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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

3章・エロイカの遺言

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3章・エロイカの遺言(2)

 会議が終わり、すでに祖国は滅んでしまったとは言え、ルシアと言う由緒ある人物の加入にフェンリルの面々も明るい表情で談笑を交わしてた。
 その中で一人、蚊帳の外に居たものがいた。
 ファティマである。

「ファティマ? どうしたの?」
 異変に気付いたルシアが心配そうにファティマの顔をのぞき込んだ。見るとファティマは小刻みで乱れた息をしながら、青い顔に脂汗をいくつも乗せている。
 瞳は焦点が合っておらず宙を彷徨っている。

「なんでも……ない……」
 ファティマは健気に皆を心配させまいと強がろうとしたが、その途端に後ろにバランスを失って崩れ落ちた。

「あっ!」
 ファティマの後ろにいたシレーヌは慌ててファティマの身体を抱き止め、口を半閉じに、目を半開きにしているファティマをのぞき込んだ。

「あ……あれ?」
 ファティマは微かに微笑んでいるようだった。自分が信じられない、と言う声を微かに聞き取れる音量の声でつぶやいていた。

「ファティマ。どうしたんだ?」
 ラルフも心配そうに駆け寄った。だが、ファティマにはもう反応するだけの力が残されていなかった。息だけが荒く、彼女を動かしている。

「医者よ! それか、魔法が使える人! ここにいないの?」
 シレーヌは長い間旅を続けている人間らしく即座に判断を下し、フェンリルのメンバーに反応を求めた。
 だが、リヒターが知る限りフェンリルに魔法を使える人間も、医術の心得がある人間も居なかった。

「少しなら魔法の心得があります。診させてください。でも修行中の身でしたから……」
「セレナ、おまえ魔法が?」
 アーディルが驚いてセレナを見ていた。セレナは小さく微笑んで頷いた。
「母は村の魔法使いで、私も母から少し、学んだ事があるんです」
 セレナはラルフ達の傍で横たわるファティマを覗き込み、額に手をやり、次に喉、胸を順に触ってみて、その容態を調べた。

「風邪じゃないみたいですね。呪いでもないみたいだし……過労……かしら」
「過労?」
 ラルフが怪訝そうに問いた。もし、過労ならば責任は彼にあるだろう。
 旅のペースは彼が作っていたからだ。ルシア達をカランダ市から一刻も早く遠ざけるために、彼らはかなり早足の行程でヴァルハナへと到達していた。

「はい、たぶん。ゆっくり休めば回復するとは思います。でも……リヒターさん、念のため本職のお医者様を呼んでいただけませんか?」
「わかった。すぐに手配する」
 リヒターは頷き、その部屋から退出して行った。

「あは……私、迷惑かけてますね……」
 セレナの体力増強の魔法を受けていたファティマは少し魔法の効果があったのだろうか、うっすらと瞳を開けてラルフにつぶやいていた。
「ばか。どうして疲れているなら疲れているって言わなかったんだ。もう少し、おまえの足も考えてやれたのに」
 ラルフはファティマに対して怒ることはまず無かったが、このときは表情に怒りがあった。無論、それはファティマが倒れたせいではない。どちらかと言うと、彼の怒りは彼自身に向いていた。

「でも、姉さんが……」
「ばかね、そんなの関係ないじゃない」
 ルシアは心配そうな表情でファティマをのぞき込んでいた。
 眉をしかめ、怒りと優しさを混ぜ合わせたその顔は妹を心配する姉の顔だった。
 ファティマはその顔を見て嬉しく思った。二人には八年間の別離と言う時間の溝がある。それでもルシアは姉として心配してくれる。そう思ったファティマはどこか晴れやかな気持ちになって、苦しげな表情ではあるが嬉しそうに微笑んでいた。



 次の朝、ファティマはまだベットから降りられる状態ではなかった。
 過労による身体の異常は、激しい虚脱感と嘔吐感、ベットに沈んでいるはずの身体は浮遊感で包まれていた。
 それらは激しくファティマの精神を不安に陥らせた。若い彼女が初めて体験する症状だった体。
 汗ばむ彼女の右手を握ってその不安を和らげていたのは、やはりラルフであった。

「ファティマ。もう行くけど、ラルフが居てくれるから大丈夫よね?」
 やさしげに声をかけたのはファティマの姉であるルシアだった。
 彼女は今日からセレナらと共にコルア島へ旅立つのだ。

 ルシアはファティマがこんな状態にあるのだから、ファティマに付いていたかったが、個人的感情でセレナらの旅の予定を狂わせたくなかった。それに、ルシアは薄々気付き始めていた。ファティマは実姉よりもラルフの方が心許せると言うことを。
 姉としては寂しい限りであったが、ファティマも十六歳、そう言う年頃であるのだろうと彼女は理解していた。

「うん、姉さん、気を付けてね」
「やっぱり、ファティマの側に居たほうがいいんじゃ……」
「いいの。ファティマもラルフと居た方がいいよね」
 ルシアは意味ありげに微笑んでみせたが、ラルフはその方向に一向に疎く、ルシアの努力も無に喫している。

 ファティマとラルフに恋人の空間をルシアは持たせたいのだが、ファティマの引っ込み思案とラルフの鈍さが化学反応を起こすと、ファティマよりルシアの方がため息を生み出してしまうのだった。
 実はルシアは以前よりラルフに恋をしていたのだが、健気にも彼女は妹のためにその身を引いていた。

 そしてルシアはもう一つ辛辣な思惑から、恋愛と言うものを拒否していた。
 それはアムル公国第一公女としての彼女の立場を利用することだった。一度は滅びたととは言え、彼女の体にはアムル公国の後継者としての血が流れている。
 その血統を欲する者は少なくないはずだ。彼女を伴侶に向かいいれた男は、アムル公国を継ぐこともありえる。
 そこにルシアはアムル公国再興の夢を抱いていた。

 それは皮肉にも彼女が忌み嫌う王弟ラウエルと同じ野心であった。
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