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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

3章・エロイカの遺言

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3章・エロイカの遺言(1)

 反カランダ組織「フェンリル」。
 その創設は今から遡ること十年にもなる。

 建設者はカゼルと言う男で、的確な判断力と剛胆な精神の持ち主で、優れた人格の男であった。彼の元でフェンリルは拡大を遂げたが、もともとカランダに征服された地域の反発から生まれた組織であって、二つの派閥が存在した。
 穏健派と強行派である。

 穏健派はカランダの中央集権制から披支配地の内政自治を確保するのを交渉しようという派閥でカランダと政治的な権利の交渉が目的だった。
 一方、強行派はカランダに生地や地位を追われた人々からなり、現カランダ政権を転覆させ、権力を取り返そうという過激な思想を持っていた。

 フェンリルの創始者かつリーダーであったカゼルはカランダに生地を奪われた地方領主で、後者のに付きそうなものだったが、彼の野心の欠如と的確な判断力はフェンリルにカランダ転覆の力が無いと言うことを理解していたのか、穏健派であった。

 それがフェンリルに分裂を呼んだ。強行派のリヒターらとカゼルらは争い、カゼルらは引退に追いやられた。カゼルの人望を派閥を超えてフェンリルの者達は、そうアーディルらは悔やんだ。
 三年ほど前の事である。

 なお、カゼルは一人の娘を養子としていた。
 その娘の名はファーニアと言う。
 戦災で孤児となった少女であった。美しきその少女はカゼルの側で成長を遂げ、剣の腕と養父の人格に勝るとも劣らない大人に成長していた。
 そして彼女は養父の引退後、去る者が多くなった穏健派の中心となった。剣の腕とその人望の厚さは彼女の養父以上と言うものも少なくなかった。

 彼女ならば何かこれまでと違ったものが出来る。
 そんな行動力と求心力を持っていた彼女をフェンリルの穏健派は『英雄』と呼ぶようになった。

 そんな中、彼女は独断でカランダの王宮へと向い、王との交渉を望んだ。
 フェンリル内で立場の悪い穏健派に最後に残された機会だったのかも知れない。
 ファーニアは一人フェンリルの交渉人として、ラッツウェルに会談を申し込んだのであった。

 しかしその会談は実現されていない。
 王宮の記録にはファーニアなる者が訪れたと言う記述もない。
 人はそれを強硬派のリヒターの陰謀であった、カランダの奸臣の暗殺であった、などと噂した。
 もっとも、それはいずれも正鵠を射ておらず、ファーニアと言う人物がフェンリルから忽然と姿を消したと言う現実が残された。

 それは、二年前の事である。



 ジークは久しぶりに自らの生活が充実していると満足気にアーディルに話しかけた。

「おまえも時々だが、いいことをするなあれはなかなか筋がいいぜ」
 その話の題材とはセレナの事である。ジークは彼女に剣を教えているのだが、彼の方がセレナの剣術の呑込みの早さに舌を巻いていた。
 特筆すべきは運動神経の良さである。それには理由があった。

 彼女は森深くの山村生まれだった。
 小さなその村では人口が少なく、それに比例して子供の人数も少ない。
 子供達は大きいものも小さなものも年齢に関係なく、同じように一緒に遊んだものだった。同年齢の人間が少ないからだ。
 もちろんそこには体格差があるので、小さな子供達は男も女も大きな少年達に必死に付いて行こうとする。
 さらに彼らの遊び場所となれば山や森が彼らの遊び場であり、その中で走り回ることで自然と体幹を鍛えられた。平地の街で育った子供たちとは基礎体力が段違いであった。

 そのためかセレナの身体能力は高く、ジークの予想をはるかに越えた早さで剣術を体得していた。
 これが美しい少女なのである。彼の心が弾まないはずがなかった。
 もっともセレナはジークの好みにかかるには少し年齢が足りなかったのだが。

 訓練を初めて二週間もたてば、セレナはミナと打ち合いが出来るまでに成長していた。さすがにアーディルやジークとでは体格や力が違いすぎたから、ミナが調度良かったのだ。
 ミナも同じくらいの体格の訓練相手に恵まれておらず、セレナの登場は彼女にとってもありがたいことだった。

 アーディルは昼間、外出することがほとんどであった。
 それはアーディルがジークのことを本当に信頼していると言う裏づけでもあった。
 結局、セレナはジーク、ミナと三人で日々を送っており、訓練の合間に食事や会話が行われていた。

 セレナの料理の上手さはアーディルやジルが手放しで賞賛したように特上の物だった。
 ジークはそれに感嘆し、ミナはセレナに料理を教わろうとしたが、数日で挫折した。
 ミナは自分に料理の才が無いことに気を落としていたが、前向きな彼女は次の日になればそれは忘却の彼方にあった。

 ある日、セレナがジークにこう問いを投げた。

「ジークにとってやっぱり剣は生きがいなの?」
 ジークの剣の知識、腕、どれをとっても超が付く一流で、そう思ってもなんら不思議はなかった。が、ジークはにやりと笑って、

「ちがうな。人生の主食は酒と女さ。剣なんてものは……まあ三時のおやつくらいかな?」
「くっだらなーい」
 何処までが本気なのか分からないジークの言葉に、間髪置かずに反撃したのはミナだった。
 彼女の祖父はジルで知る人は知る毒舌家であったが、やはりその血を彼女も引いていた。

「まあ、くだらないと言えばくだらないが、くだらないものだけじゃ生きていけれないが、くだらないもののない世界で生きて行きたくはないね」
 ジークは悪びれず、笑みを浮かべてミナにささやかな反撃をした。
 セレナは彼の言うことはもっともだと思った。
 人生全てを真面目に生きる人間がこの世にどれだけ存在するのか。数えたところでさして骨を折るような数字ではあるまい。
 セレナがフェンリルに合流してから、しばらくの間はこう言った安穏とした生活とくだらない会話が続けれられていた。



