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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

4章・愛を苦抱く

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4章・愛を苦抱く(1)

 セレナ達がコルア島からヴァルハナ市へ戻ると、秋は一層の深まりを見せていた。落葉広葉樹は、鮮やかに変色した木の葉をこぼし、それが街道などに一面に広がっている。そう言った木々は厳しい冬を向かえるための準備をするのだ。
 大陸アルカーティスは一様に温暖である。が、大陸アルカーティスは広大であり、南北の広がりも大きい。その北部に位置するカランダ地方では冬の寒さは比較的厳しいものとなり、大陸の北端部、カランダ市以北では雪が舞うこともしばしばである。

 伝説ではアルカーティスの文明発祥したころは、カランダ地方は極寒の地であったと言う。
 二〇〇〇年ほど前の地層には針葉樹の化石が大量に出土することから、それは事実であろう。

 アルカーティス文明の起こりは現在のアステ・ウォールの首都、ウォール市付近であると言う。
 現在、大陸南部を占めるアステ・ウォール帝国は領土の大半が砂漠であるが、文明が起こった頃は豊かな森林地帯であったと記録が残っている。
 そこに人の文明が広がり入植によって森林は伐採された。その肥沃な大地に田畑を築いた結果、気候の温暖化も手伝って現在は不毛の砂漠と化している。
 それは今も続いている事なのだ。



 ふらりとした様子でラルフは現在滞在しているフェンリルの本部の地下、それはなにもないただ大きなホールとなっている所に現れた。
 現在は、フェンリルのメンバーの訓練の場と使われるのが主だ。

 その場所には決って一人の男がいる。ジークフリート・ハノヴァーだ。
 二七歳の彼は、ここにいるか、街で女性を引っかけているか、昼間から酒を呑んでいるか、その三者の内の一つだろう。少し前までは、セレナに剣術を教えたりしていて勤勉だったのだが……

「ん? 珍しいな、あんたがここに来るなんて」
 この時、ジークはこの場所にいて大剣の手入れをしていた。
 通常の大剣とは違って、普通の子供の身長より大きな剣である。普通の者なら剣の重みに振り回されかねない。しかし彼の鍛え上げられた両腕を見れば、彼がそれを愛用していることが納得できる。

「まあ……ね。一つ頼み事があるんだ」
 ラルフが少し困ったような口調で言った。
 この二人は間違いなく世界でも最高峰の剣の達人であったが、二人は剣に付いて語り合うこともなかった。
 交わす言葉は極日常的なそれでしかない。
 また、二人に共通する点としては、達人らしく見えないところだろう。
 ジークは鍛えられた肉体以外は陽気で気さくな青年だし、ラルフはかつては権力者を震感させた暗殺者であるなど、とても見えない穏和な青年である。

「すこし、剣の練習につき合って貰いたいんだ。ジーク、あなたの腕を見込んでの話だ」
「わからんな? 再び剣を必要とするのか?」
 ジークはそっけない表情と口調で問いかけた。
 が、その内容は直線的でラルフを返答に窮させた。

「もう一度暗殺稼業にもどるつもりはないよ。ただ、人を護るのに、力は必要だ……残念ながらね」
 ラルフは小さく苦笑をした。
「今でもあんたは十分強い。強すぎる。おそらく俺で互角か、もしくは俺が劣る、アーディル程度なら打ち負かすことは簡単だろう。それでも、修練が必要……つまり、あんたのかつての力が必要となる……それほどの敵がいる、と言うことになる」
 ジークはラルフの言の裏側をたどって見せた。彼はただの剣士ではない。精悍な瞳は相手の真意を測る洞察力を秘めている。

「そういう事。生憎、その人達と戦わねばならないことが、不幸と言えるね」
 ラルフはジークに見透かされて、肩をすくめ苦笑で応えた。
「へえ、あんたがそれほど敏感になる敵さんね。あまり、考えたくないものだな」
 ジークは余裕を見せるために笑みを浮かべたが、ラルフが脅威に思う敵と考えると背筋に冷たいものが走った。
 ジーク達はラルフの過去を知っている。ラルフがそれを話したのだ。フェンリルに信用を得て、滞在するために素性を明かしていた。

「幻妖のカーミラ。私は彼女とカランダで会った。強い。もし、かつての私でも勝てるかどうか……」
 そう言ってから、ラルフは我ながらたいそうなことを言っているな、と苦笑した。

