挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

プロローグ

2/48

プロローグ(2)

 月影に紛れてたたずむ二人の男がいる。蒼古としているが月の光は激しく、夜を闇から救うには十分であったが、やはり光在りて闇も在りし。
 その闇の中で彼らは夜に刻まれた漆黒の城影を望んでいる。

「あの城に緑の髪の娘が?」
 その内の一人、青年が言った。ややハスキーなその声は少年の面影を残す。

「うむ。情報は確からしい」
「その、らしいってとこが怪しいぞ。無駄骨は折りたくないからな」
「若い内は苦労を重ねたほうがいいとも言うぞ」
「迷惑な言葉だ」
 青年に応えた声はしゃがれた老人の声だった。だが、その口調ははっきりしていて力強ささえも感じ取ることが出来る。

「じゃが、アーディル。おまえはこの情報を見過ごすことはできんじゃろう?」
「やっぱり、あんたの性格は最低だ、ジル……ま、あんたの言葉通りだが」
 青年の名をアーディルと言う。やや長い黒い猫毛の髪を後ろで結わえてまとめている。顔立ちは端正だったが、蒼氷石の瞳は鋭い光を放って精悍な印象だ。一方、ジルと呼ばれた老人も強い眼光を放っていて強い意志力を感じさせた。

「じゃあ、ジル。あんたはここで待っててくれ。これ以上先は俺に任せてくれよ」
「うむ。わしとて足手まといにはなり無くないからな。じゃが、しくじるなよ」
「俺を誰だと思ってる?」
 アーディルは不敵に笑い、静かに、だがさっそうと城へ向い始めた。その気配は夜陰にとけ込むかのごとくである。ほんの僅かなときでジルはアーディルの気配を感じることが出来なくなった。
 さすがか……ジルは小さく嘆息し、彼も林の闇へと気配を隠した。



「いやああああっ!」
 甲高い少女の悲鳴が夜の帳を切り裂いていた。

 ばりばりと空気が弾けるような音を立てているのは空気中を走る電流のせいだ。そして、その電流は少女の四肢を駆け巡っている。

「かはっ……」
 不意に電流は納まり、少女が一時の解放に息を吐き出す。全身は汗でぐっしょりだ。もうろうとしているのか瞳は焦点を失って闇をさまよい続けている。

「おかしい……何故、反応が無い。本当にガイアの一族なのか?」
 ハインリッヒは手先から放電する稲妻をかき消して喘ぐ少女を怪訝そうな表情で見つめた。
 ハインリッヒは懐疑の視線を少女に向け、しばしためらいを見せていたが、もう一度呪文の詠唱にかかった。

 アルカーティスには古くから――それは先史時代からであるが、「魔法」と呼ばれる技術が伝わっている。人の体内に在る「魔力」と言う力を媒介にして「呪文」と言う技術で有形無形のエネルギーに代えるのだ。「魔法」を使う人間は才能をもち、鍛錬を長く行った者に限られるので、「魔法」を使える人間は人口にして一割にも満たない。そして、そのほとんどが、「呪い師」や「占い師」程度のレベルである。

 ハインリッヒは初歩の雷撃の魔法を会得しており、弱いレベルの電流を呼び起こすことが出来る。それ自体は指向性の無い雷撃だが、少女の身体にはいくつかの金属片が結わえられているために、それが避雷針となって雷撃は彼女の身体を襲うのだ。

 まあ、よい。ガイアの者で無ければ、殺すだけだ……

 ハインリッヒは心の中でつぶやいた。彼に取って、彼女は「物」としか認識されていない。山村の小娘が一人死んだところで貴族である彼にとって、どうとでもなる事件だった。

 彼は気を取りなおし、更に雷撃を放とうとした。少女はもはやぐったりして抵抗のそぶりもない。
 だが、その一瞬に変化は起こった。

 僅かだが風もないのに彼女の髪が揺らめいたのである。その動きは微々たる物だが、さらさらと流れる髪はまるで緑の霞のようである。。
「なに?」
 ハインリッヒは初めそれを目の錯覚だと認識した。

 だが、その瞬間――

「……っ! うおっ!」
 彼の身体を、いや、この石造りの部屋全体を奇妙な緑の炎で覆われたのである。それは余り明度の高くない緑の蛍光色で、不可思議なのは全く熱量を感じなかったのである。
「これは……一体?」
 ハインリッヒは狼狽して少女の方へ視線をやった。熱くない炎に焼かれると言うのは、苦痛を感じ得なかったが、精神的には圧迫を禁じ得ない。
 しかし彼女はぐったりしているだけで、僅かにも動かない。だが、その静寂を破ったのも彼女だった。いや、今までの彼女が彼女でなくなったと言うべきか。

