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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

3章・エロイカの遺言

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3章・エロイカの遺言(6)

 セレナ達はファーニアの遺骨を集めると、彼女の故郷、アスブルクへ埋葬することを誓ってその洞窟を出た。
 すでに日は西に傾いていて、後数時間で夕闇が辺りを覆うような時間帯だった。
 航海に慣れぬ五人は夜の出航は避けて、船の中で夜を明かすことにした。

 満天の星空である。
 秋の空は固く澄み渡っていて、千差万別の星の光は悠久の時を越えて蒼い大地に降り注いでいるのだ。その光は繊細かつ脆弱であったが、見る人には蒼古として激しく様々な形を描いている。
 冷たくなった風を受けながら、セレナは甲板に立って夜空を眺めていた。もう、夜はふけている。アーディル達はとっくに眠りの深海へ沈んでいる時間だった。
 ただ一人、彼女は緑の髪を風に任せて夜空を眺めている。

「セレナ? どうしたの?」
 突然声がしてセレナは振り返った。そこにはミナが立っていて優しい表情でいた。星の明りが彼女の表情をより柔らかくしているのかもしれない。
 ミナはゆっくりと瞬きをすると、微笑みながらセレナの横へ歩いてきた。

「眠れないの?」
「うん……」
 セレナは軽く応えて、舷に打ち付ける波の音に目を走らせた。僅かに白いしぶきが闇の中に浮かんでいる。穏やかな海だが、夜になると海も鋼色に変えている。

「やっぱり、気になるの? ファーニアって人が言った言葉」
 ミナが問いかけた。
「……うん」
 セレナは少し間をおいて、掠れる声で応えた。

 実際の所、セレナは「ガイアの一族」であると言う自覚はほとんど無い。ただ、緑の髪を持っていると言うことだけで、後は普通の人間となんら変わりないからだ。
 唯一、彼女はライゼルの故郷でハインリッヒに捕らわれたときに「ガイアの一族」である多重人格の裏を見せたことがあったが、それは彼女の記憶にはないものなので、彼女に自覚はない。

 しかしセレナはファーニアの言葉が気にかかっていた。「不幸にする力」それがガイアにはあるのか? 事実、ファーニアは無惨な最後をとげたではないか。そして、ガイアの一族であると言うだけで、彼女の村は全滅させられたではないか。
 ガイアの一族に秘められた力があると言う。それを狙うものが、ガイアの者とその周りを不幸にするのだろう。セレナはそう解釈していた。

「実を言うとね……私も何がなんだか、分からないのよ。ファーニアさんの事も……ガイアの事も」
 セレナは秋空に固く輝く星を眺めながら、つぶやいた。
「ただ、これからどんな事が起こるのかなぁって思うと……眠れなくて」
「セレナ……」
 ミナが心配そうな視線を送っているのにセレナは気付いた。
 ミナという少女はセレナより一つだけ上の年だが、無邪気で爽快なかわいらしい表情とは別にアーディルも僻えきとさせられる皮肉家と言う一面を持っているが、その裏にもまた、やさしげな少女の姿があることをセレナは知っている。

「大丈夫! 心配しなくてもいいって! 私やアーディルみたいなのが、セレナを護ってあげる」
 ミナは無邪気に笑ってセレナを元気づけていた。セレナはその無邪気さに思わず苦笑いを浮かべたが、それはすぐに暗い表情へ変わってしまった。

「でも、ファーニアさんが……ガイアの力は人を不幸にするって。ミナ達も私の周りにいるときっと巻き込まれちゃう……そしたら、そしたら、ゴメンね。私……」
「そんなの関係ないって! 私もアーディルも好きで首突っ込んでるんだし。全然平気だって!」
 セレナの声をさえぎってミナは元気よく言った。
 澱みのない瞳と童顔な彼女を見ていると年齢は上のはずなのに、彼女が妹に見えてしまうセレナは思わず吹き出しいた。
 急に笑い始めたセレナを眺めて、ミナは怪訝そうに眉を潜めたが、ついに彼女も一緒になって、笑い初めてしまった。

 その二人の笑いの中でセレナは一つの決心をしていた。
 ガイアの謎から逃げないことを誓っていた。ファーニアと言うガイアの一族であった英雄の意志はセレナに受け継がれていた。彼女はヴァルハナ市へ戻り、そしてアスブルクのルドア神殿へ向かうことを決意していた。



