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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

3章・エロイカの遺言

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3章・エロイカの遺言(5)

 二人は急いで船に戻りロープを用意していると、いつの間にか太陽は高い位置に登っていた。
 その間にアーディルらが戻ってきていた。
 セレナ達はまず洞窟の事を話し、そこにセレナが何かを感じていることを伝えた。
 次にアーディル達の報告だったが、彼らは目星い物を発見できずにいた。

「じゃあ、午後はその穴へ行ってみよう。とにかく、しらみつぶしだな」
 アーディルがそう決断して食事の後、五人は船のありったけのロープをもってその洞窟へと向かった。

 日が高くなったためか、横穴の洞窟から見える光るものは、先刻よりもはっきりときらきらと光をちらつかせる。これで日光の反射物であることが分かった。
 その光を見て、アーディルは嫌な予感がした。理由は言葉で表せなかったが、直感的にその光に得も知れぬ不快感を覚えたのである。

 船から持ってきたロープを固くつないで縦穴に垂らすと、その長さは縦穴の底まで到達するに至った。そして、固く丈夫そうな岩の突起に先を結び付けると、五人はロープを伝って闇の底へ降り立った。



 その縦穴の底は予想以上に広く、セレナ達が上からのぞき込んだときと同じくらいの広さがあった。つまり、壁はほぼ垂直なのだ。そしてその深さは縦穴の入口が小さく見えるほど深い。
 五人はその広い底の一点を目指して駆けた。そう、光を放っていた地点だ。

「うっ……」
 先頭を走っていたアーディルが声を挙げて立ち止まった。彼らが降りた逆方向の壁ぎわに一体の白骨死体があったのだ。それは人間の物で、身長、骨の細さから見て女性の物とわかった。

「アーディル……これは……」
 愕然としながらセレナが白骨死体を見てつぶやいた。

 その白骨の辺りを見るとひとふりの剣があった。六十センチ程度の刃渡りと柄の部分に宝石をあしらった方刃の剣だった。他の遺留品であろう、金属物はそのほとんどが錆びを帯びていたが、その剣だけは鋭い光沢を放っており錆どころか光の鈍りすらなかった。

「これが、反射して?」
 セレナがそれを拾い上げて、刃の表面に反射する光を見つめた。
 その刹那だった。
 黒い壁ぎわの何もないの所から、まばゆい閃光が走る。

「うっ? 何だっ?」
 アーディルとガルドが剣を抜き、一歩引いたところでミナが手を剣の柄におく。セレナはルシアと共にその三人の後方へ引く。セレナとルシアは前列の三人に比べれば、その戦闘能力は極端に落ちる。セレナは先ほど拾った剣を足元に置き、深く深呼吸をして精神を落ち着かせて使える魔法で彼らを援護しようと試みた。

 五人を突如襲った閃光は数瞬の間、直視に耐えかねぬ光を放っていたが、徐々にその力を弱めて淡い光を放つ人の形となった。
「むう? 人間?」
 ガルドが油断なく構えて目を細めてそれを見た。
 そのとなりのアーディルは逆に驚愕して剣を下げた。

「ファ、ファーニア?」
 驚いた声でアーディルが口からその名を絞り出した。その名前はフェンリルの英雄、ファーニアである。その声に光の中の女性、ファーニアは柔らかく微笑んだ。

「あっ! 緑の髪?」
 セレナがファーニアの美しい顔立ちを整える髪を見て声を上げた。
 そう、彼女と同じようにファーニアは鮮やかな緑色の髪を長く蓄えていた。

「ばかな……俺の見たことのあるファーニアは確か、黒い髪のはず……」
 アーディルが否定を述べたが、その顔は彼も深く覚えている。ファーニア以外にありえなかった。
「アーディルね……お久しぶり。私は紛れもなくファーニアよ。こうして、あなた達がくるのを待っていた。そう、あなたがくるのを」
 ファーニアは淡く光る霧の中でセレナを見た。
「わ、私を?」
「そう、ガイアの一族が訪れるのを……」
「ガイア? その髪、あなたもガイアの一族なのですか?」
「そうよ。フェンリルの活動の中でガイアの伝説を知る者がいると厄介だから、髪を染めていたけど……」
 ファーニアはその言葉をアーディルに向けた。アーディルが知るファーニアの髪のが違うのはそのためだ。
 そのころのアーディルはまだフェンリルに入って日が浅く、フェンリル内の地位も軽いものだったが、ファーニアはすでにその頃でアーディルの才能を高く買っていた。

 ファーニアは光の中で微笑んで、もう一度セレナを見つめた。
 セレナは胸に高なりを覚えたままファーニアの姿を直視していた。彼女は魔法の心得が多少なりともあったため、ファーニアの存在を少しずつ分かっていた。彼女はもう死んでいるのだ。

「あなたは……霊魂ですね?」
「ふふ、気付いた? その通りよ」
 セレナは恐る恐る言葉にした。
「なっ?」
 微妙な声色の発言にアーディル達は驚愕した。ファーニアがまとう雰囲気が尋常ではないと感じていたが、セレナの言葉によって確信へと変わる。

