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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

3章・エロイカの遺言

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3章・エロイカの遺言(4)

 ハインツはその日の午後にラッツウェルの元へ参上していた。ラッツウェルは中庭にある広大な芝生の上で待ち受けていた。誰も共を付けていなかったので、ハインツは怪訝そうに首をかしげた。

「ははは。世の中には誰にも聞かれたくない話と言うものがあろう? 余とてそれは同じだ」
「はあ……で、私に何の御用で」
「ハインツ伯、卿の才能と予に対する忠誠心を確かめるためだ」
 意外な答えにハインツは困惑して、次の言葉が出てこなかった。

 ラッツウェルはハインツの反応を見て楽しむかのように、微笑を浮かべて芝生の上を歩いた。このようになにも飾り気の無い広場があるのは、こういった密談のためにある。
 密談と言うと、狭く密室になった部屋でこっそりと行われる物と想像されがちだが、逆にこういったただ広いだけの場所であると、誰かが会話を盗み聞き取ろうにも、声が届くところに身を隠す場所が無いのである。

「私の才能と、忠誠ですか?」
「そうだ。が、余は卿を才ある人間だと思う。問題は忠誠心であろう」
「もちろん、陛下に忠誠を誓っておりますよ」
 それは月並みな答え方ではなかった。主君に対する忠誠の言葉としては余りにも軽すぎる。が、それが逆にラッツウェルの好奇心を刺激した。
 ハインツはただ思い付いた言葉を述べただけだったが、その軽薄な言葉が美辞賛句を嫌うラッツウェルの心を捕らえていた。偶然であればハインツの見えざる才能であったし、彼の意図したところならば、彼は希代の策士と言ったところだろう。

「おもしろい。では卿に問う。余は不徳故か、ふがいないことにカランダ王でありながら、実質の支配を出来ずにいる。余はまずこれを政治面での権力を取り戻し、後に軍事の指揮権を得ようと思う。これを善しとするか?」
 ラッツウェルの問いは彼の思考を一寸とも隠さぬ物だった。ハインツはそれを感じた。その考えはラッツウェルの気性にあったものだろう。ラッツウェルは氷の彫刻の表情とあくまで公正な精神から「冷徹な王」と評価されがちだったが、彼の考え方は柔和かつ柔軟な姿勢であった。

「長い時間をかけてカランダの権力を取り戻すおつもりならそれでも良いでしょう……が、早急に支配権を手に入れるのがお望みならば、もしくは、早急に支配権を必要となれば、別の方法があります」
「ほう? その方法とは?」
「軍事の権力を得ることです。まあ、いわば反乱を起こすのです。もっとも、陛下が正当な支配者であるべきですので、反乱と言う言葉は適切ではありませんが」
 ハインツは久しぶりに脳を建設的な知的活動へ向けていた。

 ハインツの知性とは常は隠された物だった。
 彼は常に知者を装うような人物ではなかった。普段はぼんやりとしていることが多く、また貴族の伝統的なしきたりには興味を示さなかったので、それが貴族達からは「貴族らしからぬ、愚鈍」と酷評を受けたり、平民や奴隷達からは「気取らない貴公子」と人望を集めていた。

「して、どちらを善しとする?」
「どちらをお取りになるかは、陛下の御意志にありましょう。ただ、南方のアステ・ウォールの動向が気になります。かの国は現在諸候が乱立し、王家は外戚に牛耳られております。今のアステ・ウォールならばカランダ単独の軍事力で平呑は可能だとみます。ならば、早急にカランダは陛下の元で結束し、その余勢を駆ってアステ・ウォールに遠征を差し向けてはどうでしょうか?」
 ハインツは珍しく自分が扇動的な演説をしている、と苦笑した。その苦笑を見てラッツウェルがハインツが決して彼自身の野心からの言動ではないと思った。
「よくわかった。卿は余が想像した通りの人物であった。これからも余のために尽くして欲しい。よろしくたのむ」
 ラッツウェルはここに良き腹心を得た。ラッツウェルとハインツ。この二人の英雄はこの先しばらくを共に同じ目標を目指すことになる。