 セレナがフェンリルを訪れてから一カ月ほどが経って、ミナ達ともすっかりなじんだ頃にラルフ達がフェンリルを頼ってきていた。

「なるほど、ルシア様はカランダに反し、我らの味方に付いてくれると申されるのだな? いや、多いに歓迎する。味方は一人でも多い方が心強い。それも名声高いアムル公国のルシア公女ともなると……」
「では、協力してくれるのですね?」
 ラルフは慎重な言葉遣いで伺った。
 リヒターもうなずく。そこにはフェンリルの幹部らとアーディル、ジーク等もいた。

 セレナとミナもアーディルに着いてきていて部屋の隅だが存在していた。
 と言うよりも、セレナはリヒターに呼び出されていたのだ。リヒターに警戒心を抱くアーディルやミナはセレナから注意を放さなかった。

「とりあえず、部屋を用意しよう。それから、セレナ」
「あ、はいっ」
 リヒターが急に視線を向けたのでセレナは全身の筋肉をわずかに硬直させてリヒターの視線を受け止めた。ラルフ達もセレナに視線をやり、いやでも目立つ緑の髪に注目した。

「剣術の修行は順調と聞いているが、そろそろ一つ仕事をしてもらいたいと思ってな」
「仕事……ですか?」
「そうだ。コルア島と呼ばれる無人島を調査して欲しい。これは不確かな情報でしかないのだが、ファーニアがカランダ城へ入った後、コルア島へ行ったと言う噂なのだ。それを確認して貰いたい。彼女が生きているならばフェンリルに大きな力となる」
 セレナはあからさまに怪訝そうな顔をしてしまった。彼女はファーニアの事をジークらとの会話で知っているのである。感情がそのまま表情になると言うことはまだ若いという証拠である。リヒターは苦笑した。

「ははは。知っているのか? 俺とファーニアが争っていたと言うことを。まあ、それは事実だが、所詮それはフェンリルと言う組織内での思想の違いと言うだけさ。フェンリルにとってファーニアは有力で将来性を持った人物だ。俺とて、彼女を失ったままでいるのは大きな痛手となるさ」
 リヒターは笑って応えたが、その彼の真意をセレナは探ろうとした。が、セレナの洞察力不足か、リヒターの老獪さか、彼女にそれを見極めることはできなかった。

「でも私なんかに勤まるんでしょうか?」
 セレナは不安そうに言った。
 ファーニアのことは他のフェンリルのメンバーから聞いていたが、セレナはファーニアを見たことがない。それに探索など、彼女には初めての経験だ。
「もちろん、一人で行けと言うわけじゃない。本当はこれはアーディルの仕事なんだ。セレナはアーディルについて行って、彼を手伝って欲しいということさ」
 リヒターの説明に、セレナは表情を明るくした。
 彼女が今一番信頼を置くのは、もちろんアーディルである。

「それで、コルア島は何処に在るんですか?」
「うむ。このヴァルハナ市から更に北へ進み、ヴァルハナ街道の終着地点のマリッファと言う町がある。そこから船で出たところにあるそうだ」
 リヒターは簡単な説明をした。セレナに詳しく伝えたところで、ライゼルの山奥で育った彼女は地理的知識は乏しいので余り役にたたなかった。リヒターもそれを知ってか、セレナには簡潔な説明で済ませ、旅慣れたアーディルに詳しい説明をした。アーディルがセレナの旅に同行するのは当然だったからである。
 しかしアーディルもマリッファの町の存在は知っていたが、コルア島の存在は知らなかった。

「マリッファと言えば、ガルド、あなたの故郷じゃない?」
「え? ええ、そうです」
「じゃあ、ガルド。あなたが……えと、セレナだっけ? 彼女の案内をすればいいんじゃない?」
 ルシアは相も変わらず軽い調子で話した。
「しかし、私はルシア様の護衛をしないと」
「じゃ、名案があるわ。私も彼女らに付いて行く。そうすればガルドは私を護衛しつつ、セレナ達の案内もできるわ」
 これは詭弁だろう。ルシア自身もそう思わざるを得なかった。

「そんな。危険だろう?」
「そうかしら? まさか逃亡した公女がその辺をうろうろしてるなんてちょっと考えられないでしょ? 燈台の元暗しってやつよ」
 ラルフの心配をルシアはあっさりと笑いで受け流した。

 実の所、彼女はうずうずしてたまらないのである。元々、行動派だった彼女は三年以上も王宮の中から一歩も出ることを許されなかったのである。それが今、弾けていると言っても語弊はない。
「なんか、また厄介なことになりそうだな……」
 アーディルは小声で自嘲気味につぶやいた。

「いいじゃない。大勢いた方が楽しいと思うよ。もちろん、アーディルが行くなら、私も行くからね」
 それを聞き止めた地獄耳のミナがからかうように言った。
「何? お前も行くのかよ」
 アーディルがミナとの会話でがっくりと肩を落としている間にリヒターが話をまとめていた。

「ともかく、セレナ達には明日にも旅立って貰う。アーディル、セレナを頼んだぞ。それと、ガルドさんはルシア様の護衛と道案内を」
「はあ」
「承知」
 ガルドは騎士らしく機敏に敬礼で応えたが、アーディルの方は気の抜けた声でしか返事が出来なかった。

「じゃあ、明日のためにお弁当でも作って置きますね」
 セレナがそう無邪気に言ったが、アーディルの心は晴れなかった。
「おいおい、ピクニックじゃないんだぜ」
「そうだな。ピクニックってやつはもっと計画的なものだからな」
 ジークの見事な切り替えしに笑いが漏れた。
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