 しかし彼女は確実にラルフの命を狙っている。
 カーミラの目標はラルフであったからだ。カーミラが暗殺者の頂点を極めると言うことに固執していれば、必ず、ラルフを殺すだろう。それほど「暗闇のラルフォード」名は高い。
 ラルフ自身は暗殺者の頂点であったことに固執していない。むしろ不名誉な事だとも思う。
 だが、彼は彼はカーミラに教えていたことがある。
「私を超えたければ、私を殺せ。私を殺さねば、お前は私を超えたことにはならない」
 ラルフは一つ、ため息を付いた。



 決して豪奢な部屋ではない。あるいはカランダ国王の妃となる者の部屋にしては不思議なくらい質素である。
だが、それは部屋の主であるアリアの華奢な雰囲気にとけ込むような調和を見せていた。

「ラッツウェル様?」
 アリアは穏やかな歩調で若い国王に近寄った。彼は窓から外を眺め続けている。窓から入る光が、彫の深いラッツウェルの表情をさらに固く輝かせていた。

「すまぬ。少し考え事をしていた。一つ問いてよいか?」
「はい」
「名君と呼ばれた王の記録を学んだことがある。彼らの治世は様々だ。余はどんな君主であろう? 力で治めるのか。徳で治めるのか。あるいは法で治めるのか。いやそもそも余は過去の王に並び立つほどの名君とは限らぬが」
「それは、時と場合で変化をつけなさればよろしいのではありませんか? なにも一つにこだわりなさることはないと……過去の名君はそれを教えてくださいます。陛下はその過去の名君の成功と失敗を学び、今に活かすことが出来れば過去の王の偉業を超えることが出来ると信じております」
 アリアはラッツウェルの少々突飛な質問に彼女らしく応えていた。
 ラッツウェルはその答えを聞いて少し安心した。彼の考えていることと同じであったからである。いわば、アリアはラッツウェルの思考の鏡だった。彼の思考にまとまりのないとき、彼女に質問を投げかけることによって答えを見ることが出来た。

「そうか、ならば、いま余は力を用いようとしているのかも知れぬ。力では民を幸せにすることはできぬかも知れぬ。しかし、それは後で取り返せばよいと言うことだな?」
 アリアは返答に窮した。彼女は人間で、正確な未来を予知することはできなかった。
 その彼女の困った表情を見て、ラッツウェルは小さく微笑んだ。氷の貴公子の仮面が崩れる。もし、彼がこの立場にいなかったら、その仮面の下が本来の表情であったのかも知れない。

「アリア……あなたは余に必要な人間だ。いつも側にいて欲しい」
「はい」
 ラッツウェルは、幻影のように白く細いアリアの身体を抱きしめていた。アリアはそのラッツウェルの行動に表情を驚愕で溢れさせていたが、徐々に赤身がさした頬で返答をしていた。

 二人は愛を知らぬ育ち方をした。限られた人間達としか、会っていないからだ。それも私人としてではなく、公人として会うことがほとんどであった。皇太子と大貴族の娘。彼らは愛を育むには劣悪な環境で育ったと言っても過言ではない。
 が、いま、ふたりは抱きしめあう互いの温もりに、いままで知らぬ熱い心の通いを覚えていた。



 リヒターは小さなため息を付いて目をつぶった。
「ご苦労だった、セレナ。ファーニアの事は残念だったが……ともかく、しばらく休んでくれ」
 セレナ達はヴァルハナに戻ってフェンリルの首将リヒターにコルア島での出来事を報告した。フェンリルの英雄と呼ばれたファーニアはその命をコルア島で失っていたのだ。

「しばらくしたら、アスブルクへ向かおうと思っています。どうでしょうか?」
 セレナが尋ねた。ファーニアの遺言はアスブルクへ向かえと言っている。セレナは彼女を信じてみることにしていた。

「アスブルク? まあかまわんが……しかしもう冬だぞ」
 アスブルクはカランダより更に北にある都市で、北カランダの中心都市だ。北カランダが寒さが厳しく、年にもよるが雪が積もる日もある。
 わざわざその寒さの厳しい季節に、とリヒターは言いたげであったが、セレナの気持ちはアスブルクへ急いていた。
 ファーニアの遺志を継ぐ、と言えば大げさではあるが、ガイアの一族の謎は彼女がこの先生きて行くためにも解き明かさねばならない謎である。
 彼女はファーニアの言葉が示した通り、それに逃げずに立ち向かうことを心に秘めていた。
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