 セレナ達はヴァルハナ市を中心に南北に伸びるヴァルハナ街道の北を北上していた。ヴァルハナ街道はヴァルハナ市を中心に南方へは南ヴァルハナ街道が整備されており、ノープル、ライゼルを経由してアステ・ウォールへ至る。人の往来や物流も多く、街道は賑やかであるが、その一方で北方へ向かう北ヴァルハナ街道は道も細く整備も悪く寂れている。
 だが街道としては歴史は古く、重要な街道ときおり荷馬車などがセレナたちの横をすり抜けて行った。

 セレナ達はヴァルハナ市を出て十三日目の夕刻、街道の北の終着点、人口九千余りのマリッファの街に着いていた。
 良質の砂鉄を産出する街と知られ、商工業が盛んな街と言える。この地方は余り雨が降らないが西方には豊かな森林があって、それを水源とする小さな川がこの地方の水瓶となっている。さらにその上流では良質の砂鉄が採れる。
 またマリッファの北東には小さな岬があって、そこは南のオリハ海、北のトバ海と、二つの大海の分岐点となっている。その岬の先に、セレナ達が目指しているコルア島が浮かんでいる。

 セレナ達はまずその街に付くと宿を取り、ガルドは四人を宿において船を調達に出かけた。
 彼はこの街の出身でこの街の事情に明るい。
 生家は町外れにあったが、すでに両親は不在で、誰も住んでいない空き家となっている。
 ガルドはうまく小型船を港で借りることが出来て、他の四人に予定を連絡した。

「マリッファの港から、コルア島まではそれほど遠くはありません。明日の朝に出れば夕方にはコルア島につけます。そこで船で一泊し、次の日を使って、コルア島を探査しましょう」
 簡潔にガルドが説明をすると、一同が頷いた。
 この季節なら、まだ海も荒れないだろうから、その予定は実行するに支障はないだろう。旅慣れたアーディルはそう分析していた。



 翌朝、船はマリッファから出発し、海岸線を滑るようにコルア島へと船首を向けた。
 小型の船だが、船室はしっかりした造りで、宿泊施設も完備されていた。
 予定度通り夕刻にセレナ達はコルア島に到着して、船で一泊した。
 慣れぬ船の中ためなのか、セレナはどこか胸騒ぎを覚え、浅い眠りの中で夜の闇に包まれていた。



 翌朝早くに目を覚ましたセレナ達は、船を接岸させて固定すると、岩肌が面に出ているコルア島の大地に降り立った。
 コルア島は火山島で、黒く重い感じのする岩板は浅緑岩か玄武岩のようで風化の進行が鈍い。ほとんど砂地はないため植物は少なく、荒々しい光景が広がっていた。

「こんなところにどんな理由でファーニアさんが来たと言うの……?」
 セレナはつぶやいた。
 雨の少ない地方で、この硬い岩。コルア島は極僅かな苔や草だけが繁る無人島である。島自体は十分な大きさを持っているのだが、何しろ水か不足しては人は住めない。
 不毛の島に訪れたファーニアの目的とはなんだったのか。セレナの疑問は一同を頷かせた。

「ともかくだ。思ったより島は広いみたいだから三組に別れて、島を調査してみよう。正午になったら、船に戻ることにして、ガルドさんとルシアさん、ミナとセレナが組になってくれ。俺は一人でいい」
 アーディルが指示をだした。
 アーディルが一人行動すると言うのは、彼の能力を考えると当然で、彼がセレナの護衛をしながら調査を進めるよりはるかに効率的である。彼は調査、偵察に関してはフェンリルで右に出る者はいない。

「ミナ、セレナを頼む」
 ミナはそれを了解して、素早く首を縦に振った。
 ミナはふとセレナを見ると、彼女は何か神妙な表情をして、固く荒涼とした島を眺めている。この地点からは島の全貌を見ることはできないが、やや小高くなっている島の中央の方向をじっと眺めている。