「二年前……カランダ王に私たちの要求を受け入れて貰うために私はカランダ城へ赴いた。けど、私は王に会う前にドゥルジと言う貴族に会い、彼は私がガイアの一族だと知ると、野心を露にした。王に会うために、私がガイアの一族だと明かしたからね」
 ファーニアは小さくため息をついた。
「彼は私と手を組まないかと持ちかけた。フェンリル……いえガイアの一族の力を持って、カランダを、大陸を支配しようと。ガイアの一族にはその力がある……ってね」
「ガイアの一族にそんな力が?」
 セレナは恐る恐る訊いた。
 ファーニアは首を横に振った。
「私にそんな力などないわ。伝説に語られる一族には、そう言った力にまつわる話もあるけれど、少なくとも私はようやく一人前と言えるくらいの剣士でしかなかった。それに、私が王に会おうとしたのは、そんなことが目的ではなかったわ。私はフェンリルと言う組織を解体したかった。皆、何年も王国との戦いに疲れていた。もはや大勢を覆すことは難しい。できれば良い条件で皆を解放したかった。私はそのことを伝えに来たとドゥルジ伯に伝えた」
 ファーニアは目を細めて悲しそうな表情を浮かべた。

「ドゥルジ伯はそれを認めなかった。彼は私を捕えて、拷問によって私を従わせようとした。ふふ、私も一応は剣士、簡単には屈しなかったけどね。でも、ある日彼の見る目が変わった。私を恐ろしいものを見るようになった」
 それはハインリッヒがセレナを拷問したときに現れた、ガイアの一族の裏の人格がファーニアにも表れたのだろう。セレナにもあの時の記憶は残っていない。ファーニアも同様だった。
 ドゥルジはガイアの一族の力の一端を見て、恐怖を覚えたのだ。
「そして私は転送魔法によってこの場所に送られた。この天然の監獄に」
 ガイアの一族の力に恐怖したドゥルジは王宮で彼女を謀殺することすら恐ろしく思い、宮廷魔術師を動員してファーニアをこの辺境の島へ強制転送させたのだ。
 ファーニアは静かな声で言った。感情のない乾燥した声だった。その声にセレナは深く同情を覚え、悲しそうに瞳を揺らした。

「あなたの名は?」
 ファーニアは霊体であるとは思えぬ程の輝きを持った瞳でセレナを見つめていた。その希有なる朱色の瞳に見つめられたセレナは胸の奥に圧倒を覚えていた。

「セレナ。セレナ・アスリード」
「セレナね。あなたは私なんかよりずっと強い力を秘めている。ガイアのね。それは、不幸なことよ。普通の人と違うなにかをもつと言うことは不幸かもね。何をしようと言う意志を持って無くても、他人はほっといてくれないもの」
 それはファーニアだから言える言葉なのだろう。セレナはファーニアは自分よりもずっと様々な災難を体験してきたであろうことを想像し肩を震わせた。

「真実は冷酷よ。でも逃げないで。あなたは強く生きて欲しい。ガイアの一族が何者であるかは分からない。けれど、それがなんであるか、見つけるのも逃げるのもあなた次第よ……ただ、逃げるだけでは私みたいになっちゃうかもね……」
 ファーニアはまた目を細めてセレナを見た。

 すると、セレナの足もとにあった剣がふわりと浮いた。それは重力を無視したように浮かび、セレナの前で止まった。
「これはガイアの一族に伝わる剣。どういう経緯でかはわからないけど、巡り巡って私の元へきた。私にはよくわからないけど、ガイアの一族の秘密がこの剣あると言われているわ。これをあなたに託したい」
「わ、私に?」
「そう……もし、あなたがガイアの謎を解く勇気があるなら、それは役に立つはずよ。そしてアスブルクのルドア神殿へ行きなさい。そこの巫子王を尋ねてみて。何か、分かると思うから……」
「あっ?」
 セレナは思わず声を上げた。

 急激にファーニアの声が遠ざかったのである。
 見ると、彼女を包む光が徐々に失われつつあり、ファーニアの姿が霞んで行く。セレナは消え行こうとする彼女を追いかけるように光の中へ手を差し出す。
 だが光が消えた後、ファーニアの姿はどこにもなく、セレナだけがその場所に立ち尽くしていた。
 アーディル達も愕然と立ち尽くすだけだった。

 カラリと乾いた音を立ててガイアの剣が転がった。
 セレナはゆっくりとした動作でガイアの剣を拾った。
 その銀に似た光沢の剣は、薄く、軽いものだった。
 非力な彼女でも十分に扱えそうである。

 柄の部分を強く握ってみると、ベージュ色の柄が少しへこんだ。びっくりして力を抜いてみると、指の形にそれは少しくぼんでいて、しばらくすると、元に戻っていた。不思議な素材が使われていた。

「ファーニア……さん」
 セレナはか細い声で、亡き人の名を呼んだ。
 もし彼女が生きていたらならば、と、セレナは思わざるを得ない。同じガイアの一族として……

 アーディルが遥かかなたの地上を見上げていた。空に禿鷹が舞っているのが見えた。
 彼らの周りには断崖絶壁が迫っている。
 ファーニアはここに転移させられて、状況を知ってから、この壁に爪を立てて登ったに違いない。そして何度も失敗し、地底の岩版にたたきつけられたことだろう。
 そして草も水もないこの大地の奥底でファーニアは飢えと渇きに絶望し、そして死んで行ったのだ。そして、残された彼女の肉体をあの禿鷹がついばんだのだろう。
 たとえ彼女が鍛えられた剣士であったとしても、この岩壁を登るのは不可能だった。壁のぼりなどを得意とするアーディルですら、これを登りきる自信はない。

「なんて惨い……」
 ファーニアの最後を想像していた五人の沈黙から、ガルドがやっとの事で声を絞り出した。これ以上の惨い殺し方があるだろうか。
「ちくしょう!」
 アーディルが天に向かって吠えていた。面識があり、ファーニアにそれなりの人望などを持っていた彼が一番、怒りを覚えているに違いなかった。アーディルは天をにらみ付けた後、思いっきり拳を地面にたたきつけていた。
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