「ガイアは……貴様達の遊び道具では……ない……」
 何時の間に処女を戒めていた布が外れ、彼女は椅子から立ち上がってハインリッヒを見つめていた。その眼は深紅に染まり、それまでの彼女の瞳ではない。僅かに細めたその瞳にハインリッヒは生理的な恐怖を覚えた。

 直後、緑の炎は何もなかったのかのように消え失せ、部屋には夜の静寂が戻った。

 ハインリッヒは息をあらげたまま、狼狽を隠せぬ表情でたたずんでいた。
「今のは……一体? 今までの反応とは、明らかに違う……」
 彼は自らを落ち着かせるために、独り言をつぶやき、大きく深呼吸をする。

 と少女は力を失い、冷たい床に倒れ込む。
 その彼女を見下ろしてハインリッヒは複雑な表情を浮かべた。
 彼女に対しての興味なのか、恐怖なのか、判断が付きづらい表情だった。

「面白い……おい! こいつを地下牢に放りこめ。両手両足を鎖でつなげておけ、逃がす手はない」
 ハインリッヒは部屋の外に待機していた兵士に命令を下し、彼自身はその部屋から退出した。


 少女は冷たい床に意識を取り戻した。
 暗く沈んだ空気が静寂を奏でているここは、城の地下牢である。僅かに開けられた天井付近の壁が抜けていて、光を取り込んでいる。
 それ以外は、闇。
 囚人は悪。その悪に対しての慈悲は皆無であるのだ。
 たとえ、無実であっても。

「あっ……」
 少女は立ち上がろうとして、つんのめった。両手両足にかせがはめられている。鉄の鎖で出来た頑丈なかせは彼女の自由を奪っている。

「私が、何をしたと言うのよ……」
 怒りと悲しみとやりきれなさに、少女は肩を震わせた。涙が頬を伝って、乾いた石畳に落ちる。彼女は声を立てずに鳴咽した。彼女には泣き叫ぶだけの体力も気力も残されていなかったのである。
 だが疲労感だけが残る身体はすぐに睡眠を要求し、彼女はその牢にただ一つある慈悲――粗末な毛布にくるまって、静かな眠りに落ちていった。
 今は悲しみだけが彼女の心を支配していた。



 鈍い音が夜の静寂に響く。極小さな音と共に人が倒れ込む音がする。
 牢の番をしている兵士がその気孔と声帯をつぶされて、声のない断末魔の叫びをあげていた。だが、生物活動の基本である呼吸が出来ない今、彼はすぐに絶命する。

 加害者は、黒髪の青年であった。アーディルである。剣の柄を利用して兵士に気付かれる前に、彼の喉を付いたのである。よほど手慣れていないとそうは簡単に出来る技ではない。

 アーディルはいくつある牢の中から、僅かな気配を感じ取り、そこに少女が静かな寝息を立てていることを確認する。
 彼は懐から針金を取り出す。その針金は幾重にも屈折していて、奇妙な形をしている。それを彼は鍵穴に突っ込むとその中をひっかきまわした。
 かちり、という錠の外れる音にアーディルは僅かに表情をほころばす。
 今日は運がいい。
 彼は僅かに表情を緩めた。

 その僅かな音に少女は反応した。
 普通ならば、それ程度の物音に反応できるものではない。だが恐怖と不信が彼女の精神を極度に張りつめらせ、不幸にも浅い眠りしか彼女は付けなかったのである。

 毛布をぐっとよせ彼女は牢の端へ身を引く。逃げ場の無い逃げ場所へ彼女の本能がそう動かせたのだ。その彼女の行動にアーディルは悲しげな表情で応えた。

「きゃ……」
 悲鳴を上げそうな彼女を見て、アーディルは慌てて、その口を塞ぐ。悲鳴を上げられような物なら、侵入者である彼にはたまったものではない。

「不審な者に悲鳴を上げるのは、女の子らしくて悪かねーけど、それも時と場合によっては、歓迎しかねるな」
 右手で彼女の口を抑えたまま、アーディルはささやくような小さな声で言った。
「俺はアーディル。心配するな……俺はおまえをここから助け出す。いいか、落ち着けよ……」
 アーディルは優しい声でささやくように少女を落ち着かせると、ゆっくりと手を放す。
 少女は驚愕に声を失っていたのか、アーディルの言葉に落ち着いたのか沈黙のままだった。
 だが、そ次の瞬間には彼女は力が抜けて、意識を失った。緊張から解放されたからだろう。それでなくても、彼女は憔悴しきっているのだ。無理もない。

「大丈夫。俺が守ってやるさ……ティナの二の舞にさせてたまるか……」
 アーディルは気を失った少女を抱えあげ、低くそして強く呟いた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