「セレナ? どうしたの? 調子悪いの?」
 ミナは怪訝そうに尋ねた。
「ううん、そういう訳じゃないけど。何か……胸騒ぎがする……」
 セレナはやはり神妙な表情のままで、つぶやいて答えた。
「ふふっ……セレナ、気を入れすぎじゃない? もっと気楽に行こうよ」
「そうね」
 セレナは微笑みをこぼし、ミナの心配りに感謝した。胸騒ぎはおかげで少し収まったが、まだ無くなった訳ではなかった。彼女はこの時ミナに言葉で説明が出来なかったのだが、何か彼女は自身を呼びかける力を感じていた。



 ルシアとガルドの組は島を向かって左側から、アーディルは向かって右に、セレナとミナはセレナの志願があって、中央を進んだ。
 本来なら視野と感覚の広いアーディルが中央を調査すべきだが、セレナの強い要望で、中央を彼女らに任せていた。
 そのセレナ達は島の中央近くに到達していた。そこはかつて火口であった箇所だった。海底火山が爆発して、この島が隆起したのだ。その火口はその過去を荒々しく残している。

 と、セレナは目に付いた風穴の前で立ち止まった。
 おそらく火山の爆発の時にできたであろう、斜め下に向かっている洞窟だ。
 斜度は僅かなもので、横穴と行って語弊はない。

「セレナ、どうしたの?」
「何か感じる。この中に……誰か……いるような」
「え? あっ、ちょっと待って!」
 セレナがふらふらと吸い寄せられるように洞窟の中に入って行くのを見て、ミナは慌てて彼女の後を追った。
 ミナは急いで腰に携帯していたたいまつに火をつけて、セレナの前に立つ。セレナはたいまつを持っていないのだ。

 炎に照らし出された岩肌は彼女らに襲いかかるようで不気味に反射していた。
 それは彼女らを奥に誘っているかのようにも思えた。
 固い玄武岩の岩肌を確かめながら、二人は慎重に奥へと進んだ。
 黒っぽい岩壁はたいまつの光さえ吸い込みそうで、闇が音をたてて後ろに付いて来るような緊張感を二人は覚えていた。
 と、急に淡い光が前方に見える。

「出口?」
 ミナは目を凝らして先を見たが、闇の中を歩いてきたせいで、明度の感覚が狂っている。二人は歩調を早めて、その光に向かって行った。
 その光の門の側にきたとき、セレナがはっとなってミナの腕を取った。

「だめっ!」
「えっ? わっ」
 セレナに突然腕を掴まれてミナは驚いてセレナを見た。そして、足元を見てみると、後一歩の所で地面がなくなっていた。そこから先は、断崖絶壁だったのだ。それが闇の黒と岩の黒と見分けがつかなくなっていたのである。

 その場所上を見てみると空が見えた。縦穴になっているのだ。
 それもとてつもなく大きい。ほぼ円形で直径は一〇〇メートル前後はあるだろうか。それよりも強烈なのがその穴の深さであって、日光がほとんど届いていないためにその深さを目で確認することが出来ない。

 ミナは手ごろな小石を見つけて穴に放り投げた。意外な時を要して乾いた音が帰って来る。
「相当な深さね……ありがと、セレナ。助けてくれなきゃ、絶対死んでた」
 ミナは改めて蒼くなってセレナに感謝した。
 しかしセレナはミナの存在を忘れてじっと地の底を眺めている。

「なんだろう? なにか……感じる」
「え?」
 セレナが独り言のようにつぶやいた言葉をミナが聞き取って、セレナと同じように底をのぞき込んだ。
「あっ?」
 ミナは地底できらりと光るのを見つけて声を上げた。セレナもそれをほぼ同時に発見する。
「あれは……何の光?」
「なんだろう? 太陽の反射かな? ともかく、おりなきゃわかんないよ」
「でも、どうやって……」
「船にロープがある。それをつなぎ合わせればいい!」
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