 ヴァルハナ市のとノープルの街の中間地点にドゥルジと言う都市があり、人口は二万弱で、その名が指すとおり、ドゥルジ伯家の居城があった。
 この地方一帯を治めるのはドゥルジ家の当主、ケッツァー・オヴ・ドゥルジで、昨年亡くなった、レオン・オヴ・ドゥルジの息子だった。現在二十九才の青年である。
 彼は封建的特権身分の中毒患者とも言える、横暴な貴族だった。生まれついての有力な地方貴族の一人息子で、その彼の精神内部は傲慢が広い領土を占めてしまっていた。しかし家柄にふさわしい教育を受けた彼は、知性において十分に平均を超えるものを持っていた。
 その彼の個室に一つの陰が舞い降りた。それを見たケッツァーは何も動じなかった。味方だからである。

「報告に参りました」
 その者の名は「疾風のジャット」。
 ジャッドはきわめて事務的な声で言った。普段の彼の陽気がそこにはことごとく欠如していた。明りを反射する瞳までが無の光であるかのようだった。

「おまえが、ここにきたと言うことは何か情報を得たと言うことだな?」
「御意」
「何についてだ?」
 ケッツァーは椅子に深く腰掛けたままジャッドを見つめて、報告を促した。

 ケッツァーはきらびやかな装飾品を身に纏った青年で、それを身につけるにふさわしい容姿の持ち主である。一方、ジャッドの方は、荒れた髪を大きめの緑の布でまとめただけで、纏う衣服も使い古した皮製の胴着のような代物である。好対象の二人だったが、実際のジャッドは違う。もっと、野趣に富んだ輝く瞳を持っているはずだった。

「フェンリルと、ガイアの一族についてでございます」
「ほう」
 ケッツァーの瞳が輝いた。それは野心家の輝きである。彼はガイアの伝説を現実に呼び戻し、その力を持ってして権力を握ろうと言う野望を持っている。
 ファーニアの時、彼はガイアの一族に眠る裏の人格に恐怖したが、それでもなおガイアの一族に関する調査は続けていて、その興味を失ったわけではなかった。

「ヴァルハナ市のフェンリルの本部に王弟ラウエル様の婚約者、アムル公国公女ルシアがかくまわれているとの事。さらに、そのフェンリル本部にはガイアの一族の少女が滞在しているとの情報です」
「なるほど。ルシアを取り戻すと言う名目の上、そのガイアの一族の少女を手に入れるか……」
 ケッツァーは腕組をして知的活動にいそしんだ。彼の知性は平均を超えるものであったが、器量に置いては平均を下回ると評価せざるを得ない。
 彼には優秀な参謀になる人間がいなかった。彼の考えにそぐわぬ、そして有効な意見を言うものに彼は腹を立て、遠ざけてしまったからだ。かくして彼は優秀な側近を遠ざけ、優秀ではあるが貧困な自身の発想のみを頼る他なくなってしまった。
「では、これにて」
 ジャッドはそのケッツァーを見て一礼すると、一陣の風と共に消えた。



「やはり、大局を見破れぬ俗物か」
 ケッツァーの城の尖塔の屋根に立ち、風を身体全体に受けながらジャッドはつぶやいていた。
 この時の彼は見るものをいすくめるような鋭い眼光をしており、ケッツァーと対面したときの瞳とは全く別物だった。

「しかし、解せぬ」
 彼はほんの少しだけ、切れ長の瞳を更に細めて遠くを見た。
「なぜにラッツウェルに統一作業を進める手助けをされるのだ? ケッツァーがフェンリルを攻めれば、おそらくラッツウェルはケッツァーの暴走を口実に攻めるだろう。そうすれば、窮地に追いやられたケッツァーは同盟者を造り、ラッツウェルと戦うに違いない。ケッツァーには大局を操る能力が無い。そうすれば、ラッツウェル……いや、ハインツかも知れぬが、奴らの希望通り、混乱を巻き起こすことになろう。その後に訪れるのは、勝利者――すなわちラッツウェルの強化された政権だ」
 ジャッドは思う。ラッツウェルの元で結束したカランダ政権を逆転させるのは難しい。
 ラッツウェルの君主としての器量、ハインツの参謀としての能力。これだけでも十分に覆し難く、これに対抗しうる才能と戦力。それが何処に残されるのか。

「まあ、いい」
 ジャッドは唇を歪めて笑った。
「俺は人生が楽しければいい。どんな逆転劇を魅せてくれるのか。それを期待しているだけでいい。それは俺が考えねばならぬ事ではない……」


3章・エロイカの遺言<了>
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