 彼女は呪術師である。「祝詞」と呼ばれる魔力を文字化したものを操る。彼女はそれを紙製の札に刻んで使っていた。そのほとんどが結界や防御壁用ののものである。

 それを彼女は逃げながら壁に張り付けたりして、追い手の動きを封じたりした。結界を張られると、そこには不可視の壁ができる。そのため、追手は結界の向こう側にいるファティマを追うことが出来ないのだ。

 防御用の結界といえ、触れば衝撃が来る。兵士達はたった一人の少女に悪戦苦闘していた。
 逆に手加減をしていたのはファティマの方である。
 呪術の修行の時に野兎を殺してしまって以来、彼女は呪術で何者も傷つけまいとしてきた。
 このときの彼女もそうだった。呪符に込める魔力を最小限に抑えていたのである。それを高邁な精神とみるか、偽善とみるかは人それぞれの価値観によるだろう。

 そんな彼女の効率的な逃亡戦と、包囲する兵士の密度の薄さから、ファティマは意外なほど簡単に静かな場所へと逃げ込めた。
 静まり返った路地に駆け込み、乱れた息を整える。
 体力面では普通の少女となんら変わりのない彼女である。長く走れば息も上がるし、駆ける速さも落ちる。

 その路地でファティマは胸を抑えて息を整えていると、急に背後に気配を感じた。
 驚いたファティマは冷たい汗を全身から噴出してファティマは振り向く。

「何やってんのよ。騒々しいと思って野次馬しにきたら……やっぱり、フェンリルがらみだったのね?」
「シ、シレーヌさん!」
 ファティマは表情を驚愕から安堵に変えて、拍子抜けた声で気配の主の名を呼んだ。
 シレーヌは放浪の女剣士である。旅をしては拠った都市で仕事を見つけては、また流れる。
 ファティマはラルフと暮らしていたノープルの町でシレーヌと出会い、ルシア救出に彼女も一役買っている。

「で、追われているの? ま、ともかく私の宿にきなさい。かくまってあげるから。あれ? ラルフがいないね?」
「ラルフさんは他の人達を助けるために、フェンリルに残ってます」
 ファティマは喧騒が風に乗って流れて来るのを聞き、表情を不安そうに曇らせた。
「そう……大丈夫よ、あのラルフがやられるくらいなら、いまごろファティマはとっくにつかまってるんじゃなくて?」
 シレーヌはファティマを安心させるために、おどけた口調で彼女の髪を撫でた。



「ちっ! 後から後からきやがる!」
 喉に引っかかった唾液を吐き出しながらアーディルが叫んだ。
 乱戦は未だに続いていたが、確実にフェンリルの者達は捕らわれたり、殺されたりして数が確実に減っていた。
 ジーク、アーディルなどはその個人技でかなりの数を斬っていたが、個人の活躍で戦局全体をひっくり返すには力不足だった。

「アーディル!」
 突如、頭上から声がした。驚いてアーディルはその方向を見る。
 吹抜けになっているロビーの二階にはラルフの姿があった。
「来い、君はここで死ぬような人間じゃない。待っている人がいるだろう!?」
 ラルフの叫びがアーディルを貫いた。
「待っている者……セレナか?」
 アーディルはかるく過去を振り返ってつぶやいた。
 意外に近いものだ。セレナと出会ってからまだ三カ月とない。
 しかし、彼の思考の中で彼女の占める割合は、大きいものとなっていた。それは彼の妹、ティナのかたせみではなく、セレナ自身が存在していた。

「よしっ!」
 アーディルは切りかかってきた兵士を袈裟がけに斬ると、懐からロープを取り出して頭上の天井から垂れ下がる飾り物へと投げつけた。
 ロープの先には分銅が付いていて、絡め取るように飾り物から垂れ下がった。

 そこにアーディルは自慢の跳躍力をもって飛び上がり、ロープの中腹に捕まる。同時にそれより下を剣で切り落として自らは体重をかけてロープを振った。
 振子の力を利用したアーディルはもう一つの同じ様なロープをラルフにめがけて放つ。ラルフはそれをきれいに受け取って、思いきり引いた。ロープの張力はアーディルを引き寄せ、彼は見事にラルフの側にたどり着いた。

「流石アーディル君。まるで曲芸を見ているようだ」
「曲芸ね。仲間を放って逃げるのは気が引けるな」
 ラルフの率直な意見にアーディルは苦笑いで答えた。
「ルシアたちが捕まったようだ。セレナ達はまだわからないけどね。で、ルシアたちを助けるために、一役買って欲しいんだ。その身のこなしを買ってね」
「策士だな。ここで俺とあんたが逃げ出せれば、他の奴は捕まってもどうとでもなるってわけか。あんたにしては自信過剰気味の判断だ」
「慣れてないことはあまりするものじゃないな」
 アーディルの皮肉をラルフは苦笑いでかわした。

 だがアーディルとラルフの能力を考えれば、ただ単純に逃げたり、戦うよりは効率がよい。アーディルは隠密行動のプロであったし、ラルフとて世界随一の暗殺者として馴らした青年である。
 もし、ルシアが捕らわれたとしても救出とと言う手が残されていた。
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